映画『ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行』を鑑賞しての備忘録
2025年、アメリカ製作。
109分。
監督は、コゴナダ[Kogonada]。
脚本は、セス・リース[Seth Reiss]。
撮影は、ベンジャミン・ローブ[Benjamin Loeb]。
美術は、ケイティ・バイロン[Katie Byron]。
衣装は、アージュン・バーシン[Arjun Bhasin]。
編集は、スーザン・E・キム[Susan E. Kim]とジョナサン・アルバーツ[Jonathan Alberts]。
音楽は、久石譲[Joe Hisaishi]。
原題は、"A Big Bold Beautiful Journey"。
現在23度、晴れ。蒸し暑く雷雨の可能性があります。
デイヴィッド(Colin Farrell)が母親(Jennifer Grant)と父親(Hamish Linklater)と通話しながら自宅を出る。行かなきゃ、遅れる。結婚式に1人で行くの? 僕だけ。大丈夫? 大丈夫だよ。最高さ。こんなに幸せなことはない。一人旅が好きだし、一人でいるのが好きなんだ。心を開け。後悔したくないから言っておく。心を開きゃ人生はマシになる。分かってるって。もっと顔を出しなさいよ。行かなきゃ。じゃあね。電話を切ると、タイヤにホイールクランプが掛けられ、フロントガラスに駐車違反のチケットが置かれていた。参ったな。近くの壁に貼られたレンタカー会社の貼り紙が目に留まる。緊急時対応専門。1994年創業。雷鳴が轟く。
激しい雨の中、デイヴィッドは建物に挟まれた細い道を抜けてレンタカー会社に向かう。呼び鈴を押す。ご用件は? デイヴィッド・ロングリーです。車を借りに。ブザーを鳴らしたらドアを開けて。2分の1拍で。それ以外ではドアは上手く開かないの。だから開くまで何度も試すしかないのよ。分かったよ。ドアはね、油断禁物なの。そうか、油断禁物なんだな。デイヴィッドはドアを開けることに失敗し、3度目にうまく開けることが出来た。やったね、デイヴィッド!
デイヴィッドは倉庫のようなガランとした空間に出た。奥の壁にはレンタカー会社と横断幕が貼ってある。その壁の傍にヴィデオカメラをセットした長机があり、ドアの応対をした女性店員(Phoebe Waller-Bridge)が手を振る。脇には年配の機械工(Kevin Kline)が坐っている。映画のオーディション会場のようだ。歩かされたでしょ? そうですね。こちらに来てもらえる? そこで止まって。カメラに向かって名前をどうぞ。何ですって? 名前を言ってくれ。デイヴィッド・ロングリーです。車は1994年式のサターンSL。とっくに製造中止じゃないか。バリバリ現役よ。それしかない? 車が必要なんでしょ。その写真は何なんです? デイヴィッドは自分の顔写真があるのに驚く。問題でも? 撮った記憶がない。それで? それで? 僕は役者じゃない。もう1度言ってもらえる? 何を? 今言ったヤツ。僕は役者じゃない。そう、それ。もう1度。照明が落ち、デイヴィッドにスポットライトが当たる。僕は役者じゃない。人は思ってるより遙かに演じて生きてる。よくあることで悪いことじゃない。演技の中に真実が現われることもある。そうかも。真実に辿り着くために演じなくてはならないこともある。辛い方法だがそれが効くこともある。照明が点く。いい言葉。今後はそれで締めてもらえる? で、ナヴィは必要? 必要ない。スマートフォンがあるから。USBが無いの。1994年式のサターンSLだから。じゃあ、接続せずに使うよ。スマートフォンが毀れたら? 毀れないと思うけど。もし毀れたら? 毀れた経験はないんだ。もし毀れたらって話。ここは一体何なんだ? レンタカー外車。ナヴィは必要か? ナヴィは必要? …ああ。やったね!
