可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 西山大基個展『monologue』

展覧会『西山大基個展「monologue」』を鑑賞しての備忘録
Miaki Galleryにて、2025年10月25日~11月22日。

伐採されたり倒れたりした木から頭部・頸部・胴部・脚部など人を思わせる形を彫り出した「像」シリーズを中心とする木彫で構成される、西山大基の個展。

《像199》(865mm×100mm×100mm)は、ラッセル車の排雪板のように顋の張った頭部、細い首から肩なしに脇腹に向かって膨らむ胴、足に向かって細くなる脚という人の形をした像を、その像の2倍以上の高さのある台座とともに1本の木から彫り出した作品。円空の鉈彫ほど大胆ではないが、しっかりと残された鑿跡が力強い。僅かに裾が拡がる四角柱の台座が、空間に楔を入れる垂直軸を強調する。その佇まいはコンスタンティンブランクーシ[Constantin Brâncuşi]のブロンズ像《空間の鳥[Oiseau dans l'espace]》に通じる。《像193》(750mm×55m×55mm)では足が球根状で脚も芽を意識させる突起が表されるが、頭部や胴部の形は《像199》に近い。像高さの低い《像198》(430mm×40m×40mm)や《像191》(370mm×35m×35mm)なども同様である。併せて展示されている最初期作《像1》(213mm×35m×35mm)は5頭身のずんぐりした形で、頭部には目鼻口があり、胴部には腕が表現され、脚部は寸胴である。強いて喩えれば橋本平八の《幼児表情》に対し、近作では引き延ばされた脚部により――特に《像191》の脚が括れるように脚の細さを極めようとしている――アルベルト・ジャコメッティ[Alberto Giacometti]的な表現に変遷していると言えよう。だが、注目したいのは、顋の張った頭部である。それは仮面の表現ではないか。
ところで像シリーズとは一線を画す《blossom》(550mm×38mm×38mm)は、縦に穿たれた左目、小さな右目の周囲にいくつもの鎹が打ち込まれた頭像である。直接脚のような部位により不安定に支えられ、歯根を含めた歯のような形象と言い表せよう。背面は穿たれて洞のようになっている。仮面なのだ。

 私の自動機械、玩具への関心は、少年時代からひきつづいて現在に到っているのである。もともと、詩人などと言っても「字を書く自動人形」と大同小異ではないか、というのが、私の考えであった。それを生産社会の正常な営みへの裏切り、ととるのも、「神の真似をする猿」ととるのも勝手だが、自動人形でない人間がどこかにいたらお目にかかりたいものだ、と私はつねづね思ってきた。そして、それは個の内部を信仰してきた古い詩人たちへの、侮蔑をこめた私のひらき直りでもあった。――寺山修司「不思議機械」『寺山修司の仮面画報』平凡社、1978、4頁/改行省略
 寺山の思想の特異な諧謔的・批評的スタイルがここに直截に示されている。「個」の人格というものへの深い帰依によって人間の本質を描いてきた者たちへの呪詛。「人間」的自我なるものの固有性に対する生真面目で堅苦しい思い込みの抑圧から逃れるために、人間とは自動人形にほからならない、と喝破する寺山。この「人間=自動人形」というパロディックな連続体を明示するための仕掛けこそ、寺山における仮面であった。幸福とか愛とかいった実存の感情を、近代的なこの地平においてではなく、土俗的な集団性のなかでの流言飛語と迷信と暴力を媒介とした集団意識の地平に浮上させてみること。そのような脱―人間主義的な試みのなかで、「人間」をめぐる素材論は未知の力とともに更新される。犬神伝説はこうして現代社会の神話となるのである。
 寺山劇〔引用者註:寺山修司「仮面劇のための一幕 犬神」〕における犬。あるいは多和田劇〔引用者註:多和田葉子「夜ヒカル鶴の仮面」〕における鶴。動物が人間のふりをして人間界に侵入することで、人間は、自分が人間であらねばならない、あるべき人間たらねばならない、という近代的な道徳観念の閉域から離脱する契機を与えられる。社会化された「人間」という存在じたいがもつ同調圧力にたいする批判意識は、多和田葉子のなかにも顕著に見られるものだった。多和田はしばしば、彼女の作品が、彼女自身が持つ「人間であるのは難しい」「人間として生きるのは難しい」といった意識の投影であることを述べている。(今福龍太『仮面考』亜紀書房/2025/p.349-350)

