展覧会『伊津野雄二』を鑑賞しての備忘録
ギャラリー椿にて、2025年12月13日~27日。
主に女性をモティーフとした木彫とテラコッタとで構成される、伊津野雄二の個展。
《ディスタンス〈航海〉》(960mm×1760mm×225mm)は、切り出した地層を思わせる板を重ねた最上部に切妻屋根の家と木々を彫り出したものと、その土地に匹敵する規模の人物の頭部を組み合わせたレリーフ状の作品。板は隙間を空けて層状に重ねられ、なおかつ切断された線は船舶を模している。すなわち地層が船底、地表が甲板、家が船橋、木々が帆に当たる。船首に向かい張り出した部分に沿うように人頭のレリーフが斜めに添えられる。長い頚を有する人物は目の部分が穴が穿たれた仮面のような顔を持つ。《ディスタンス〈記憶〉》(640mm×820mm×250mm)は、ルネ・ラリック[René Lalique]の車のマスコット《勝利の女神[Victoire]》を彷彿とさせる、顔を前に突き出す女性の頭像である。本作はラリック作品より複雑で、女性像の像髪が地層であり海であり、頭頂部から髪の先に向かって家の建つ丘とヨットの碇泊する港の形をなすというように、風景が重ねられている。「ディスタンス」を冠した2点の作品は人生行路を航跡の水平方向とともに堆積の垂直方向という二重に表現し、記憶が人間を形成していることを示す。
《メッセンジャーα》(820mm×180mm×320mm)と《メッセンジャーΩ》(820mm×180mm×320mm)はともに天使像で、対となる作品。背丈と同じ大きな翼を背に生やした天使は、木の板の間にアクリル版が挟まれ、体のラインを強調する。のみならず、内部に光源があり、半透明のアクリル板越しに光を放つ。右手を前に水平に差し出す「Α[アルファ]」と両手を前に下げて差し出す「Ω[オメガ]」によりメッセージを受け取り差し出す、狛犬的阿吽の存在である。
《グリーンブック(1)》(320mm×150mm×95mm)は、緑の表紙の本の上で両手で本を抱え目を瞑るワンピース姿の女性の立像。自らの立つ本と同様の緑の表紙の本を左胸の前で両手で構える。脚を左右にやや開きいて立つことと、何かを思い出そうとしているのか、瞑想しているのか、目を閉じていることと相俟って、落ち着いた印象である。《グリーンブック(2)》(320mm×150mm×95mm)では、左足を前に踏み出し、右足の踵が上がり、本は右手で腹に抑えて持つ。顔を持ち上げ、髪が流れ、彼女は歩を進め、風が吹く。動的な印象である。
《明日を摘む》(280mm×170mm×120mm)は白い家の上に生える木に生る実を両腕を伸ばして掴む女性を表した木彫作品。切り妻屋根の頂部に3冊の本を重ねて台にして彼女は見事に果実を手に入れる。《オンブラマイフ》(280mm×170mm×120mm)は白い家の上に生える木の蔭で本を椅子代わりにして本を読む女性の姿を表した木彫作品。
《フォレストレポート〈ノブドウ〉》(205mm×150mm×60mm)は、やや開いた本の表紙に窓のような穴が穿たれ、左手で頰杖を突く女性の胸像と野ブドウの蔓とを覗かせる木彫作品。目を閉じて何かを想起する様子の女性の左肘の脇、左胸の前から野ブドウが蔓を伸ばし、青い実の房と葉とが彼女を取り巻く。《フォレストレポート〈サンザシ〉》(205mm×150mm×60mm)では、本の表紙の窓で頰杖を突く女性の胸像にサンザシを添えている。
本は知恵や記憶の象徴であるとともに、木彫と同じく木から生まれる。不可視の智慧や記憶を本に仮託して表現するのである。表されていないものに目を向けるよう、女性たちは目を閉じて見せてくれている。
木彫作品は木目を活かし、着彩は植物や本の表紙の緑など最低限度に止められる。テラコッタの作品も植物など部分的に緑を配することで、木彫作品とよく馴染む。樹木≒木彫と大地≒テラコッタとが結び付けられている。頚が長く翼のある女神と思しき存在の胸像《境界》(750mm×500mm×380mm)の顔は化粧土のような白で覆われる。女神は樹木と大地とを結び付けるのである。