可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『エディントンへようこそ』

映画『エディントンへようこそ』
2025年、アメリカ製作。
148分。
監督・脚本は、アリ・アスター[Ari Aster]。
撮影は、ダリウス・コンジ[Darius Khondji]。
美術は、エリオット・ホステッター。
衣装は、アンナ・テラサス。
編集は、ルシアン・ジョンストン[Lucian Johnston]。
音楽は、ダニエル・ペンバートン[Daniel Pemberton]とボビー・クルリック[Bobby Krlic]。
原題は、"Eddington"。

 

2020年5月下旬。ニューメキシコ州セヴィージャ郡エディントン。日が沈みかけている。車道脇には建設予定のデータセンターの看板が立つ。ロッジ(Clifton Collins Jr.)が誰もいない道を徘徊しながら言葉を吐き出す。…許してくれ。お前の手を握ってたんだ。探してる。完璧なやつだ。信じないだろ。お前は箱の中にいる。大事な小さな箱に…。歩きながら次第に興奮が高まり、ロッジは町を見渡せる丘の上に到る。…締め出されるとでも? 俺が中にいるんだ。1日で100万稼いでやる。顔と眼と血を差し出せ。悪魔がすぐに金持ちにしてくれる…。
保安官のジョー・クロス(Joaquin Phoenix)が車中でスマートフォンの動画を見ている。…子供が欲しいのに配偶者にその気が無い場合、辛い状況ですね。夫婦関係が壊れてしまう要因になることもあります。とりわけ家族を持ちたいと一方が強く願っている場合です…。サイレンが鳴り、ヒメネス(William Belleau)と相棒のパトカーが接近して来た。何してる? 要件は? そのマスクは? 標識を見なかったのか? プエブロだ。セヴィージャ郡の家にいた。そうかもしれんが、境界は向こうだ。ここはサンタルーペ。不法侵入だ。死人が出てる。マスクするならちゃんと着けろよ。黙れ。うちの管轄に入ったらマスクをしろ。ジョーに無線が入る。マイコゥ・クーク(Micheal Ward)がロッジが暴れていると伝えた。ジョーがマスクをすると、パトカーは走り去る。ジョーはすぐマスクを外す。俺が処理する。町長のところです。事務所か、自宅か、それともバーか? バーです。
ジョーが車を停め、町長の経営するバーに向かう。ちょうど町長の息子エリック・ガルシア(Matt Gomez Hidaka)と友人のブライアン・フレイジー(Cameron Mann)がサラ・アレン(Amélie Hoeferle)をネタに駄弁りながらほっつき歩いていた。マスクしてねえの? 問題無い。何だこの匂いは? さあね、あんたの尻じゃね? ロッジがバーの外で喚いている。バーの中では市長のテッド・ガルシア(Pedro Pascal)が2人の男と町政について話していた。何が問題なんだ? 奴が入れないように鍵をかけなきゃならなかった。1時間もこんな状態だ。解せないな。分かるだろ。奴は平穏を乱してる。入口を塞いでるんだ。入口を塞いでるって、持ち帰りだけの営業だろ? 店にいるのは議員だ。重要な公務だよ。好き勝手に公務扱いされちゃ困る。私がいるところが町長室だ。営業してるってことだな。客がいるんだ。奴は危険だから締め出さないと。何処に送れって言うんだ? ジョーがテッドと言い合ううちにロッジがバーの中に入り込み、カウンターで酒を呷る。ジョーが店内に入り連れ出そうとすると、ロッジが暴れるため揉み合いとなった。ロッジがジョーを振り払い店から逃げ去る。床に倒れたジョーが立ち上がりバーを出ると、エリックがジョーの姿を撮影していた。インスタをやっているのか? ああ、そうだよ。
ジョーが帰宅する。暗いリヴィングではカウチで居候の義母ドーン・ボドキン(Deirdre O'Connell)が眠り込んでいる。ラップトップからは、56という数字に隠された意味を解説する音声が流れている。カリフォルニア州知事ギャビン・ニューサムが8週間以内に州民の56%がコロナに感染すると述べた、ウーハンの研究所が設立されたのも著名人の最初の感染者トム・ハンクスの生年も1956年だった、中国以外の最初の感染者が出たシアトルは56代目の市長が治めていた云々。ジョーがラップトップの電源を切る。ジョーは寝室に向かう。愛妻ルイーズ・クロス(Emma Stone)が人形制作に励んでいた。元気だったかい? ええ。あなたは? 問題無い。君にと言って花瓶の花を置く。何かあったの? 何故? 足を引き摺ってるから。バーで馬鹿馬鹿しいいざこざがあってね。例のホームレスのロッジだ、テッドじゃない。ジョーは妻の作品を見る。これは何? イメージが浮かんだの。分からないけどすごく風変わりで、気に入った。人形が2つ売れたのよ。そうなのか? クモ脚のと舌で寝てる女の子の。良かったね。タイタニックは事件だったという陰謀論を解説した冊子に気付く。これはメールでやり取りできないの? 私のスマートフォン開封したか確認するのよ。だからパスワードを設定すればいいと言ったんだ。パスワードなら設定したわ。制服を脱いだジョーがベッドに入る。4月までって約束じゃなかったか? まだパンデミックが続いているでしょ。私だって仕事場が奪われているのよ。一人で暮らせないなら話は別だけど。いつも見張ってるんだろ。見られてる気がするって言ったの。母からだけじゃないわ。ジョーはルイーズにキスして彼女を求める。ごめんなさい。謝ることはない。回復してるわ。分かってるよ。
ジョーが目を覚ます。食卓のルイーズにキッチンのドーンが陰謀論を大声で捲し立てるるのが聞える。