伐採され、あるいは倒れ、または道具となった樹木が、「人間のふりをして人間界に侵入する」のが独白する[monologue]「像」たちだ。「自分が人間であらねばならない、あるべき人間たらねばならない、という近代的な道徳観念の閉域から離脱する契機を与え」る存在である。

 寺山もまた「人間存在は、半分は死体です。何年かかかって完全になるというのが、私の哲学です。」と語っていた(『ル・モンド』紙のインタビュー、1982、引用は野島直子「解説」『寺山修司著作集 3』564頁)。いうまでもなく、寺山にとって、すでに半分は死体だった人間は、何年かかけて「完全な死体」になるのだった。寺山の演劇世界のなかで、死体が異様に美しいのはそのためかもしれない。私たちが、赤い血の滴る花嫁の喉元に鮮烈な曼珠沙華の花の群落を幻視するとき、私たちは生者としての重荷を抱えた人間であることから解放されたモノたちがもつ美と自由に目覚めているのである。自動人形としての人間。死体としての人間。そのとき、仮面という仕掛けをつうじて死者がこの世に召喚される。その意味で、寺山修司における「仮面」とは、変容のためのカモフラージュではなく、むしろ人間なる概念の解体の果てに訪れる1つの極限の心理を示そうとしているのかもしれなかった。
 1973年から「天井桟敷」に参加し、1983年の寺山の死まで多くの劇団上演作の台本を寺山と共同執筆した劇作家・演出家、岸田理生は、寺山的演劇精神の一人の代弁者として一座を魅了しつづけたからくり人形や仮面をめぐってこんな興味深い一文を書いている。
 天井桟敷の屋根裏部屋には、幾体ものからくり人形がひっそりと住んでいる。風見鶏がまわる度に一礼する侏儒、顔から引き剥がされた仮面が、永久運動をしつづける仮面車、ねじを巻くと悲鳴をあげる少女人形などなど、住人たちは薄暗の中で彼等だけの生を諾っているように見える。人形たちは、既に「私性」を取得していて、それを私たち「人間」には気取られぬよう、人間の仮面をつけているようでもある。[……]シンボルとして作られ、汚れを払う形代として川に流されていった呪具の人形たちは、いつのまに類感呪術を身につけて、立ちあらわれ、異邦人のわれわれを怯えさせる。――石田理生「機械仕掛の人形誌」『寺山修司の仮面画報』10頁、改行省略
 人間は自動人形である、という寺山の刺戟的なテーゼが、ここでは劇団の小道具である人形や仮面が屋根裏部屋の薄闇のなかで休息し、息を潜めながら独自の生を紡いでいる姿として、みごとに描写されている。人形の仮面をつけて人間を欺こうと計略をめぐらす得体のしれないものたち。むしろ人間の本質を示すためにこそ、仮面を纏ったものたち。意思あるペルソナをそれ自身そなえた仮面・人形が、類似したもの同士は互いに影響し合うという人類学者フレーザーの唱えた「類感呪術」の方法の逆利用によって、ああたかも藁人形の方が人間にむかって呪詛にみちた歓喜ととともに自らに五寸釘を打ちつけるような仕方で、人間に死を宣告し、その再覚醒を促す。(今福龍太『仮面考』亜紀書房/2025/p.350-352)

「意思あるペルソナをそれ自身そなえた仮面・人形」による人間に対する再覚醒の呼びかけこそ、「像」の「monologue」なのだ。