展覧会『谷原菜摘子展「Love Suicide」』を鑑賞しての備忘録
MEMにて、2025年11月1日~24日。
人形浄瑠璃文楽「曽根崎心中」の美術を担当したことを契機に手掛けた絵画《Love Suicide》とともに「中之島文楽」の背景美術の原画を展示する企画。
《Love Suicide》(1600mm×1940mm)は、夜、梅田の目抜き通りの交差点上空に渡した細い板に立って綱を引っ張り合うことで辛うじて落下を踏み留まる男女を描いた作品。色彩に富んだシャツに(後述の徳兵衛の着物の柄と同じ)格子のパンツの男性とセーラー服を着た女性とが1本の綱を引っ張り合いながら両足を揃えて立ち、互いの脚の膝や脹ら脛で交叉する形でバランスを保っている。力ない表情の女性の左目は垂れかかる髪に隠れ、顔が横倒しのために右目が下に位置する。長い髪が垂れ落ち、さらにショルダーバッグや煌びやかなアクセサリーにより視線が下方へ誘導される。その先には画面には表されない奈落が潜む。男性は彼女の握り締めるロープを必死に引っ張ることで落下を防いでいる。眉間に皺を寄せ、必死の形相である。画面を埋める摩天楼のガラス張りの壁面や大通りを行き交う自動車は2人に無関心に鮮やかな光を放つ。その奥に覗く夜空は星1つ見えない真っ暗闇である。奈落が転倒して天に穿たれた穴として口を開くのだ。グリッターを鏤めた画面において、黒いヴェルヴェットが光を吸い込む。闇の深さが生の輝きを引き立てる。
《Love Suicide》の舞台は「曽根崎心中」の題材となった情死事件の現場「お初天神」附近である。本展のキーヴィジュアルは「曽根崎心中」の主人公お初と徳兵衛を描いた《二人の浄土―中之島文楽2025曽根崎心中より》(333mm×243mm)2点である。僅かに微笑む2人が闇に艶やかに浮かび上がる。徳兵衛が九平次に騙し取られた金子(小判)を描いた《命の蔓―中之島文楽2025曽根崎心中より》(221mm×273mm)など関連作品が周囲に並ぶ。《お初の道―中之島文楽2025曽根崎心中より》(430mm×728mm)には、商家が軒を並べる界隈から離れた洲浜沿いを蛇行する神社の参道に立つお初が描かれる。洲浜に加え橋が架かる境界の周囲には蓮池(極楽)があり、反転する針山(地獄)が覗く。《悪意に堕ちる―中之島文楽2025曽根崎心中より》(333mm×243mm)では参道に立つ揚羽蝶をデザインした着物姿のお初が袖に蜘蛛の巣、炎などが表された手に掴まる姿が表わされる。《彼方への道―中之島文楽2025曽根崎心中より》(310mm×610mm)では、松樹に蓮池、炎などが描かれた襖が開き、二間の座敷を挟んで奥に闇が覗く。《浄土を願う―中之島文楽2025曽根崎心中より》(333mm×243mm)は半ば目を閉じ合掌するお初の胸像。周囲には蓮の花が開き、お初の髪はには後光が差す。《終の森―中之島文楽2025曽根崎心中より》(333mm×243mm)に描かれる木々は緑やオレンジになどに青や紫で輝くよう。中央に立つ大きな木の洞が深淵を覗かせる。《終の森―中之島文楽2025曽根崎心中より》と《Love Suicide》の林立する高層ビル群とがパラレルだと分かる。グリッターなどによる光によって際立つ黒いヴェルヴェットの闇が、鑑賞者を奥へ奥へと誘って止まない。