 

2020年5月下旬。ニューメキシコ州セヴィージャ郡エディントン。保安官のジョー・クロス(Joaquin Phoenix)は、愛妻ルイーズ・クロス(Emma Stone)との間に子供を持てないことを悩んでいる。精神を病むルイーズは奇妙な人形の制作で徐々に恢復の兆しがある。4月までの約束で2人の住まいに転がり込んできた陰謀論者の母親ルイーズ・クロス(Emma Stone)の悪影響が懸念されるが、パンデミックで追い出すのも難しい。町長テッド・ガルシア(Pedro Pascal)のバーに押しかけたロッジ(Clifton Collins Jr.)を保護しに向かうと、ロックダウンを宣言した市長が仲間と集まっていた。テッドは町長のいるところ町長室だと強弁する。スーパーで高齢のフレッド(James Cady)がマスクをせずに入れないでいるのを目撃したジョーは自らも喘息持ちでマスクをせずにフレッドを入店させ、店長(Thom Rivera)に見咎められる。偶然居合わせたテッドにマスクなしのCovid19感染リスクは高く着用は州の命令だと言われたジョーは、強制するなら郡で法律を制定しろと迫り、咄嗟に町長の改選に立候補することを思い立つ。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

妻ルイーズを溺愛するジョーは予てよりルイーズの前夫であるテッドに対する敵対心があった。パンデミックとロックダウン並びにマスク着用強制は、ジョーのテッドに対する嫉妬や敵愾心を爆発させ、テッドは勢いでテッドの信任を問う町長選に出馬することにする。
町長選の争点はデータセンター建設の是非である。開発による経済振興か、それとも環境の保護か。住民の意見は割れるようだ。そこにジョージ・フロイド[George Floyd]の死を機に燃え上がったBLM運動がエディントンに飛び火する。サラら町の若者たちからジョーら地元捜査当局は厳しい目を向けられる。社会は二分論に染まっていく。
ところで、ジョーとプエブロの警察官ヒメネスとの張り合いは管轄を巡る問題だが、境界線自体は描かれない。否、描きようがない。境界線など大地には引いてある訳ではないからである。想像力により境界が生まれることが暗示されるのだ。
サラが想いを寄せるマイコゥ、マイコゥと同僚のガイ・トゥーリー(Luke Grimes)、エリックと友人ブライアン、さらにはルイーズが興味を惹かれるカルトの指導者ヴァーノン・ジェファーソン・ピーク(Austin Butler)など複数の関係が次々と描かれていく。錯綜する関係により社会を分断する安直な二分論の強引さ、乱暴さを明るみに出すのである。だからこそ境界を意に介しないロッジの存在の重要さが浮かび上がる。ロッジを慮ってきたジョーが怒りに捕らわれて自らを見失うと、ロッジの存在は消え去ってしまうだろう。破局を迎えるのだ。