可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 夏目麻麦個展『moview』

展覧会『夏目麻麦「moview」』を鑑賞しての備忘録
ギャラリー椿にて、 2025年11月22日~12月6日。

夏目麻麦の絵画展。

《カゼ》(1000mm×1000mm)は、夕陽を思わせるサーモンピンクに染まる壁面に業務用の換気扇を画面一杯に描いた作品。スピンナーから延びる錆びた十字のアームにより保護されたファンは動作してほどんど見えず、オレンジや朱に染まるシャッターが全面的に姿を現わす。スピンナーから延びる引き紐ないし電源コードがアームに掛けられ、"∪"と"∩"とを描きながら垂れ落ちる。《ヒカリ》(1000mm×1000mm)は、薄い暗紫色の壁に取り付けられた換気扇を描いた作品。停止した3枚のモスグリーンのファンがはっきりと姿を現わす。背後のシャッターから漏れる日差しが眩しい。引き紐と電源コードが垂れる。《カゼ》と同じ換気扇を異なる時間帯で表したものだろう。《カゼ》を風神、《ヒカリ》を雷神として対に組んだものではないか。両作品に挟まれるのは壁面を背に咲くオレンジ色のひなげし(雛罌粟)を描いた《ヨル》(1000mm×1000mm)である。壁面は闇に沈むが、夜にしてはカゼに吹かれ揺れる輪郭が暈けたひなげしがはっきりと姿を見せる。「君もこくりこ(雛罌粟)われもこくりこ(雛罌粟)」と全ては光の中に溶け合う。もとい、「風神雷神」との連関からは、闇を背に開く花々は夜空に輝く星の似姿であり、星図の、延いては普門示現の千手観音のメタファーともなろう。
《吸引》(970mm×1303mm)は夕闇迫るレモン色の空の下、薄紫色の家並を抜ける車道を描いた作品。正面奥で道は左側にカーヴし住宅街に消える。そのカーブに捲き込まれるように薄紫のシルエットとなった住宅群は左に傾斜する。カーブの手前左側に聳える大きな蘇鉄は恰も巨大なファンとなって道路や道を捲き込むかのようだ。道沿いの電信柱の先は夕空に溶けて見えなくなる。カゼに吹かれヒカリに溶けていく世界。やはり「君もこくりこ(雛罌粟)われもこくりこ(雛罌粟)」なのだ。《カゼ》・《ヒカリ》・《ヨル》の3点組を1枚で絵解きした作品とも言えよう。
《ソラ》(1000mm×1000mm)は電柱を見上げて目に入る変圧器、配電線、引き込み線、通信線などを描いた作品。逢魔が時のピンク色がかった薄紫の空を背に、高圧配電線、低圧配電線、引き込み線、通信線などが延び、あるいは絡み合う様が表される。電柱は光に溶けて空と一体的な色を呈する。見上げる構図は反重力の追求であろう。

 (略)立方体の各辺比率は1:1:1であり、特定の方向性をもたない。建築の場合はとくに、垂直方向の重力と無関係なことが重要である。こうした性格ゆえ、内外がグリッドで覆われた建物には一種の無重力感が醸し出される。磯崎〔引用者補記:新〕はこれら〔引用者註:福岡相互銀行〕の支店のデザインでイメージされていたのは「薄明」「薄暮」であったと言う――「影を弱め、分布を均質化し、かつ脱色する。その結果は物体から影が消え、全部の空間が半透明な気体で充満したような、一種の無重力状態に近いある夕暮れどきの気分に接近する」。(田中純磯崎新論』講談社/2024/p.223)

人影がヴァーミリオンの影に溶ける《ノイズ中》(333mm×242mm)、あるいはブルーアワーに全てが溶け出していくかのような《ポジション》(148mm×210mm)なども、「全部の空間が半透明な気体で」包まれて、全てが溶け合う感覚を表現するのではなかろうか。鉢植えの植物により全てが埋め尽くされていく《おもて》(606mm×500mm)も同旨であろう。《ミチミチ》(410mm×380mm)では建物脇の樹木の下で朱の花が炎を上げるかの如く表される。「火の色す」。全ては炎に捲かれるだろう。「君もこくりこ(雛罌粟)われもこくりこ(雛罌粟)」となる。