大雨の中を走る1994年式のサターンSL。ハンドルを握るデイヴィッドはミュージカル『コーラスライン』の「ワン」を流し歌う。高速道路ヲコノママ400km走行シテ下サイ。結婚式ヘノ行程ハ晴レ空デ雨ハ止マナイデショウ。ハワイデハリキッドサンシャイント…。カーナヴィの音声(Jodie Turner-Smith)がデイヴィッドに告げる。
目的地ニ到着シマシタ。大雨の中、式場の前に車を停める。ドアマンに傘を差し掛けてもらうが役に立たないほど雨が激しい。デイヴィッドが中に入ったところへもう1台1994年式のサターンSLが到着し、サラ(Margot Robbie)が降りてくる。
大雨の中、中庭で結婚式が挙行される。新婦アマンダ(Lucy Thomas)が父親(Mike Meldman)に傘を差してもらい入ってくるのを、やはり傘を差した参列者が見守る。デイヴィッドは赤い服を着たサラに目を奪われる。
デイヴィッドがアマンダから声を掛けられる。遠くからありがとう。揶揄ってる? 参列しない訳にはいかないよ。素晴らしい式だった。ありがとう。デイヴィッドはアマンダにサラを紹介される。同じ街に住んでるのよ。どの辺り? 中心部。あなたは? 北部。気に入ってる? 何が? 中心街。新郎のマイク(Brandon Perea)が楽しい夜をと挨拶してアマンダと立ち去る。飲み物は? 結構よ。会話は続かずサラが立ち去る。
デイヴィッドが一人中庭で煙草を吸っていると、踊り疲れたサラが姿を現わした。
デイヴィッド(Colin Farrell)が友人アマンダ(Lucy Thomas)の結婚式に参列するため家を出ようとしていたところへ、独り身で実家に寄り付かない息子を心配する母親(Jennifer Grant)と父親(Hamish Linklater)から電話があった。一人でいるのが好きだと電話を切り、車に向かうと駐車違反の取締で車を動かせない。緊急時対応専門レンタカー会社のチラシを目にしたデイヴィドは即座に車を借りに駆け込む。タイミングが悪いと開かない扉を抜けると映画スタジオのようなオフィスで、砕けた話し方をする女性店員(Phoebe Waller-Bridge)と年配の機械工(Kevin Kline)に生きるためには演じなくてはならないこともあると俳優オーディションの真似事の様な応対を受け、1994年式のサターンSLをカーナヴィ(Jodie Turner-Smith)付きで借りる羽目になる。デイヴィッドは天気雨の中、車を走らせる。結婚式でアマンダから人目を惹くサラ(Margot Robbie)を紹介された。サラを高嶺の花と諦め一人煙草を吸っていたデイヴィッドはサラから踊らないかと声を掛けられるが断ってしまう。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
両親から特別な子だと褒められて育てられてきたデイヴィッドは、歳を重ねるうちに自分の思い通りにならないことが増え、自分が特別な子などではないと思い知る。母親から孤独を案じられ父親からは心を開けと促されるが、独身生活に安住していた。デイヴィッドは友人アマンダの結婚式で紹介された魅力的なサラから自分にアプローチしないのは傷つきたくないだけだと指摘される。悔いを抱えたまま式場を出ると、帰りの車中でカーナヴィから大きく大胆な美しい旅に乗り出してみないかと誘われる。デイヴィッドが応じると、まずは軽いチーズバーガーで腹ごしらえだと高速を降りるよう指示される。レストランでチーズバーガーを頬張ると、同じくチーズバーガーを頬張るサラの姿があった。サラもまた怪しげなレンタカー会社で1994年式のサターンSLをカーナヴィ付きで借りていたのだった。2人はカーナヴィに導かれる旅に出る。
カーナヴィの導く先にはドアがある。ドアの先にはデイヴィッドの一人旅の目的地の灯台や、サラの訪れた美術館など、過去の世界に通じている。カーナヴィは2人に記憶の扉を次々と開かせていく。過去に向き合ううち、2人の心情は変化しお互いの関係が密になっていく。
レンタカー会社のドアはブザーが鳴ってから2分の1拍でないと開かない。大事なのはタイミングだと教える。また、レンタカー外車の店員・機械工は生きる上での演じることの重要性を訴える。
Kogonada監督の映画『アフターヤン[After Yang]』(2021)ではアンドロイドであるヤンの「記憶」(記録装置に残された映像データ)により(やはりColin Farrellが演じた)主人公ジェイクは過去に遡った。本作では、1994年製の車=カーナヴィに導かれる形式を取る。
付喪神的汎神論とは言わずとも道具や植物などの「記憶」に監督の関心があるのは疑いない。記憶は移ろいやすく忘れ去られるが、物や風景がきっかけになって記憶の扉が開く。そして記憶により人は変わってしまう。いかに記憶と付き合うか。止まない雨はない。