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芸術鑑賞の備忘録

展覧会 Yeji Sei Lee個展『光の下で歳をとる』

展覧会『Yeji Sei Lee「光の下で歳をとる」』を鑑賞しての備忘録
MITSUKOSHI CONTEMPORARY GALLERYにて、2025年11月26日~12月8日。

Yeji Sei Lee[李 晟 睿智/이 세이 예지]の絵画展。

《Heat, Hum, Blur》(1455mm×1455mm)の画面中央には赤いパラソルの下、皿を並べたテーブルがある。椅子と観葉植物が囲む卓には誰もいない。その背後には卓を囲む人たちの姿があり、その奥にも別の卓を囲む人々、またカウンター脇には店員らしき人物が立つ。一番手前の後ろ姿の人物こそ明瞭に描かれているが、他の人物は暈け、あるいは擦れて判然としない。赤いパラソルから模糊としたものが流れ落ちる。背景には恰も幕が下りるように黄色い絵具が縦に刷かれる。
《Mercato Central Firenze, No.1》(1455mm×1455mm)はフィレンツェ中央市場に集う人々を描く。手前から奥の屋台に向かってやや暗い空間の中で赤い光を浴びたような人々の姿がある。ある者はシルエットのように、ある者は空間に融けるように表される。屋台の奥は緑や紫の茫漠とした世界が拡がり、星のような光が明滅する。同じ構図の《Mercato Central Firenze, No.2》(1455mm×1455mm)ではやや明るく、居合わせる人の数も多い。中央の屋台の隅に格子文様が貼り付けられ、その脇の破れから雲の浮かぶ空のような空間が覗く。
薄暗い赤い空間の《Mercato Central Firenze, No.1》・《Mercato Central Firenze, No.2》と対照的なのが、明るい緑色の光に包まれた《Light, September》(1800mm×2600mm)である。木立の中に置かれた白いテーブルクロスを敷いた卓を人々が囲む。陽光を受けた葉の照り返しなどが樹冠にパッチワークのように、あるいは水面の映像のように表され、居合わせる人々の姿もまた光の中に融けるようだ。
上記作品はいずれも卓を囲む人々を描き、《Heat, Hum, Blur》ではパラソル、《Mercato Central Firenze, No.1》・《Mercato Central Firenze, No.2》では屋台、《Light, September》では樹木が、点でオーギュスト・ルノワール[Auguste Renoir]の《舟遊びをする人々の昼食[Le déjeuner des canotiers]》に登場するレストランの庇に通じる。ルノアールの作品と異なるのは、人の姿が揺れ動くように判然としないことだ。
ところで川岸の流木に腰掛ける老夫婦を表す《Two at the Isar》(1940mm×1303mm)においては2人の影に川の流れと同じエメラルドグリーンが選ばれているように、流れが象徴する時間と人間とが同一視されている。《Layer of thge Late Summer》(727mm×727mm)では、水辺の中に年齢や背丈の異なる人物を4人配するが、黄金に輝く頭蓋骨が描き込まれることでヴァニタスであることが明確にされている。《Layer of thge Late Summer》の隣に並ぶ《Afterglow》(1000mm×727mm)では燭光の時間に、グラス(ガラス器)としての人間が組み合わされる、同旨の作品と言える。
《Seeing It Off》(455mm×380mm)は草叢の向こうに拡がる水面に落ちかかる夕陽が空を朱色に染める光景。《Lußsee》(910mm×727mm)には湖岸の樹影が漣の立つ水面に揺れる中、カヌーを音も無く滑らせる人物が、夜の帷が下り、夕陽の名残がわずかに残る西の空を背景に描かれる。《Marseille》(910mm×727mm)では暮れ泥む西の空を背に海面に浮かぶヨットの帆と帆綱が鋭角を太陽に向ける直角三角形を形作る。日没ないし西の空が繰り返し描かれるのは、西方浄土を介して死を表す意図が窺える。これらの作品もまたヴァニタスの派生形と言えるだろう。
もっとも、展示の最後を締め括るのは、まだ街灯が灯る低い家並の通りを1人歩く人物の後ろ姿のシルエットを極淡いピンと水色の空薄の下に表した《Saebyeok》(350mm×380mm)である。夜明け[새벽]、すなわち日はまた昇る。死の闇を見詰めることは生の光を輝かせるとの信念が明らかにされるのだ。こうしてまた、光の下で歳をとる。