映画『ナイトフラワー』を鑑賞しての備忘録
2025年、日本製作。
124分。
監督・原案・脚本は、内田英治。
企画・プロデュースは、吉條英希。
撮影は、山田弘樹。
照明は、野田真基。
録音は、大堀太輔。
美術は、佐々木理恵。
装飾は、有村謙志。
衣装は、川本誠子。
ヘアメイクは、板垣実和。
編集は、小美野昌史。
音楽は、小林洋平。
大田区蒲田。スナック「楽園」。アンリ・ルソーの《夢》の複製画などが壁に貼ってあるトイレ。小太郎、そっちはあかん言うてるやろ。小太郎、行ったらアカン! 永島夏希(北川景子)が悪夢に魘されて呟く。目覚めた夏希が顔を手で覆う。そのときママ(内田慈)がドアをノックした。ちょとまたトイレで寝てんの! すいません、今行きます。ママからカラオケの順番が来ていると言われ、トイレを出た夏希はすぐにマイクを握る。青春ごっごを今も続けながら旅の途中ぅ~、ヘッドライトの光は手前しか照らさない~。フラワーカンパニーズの「深夜高速」をがなり立てる夏希。生きててよかったぁ~、そんな夜を探してるぅ!
飲んでいい? ママは工務店の社長に確認すると自分のグラスと夏希のグラスに並々注ぎボトルを開け、自分のグラスを瞬く間に空にし、ボトルを追加する。社長はママの押しの強さに感心し、連れてきた部下に見習うように言う。社長はママにゲッカビジンの鉢植えを夜にしか咲かない花だと言ってプレゼントする。ロマンチックじゃない。有り難う。ママは喜んでみせる。
これ持っていかない? 閉店後、店を出て看板をしまうママから夏希は鉢植えを示された。いいんですか? 夜にしか咲かない花なんて縁起悪い。私は昼間も咲いてるんだよ。
古い団地の1室。夏希と娘の永島小春(渡瀬結美)がまだ寝ているにも構わず、息子の永島小太郎(加藤侑大)がチラシで折った紙飛行機を手に叫びながら駆け回る。うるさい! 小春が小太郎を叱るが聴く耳を持たない。夏希の電話が鳴る。蒸発した夫の債権者だった。東京はどうです? まだまだ残ってますよ。今月分どうなってます? ちゃんと払い込みます。そっちに移っても騒がしいですね。3日以内にお願いしますよ。
ベランダで洗濯物を干す夏希に小春が尋ねる。これ何なん? 夜中に咲く花や。ママのためだけに。
小太郎が騒ぐ中、夏希は冷蔵庫から食パンを取り出し朝食の準備を始める。だがコンロの火は着かない。しんど…。夏希はガラス戸にもたれかかる。
夏希が小春と小太郎とともに手を繋いで部屋を出る。そっち行ったらアカン! 自転車を取り出す間にも駆け出す小太郎を摑まえてヘルメットを被せる。ママ、餃子食べたい。あんた、王将の廻し者か? いってきます。小学校に向かう小春に夏希が声をかける。いくら無料いうても1回くらいヴァイオリン教室見学しとかんと。
小太郎を保育園に連れて行った夏希は園児を迎える園長と保育士の女性に挨拶すると、小太郎が叩いた親御さんにと封筒を差し出す。大事にはなりませんでしたので。こちらこそ防げずにすみません。夏希は保育士に封筒を受け取ってもらう。
小学校の教室。小春は大急ぎでシチューを食べ終えるとお代わりする。3人の女子生徒が食べ過ぎと小春を馬鹿にする。
総合格闘技の試合。金網を張ったリングで芳井多摩恵(森田望智)が、パンチ、キック、寝技を駆使して相手を捩じ伏せた。
見事勝利した多摩恵と控え室へ引き上げる会長の多田真司(光石研)は、観戦してくれた社長に、多摩恵は実力があるし本人も外でやりたがっていますとスポンサーになるよう働きかける。会長は多摩恵に上位の試合を組めるかもしれないと告げる。トレーナーの柳一郎(池内博之)から祝杯を挙げに行くかと誘われるがバイトがあると断る。多摩恵は対戦相手に有り難うございましたと挨拶して頭を下げると仕事に向かう。
