映画『小川のほとりで』を鑑賞しての備忘録
2024年、韓国製作。
111分。
監督・脚本・撮影・編集・音楽・音響は、ホン・サンス[홍상수]。
録音は、ソ・ジフン[서지훈]。
原題は、"수유천"。
クム・ジョニム(김민희)が川のコンクリート製の護岸に坐りスケッチをしている。スケッチブックを小さなパレットとバンドで縛り、立ち上がる。
女子大前の橋でジョニムが叔父チュ・シオン(권해효)と落ち合う。ここまで大変だったでしょう。カンヌンから? 大丈夫。本当に変わらないね。まだ子供みたいだ。まさか、もう子供じゃありません。本当にお母さんに似てるね。そうですか? いくつになった? もう四十路かな? そうです。お元気でしたか? 書店をやっててね、暇なんだ。カンヌンのね、目の前が海岸なんだ。綺麗な所だ。是非遊びに来なさい。ここが大学だな。入構は私たちか学生と一所でないと。規制が厳しいんです。本当? 以前は地元の人たちが自由に出入りしてたんですけど、数年前から厳格になったんです。もう僅かしか日にちが残されていません。すみません、急な依頼で。誰が辞めたんだ? 演出担当の学生です。10分ほどの寸劇をとにかく上演できればいいんだな。うちだけできてなくて。簡単な脚本を書いた。もう書いたんですか? 昨晩、2時間ほどで。凄いですね。これは何だ? スケッチブックです。これは? パレットです。小さいな。いいのを買ってやろうか、色数が少ない。プレゼントで、持ち運びに便利なんです。でも小さすぎるだろ。色も使えないし。使いやすくて気に入ってるんです。
ジョニムとシオンが大学の構内に入る。守衛に会釈する。
大学の教室。シオンが4人の学生に説明する。寸劇は短い作品で、それに合った形式が必要になる。クム先生と話した後、4人でできる寸劇を考えてみた。昨晩考えた脚本だ。科白は極めて少ない。しかも簡潔だ。10日で覚えるのは問題無い。しかし、台本に書いていないものこそ、あなたたちに期待している。ジェスチャー、声の調子、眼差し。こういったものが重要で、科白以上に伝えることのできる演劇を作りたい。私たちは演劇専攻ではありません。先生の言葉を理解できたかどうか分かりません。もう10日しかありません。確かに、10日しかない。まずは本を読んでから話し合おう。折角集まったんだし、努力して報われるかもしれない。この本を叩き台に、どうなるか分からないが、上手くいけば面白そうだ。お越し頂き感謝します。感謝してもらうことに感謝したい。暇なんだ、本当に暇でね。本当に? ああ。平穏で時間のある生活を送っている。カンヌンで書店を営んでいてね。役者は開店休業だから。若い皆さんに会えて嬉しいんだ。私たちもお会いできて光栄です。ちょっと出て来ます。叔父と学生のやり取りを脇で見ていたジョニムが教室を出る。
校舎の外に出てベンチで休むシオンにジョニムが水を差し入れる。有り難う。話したら喉が渇いた。彼女たちは授業に出席しなければならないので。もっと時間があればいいが仕方ないな。自分たちの授業と平行して演劇に取り組んでいますから。そうだね。それにしても美しい場所だ。どうでしたか? いい娘たちだったけど、何と言うか、見捨てられたという感じがした。彼女たちの置かれた状況のせいです。3人の学生が脱落してしまったんです。なぜ演出担当の学生は辞めてしまったんだ? 機微に触れるんですけど、その学生が練習中に3人と付き合っていたんです。どういうことだ? 7人のうち3人の女子学生と付き合っていたんです。そうだったのか。思わずシオンが笑う。なんでそんなことに。分かりません。訊くこともできません。私が知っているだけです。
クム・ジョニム(김민희)は工学を学でんいた学生時代に啓示を受け、テキスタイル作家として活動。画家のチョン・ウンニョル(조윤희)に引き立てられ、彼女が教授を務めるスユ[水踰]川沿いにある女子大学の講師に引き立てられた。ジョニムの担当する学生たちがスユ寸劇祭の練習中、演出を担当した外部の学生ヨ・ジュヌォン(하성국)が3人と色恋沙汰を起こす。やむを得ず10年も連絡を取っていない叔父で芸能界を干されているチュ・シオン(권해효)に4人の学生の演劇指導を依頼する。シオンは自ら脚本を書き本番までの10日間の稽古を付けることになった。ジョニムはシオンのファンだというチョン教授に叔父を紹介する。
(以下では、全篇の内容に言及する。)
ジョニムはテキスタイルの作家で、漢江をモティーフにした「Flowing Water」シリーズを手掛けている。連作は徐々に漢江を遡行していく。ジョニムの作品は、スユの流れ[수유천]を冠した本作品のアナロジーである。ジョニムの、あるいはシオンの過去が徐々に明らかにされていく。
ジョニムとシオンの姪・叔父の関係は一見、何の問題もなさそうに見える。だが2人は10年間会っていない。シオンはジョニムと行動をともにする場面も少なくないが、指導する学生には過去の出来事などを語りつつ、ジョニムには語らないことがある。あるいは、ジョニムが離れる際のちょっとした目つきなどに、シオンの姪に対する微妙な感情が透けて見える。ジョニムもチョン教授に叔父を引き合わせた際など、極めて退屈そうな仕草を隠さない。丁重な言葉の裏には異なる感情がある(後にはウナギ料理をご馳走になる前に用事があると言ってラーメンを食べたり、運転代行を頼まれているのにビールを飲んだりする)。シオンが学生たちに告げる通り、科白では語られないことをジェスチャー、声の調子、眼差しなどで語らせるのである。また、ジョニムが便利だと限られた色数の小さなパレットを用いるのも、学内行事に向けた準備を巡る物語における大学構内とその周辺の店舗・部屋という狭い範囲の世界とパラレルである。
シオンは学生時代に同大の同じ寸劇祭で演出を担当していた。時を経て同じことを繰り返している。また、シオンは学生時代に演出した際、女子学生と交際していた。ジュヌォンとシオンもパラレルである。果たしてシオンはジュヌォンに何を語ったのか(作中では描かれない)。
シオンがジョニムと疎遠になった背景には、ジョニムの母によるシオンの糾弾がある。ジョニムがシオンにチョン教授と寝たのかと単刀直入に問うところは、母親を髣髴とさせる。
書店やチョン教授の部屋における階段を登る描写。あるいはウナギ料理店で川へ下る階段。三日月・上弦の月・満月とともに、変化を表現する。ジョニムの川でのスケッチもまた繰り返しとともに変化を暗示する。