雑居ビルの1室。数人のデリヘル嬢が待機している。あゆみさん、お願いします。ゆめこさん、ご指名です。「ゆめこ」を源氏名にする多摩恵が部屋を出る。
池田海(佐久間大介)の運転する黒いヴァンで指定されたホテルへ向かう。受付で203入りますと声をかけるとエレベーターに乗る。途中、清掃中の客室を覗く。2人の女性が黙々と作業していた。
区役所の窓口。夏希は、バイトを掛け持ちしているがどうしてもお金が足りないと児童手当の先払いを職員に求める。申し訳ありません。2ヶ月ごとの支給となっておりまして、先払いはできかねます。夏希は財布を取り出し小銭を出す。これが私の全財産です。夏希が頼み込む。頭を上げて下さい。近くでやり取りを見ていた老人が強請りゃいいのかと夏希を詰る。髪の毛染める金あんじゃねえか。お前らコイツに甘いんだよ。老人の矛先は職員にも向かう。
永島夏希(北川景子)は、小学3年生の永島小春(渡瀬結美)と保育園に通う永島小太郎(加藤侑大)の2人の子を育てながら、町工場、ホテル客室清掃、スナック「楽園」のホステスを掛け持ちしている。蒸発した夫の債権者からの厳しい取り立てから逃れるため大阪から上京したが催促は続く多動症気味の小太郎が怪我をさせてしまった子供の両親に包んだ謝罪金も痛い。騒ぎ廻る小太郎につい声を荒げてしまい八つ当たりだったと自分を責める。爪に火を灯す生活を何とか切り盛りする夏希に心配をかけまいと、小春は小太郎の世話をし夏希にボケで応じる。「無料」のヴァイオリン教室も実は小春が路上演奏で稼ぎ月謝を捻出していた。「楽園」のママ(内田慈)が客からプレゼントされたゲッカビジンの鉢植えを譲り受け、ベランダに置いて花を咲かせる日を待つ。「楽園」の接客で酩酊した夏希が倒れ込んだのはゴミの収集場所で偶々餃子弁当が廃棄された。小太郎から年中餃子をせがまれる夏希が拾うかどうか躊躇していると、屯していた若者たちが場違いに身形の良い少女(瀧七海)に支払をさせて薬物を手に入れると車で立ち去った。売人は潜んでいた2人組に急襲され売上げを奪われる。夏希は咄嗟に倒れた男性のポケットから色鮮やかな錠剤の入った袋を探し出すと、餃子弁当も掴んで自転車で走り去る。夏希が入手していたMDMAを売っていると、附近をシマにする佐藤(渋谷龍太)の部下(木原勝利)に見咎められ、巨漢(荒岡龍星)のパンチ一撃で沈められる。ランニングしていた格闘家の芳井多摩恵(森田望智)が倒れた夏希を介抱する。多摩恵がデリヘル嬢として訪れるホテルで客室清掃する夏希に見覚えがあった。多摩恵は夏希を自宅へ送り届ける。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
本作の主軸は困窮に耐えて必死に子供育てするシングルマザーの夏希とその娘・小春の関係である。ひょんなことから夏希一家と家族同然の関係になった総合格闘技の選手・多摩恵はいじめられた小春の仕返しをしようとするが小春に止められる。ママかて我慢してんねん。多摩恵は小春の強さに打ちのめされる。MDMAの売人となった夏希・多摩恵は間接的とは言え、星崎桜(瀧七海)を死に至らしめてしまう。誰もが意図せず加害者になり得ることを示す。そして、桜の母親・星崎みゆき(田中麗奈)は探偵の岩倉(渋川清彦)の助けを借り娘の復讐を果たそうとするだろう。誰もが報復を受ける可能性がある。監督は、ヴァイオリンを奏でる小学3年生に勝てない総合格闘技の選手という結構で、攻撃力・破壊力に頼る報復に優る、報復の連鎖を断ち切る寛容の精神の強さをこそ描き出すのだ。ガザの惨状が象徴する世界をいかに転換するか。「やられたらやり返す、倍返しだ!」の誘惑からいかに逃れるのか。監督の剛速球のメッセージである。
健気な小春を演じた渡瀬結美と、小春の強さを浮かびあがらせるために格闘家に文字通り変身した多摩恵役の森田望智がとりわけ素晴らしい。