可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 鈴木雅明個展『照らす光 広がる陰』

展覧会『鈴木雅明「照らす光 広がる陰」』を鑑賞しての備忘録
FOAM CONTEMPORARYにて、2025年12月20日~2026年1月14日。

夜の街を主題とする絵画「Light」シリーズで構成される鈴木雅明の個展。

《Light》(1120mm×1620mm)には街路樹の中に煌々と輝く青い光と、通り沿いの建物が描かれる。画面右手前から左奥のトンネル(高架下)に向かって道が延び、左手には大きく葉を繁らせた木々が並び、街灯が青白い光を強く放つ。通りの右手にはそれぞれ赤味、橙味を帯びたクリーム色の壁の建物が連なる。灯りの消えている建物には樹影が濃く映り、灯りの点いた建物は窓から温かい光が漏れる。街灯の冷たい光、室内の暖かい光、灯りの消えた窓の闇が対比される。建物の周囲に拡がる夜の闇は暗黒ではなく灰青である。都会に全き闇は訪れない。常にどこかで光が輝いている。街灯の傍に立つ女性が見入るスマートフォンの液晶画面もまた、都会の灯りの1つである。融けるようなイメージは、牛島憲之が現代都市の夜を描いていたらとの空想を膨らませる。葉叢が半ば融けるように描かれるのは、1つには木々が風に揺れるからだろう。だが植物の生命[anima]を表わす意図もあるのではないか。動く(≒変化する)とは生きることである。対照的に、夜の住宅街に立つ2階建ての建物を捉えた《Light》(606mm×727mm)では、入口など建物1階周囲の青い灯が点るばかりで、灰青の空と相俟って灯りの消えた窓の闇が寝静まる世界が強調される。眠りとは擬似的な死であり生命を浮かび上がらせるとは言えまいか。
《Light》(410mm×410mm)にはビルの正面玄関が描かれる。右上に玄関灯がオレンジの光が輝き、赤く塗られた壁面を照らす。閉ざされたガラスのドア越しには観葉植物が覗き、玄関ホールの灯りの奥に扉が見える。入れ籠の構造が視線を奥へと誘う。《Light》(410mm×410mm)は画面右側に右奥に延びる上り坂を描き、道沿いの建物に入って行く女性の姿をシルエットに近い状態で表わす。坂道の斜めの帯が通り沿いの光と相俟って歩く女性へと視線を誘導する。《Light》(606mm×727mm)は駅舎を描いた作品。右側の屋根の下に公衆トイレがあり、通路を介して左のエスカレーター(あるいは階段)へ、踊り場で右に折り返して2階へと視線が流れていく。それは地上付近のエスカレーター(あるいは階段)にを上がる人物の存在による。トイレ附近の1つの黄の円、通路の2つの青の楕円、エスカレーターの6つの緑の円と照明が連なり、最終的に駅舎の上に位置する街灯の大きな赤い円へと視線が運ばれる。赤い灯は恰も誘蛾灯のようである。実際、作家の描く絵画こそ、鑑賞者を引き寄せる誘蛾灯に他ならない。
《Light》(606mm×500mm)には灯りの点るエントランスホール手前のベンチに坐りスマートフォンを眺める女性が描かれる。エントランスホールのガラス壁面には街明かりが映る。女性は暗がりの中で液晶画面に見入る。エドワード・ホッパー[Edward Hopper]の描いた孤独な都市生活者は店の中で空間を共有していたが、作家の描く都会の人々は、サイバースペースを介しここではないどこかの人々と繋がり、現実の空間を共有を必要としはしない。
《Light》(727mm×606mm)は奥に大通りが見えるビルの谷を描く。道筋の右側の建物の灯りは消え、左側の建物の2階にはまだ灯りの点いた部屋がある。タクシーでも捕まえるのか、道筋の先には男性が立つ。大通りの向かいでは高い建物が視界を塞ぐ。連続する窓のうちいくつかに明かりが灯る。《Light》(1455mm×1120mm)は崖下のカーブする道沿いに立つマンションを描いた作品。画面手前から延びる道は奥の壁にうつかると直角に近い角度で左に折れる。そのカーヴに街灯があり、1人佇む女性のシルエットが浮かぶ。道の左手には赤味を帯びた外壁の4階建てのマンションが立つ。ベランダと階段室の灯りが輝く。崖上の世界は闇に沈み模糊としている。《Light》(803mm×1000mm)は、やや住宅街の夜道を抜ける男性の後ろ姿を描く作品である。手前から奥に延びる道は左に膨らみ右奥へと続く。そのカーヴの先で男性の姿が消えようとしている。左手には民家の白い外壁が続き、街灯が青い光を放つ。通りの右側にはガレージの車や庭木とともに木造家屋が描かれる。茶や緑は闇に溶けるが青白い向かい側に対して温かみも感じさせる。その奥には巨大なマンションが立ちはだかる。曲がる道は古くから存在することを暗示する。その古い町は開発の波に呑み込まれていく。マンションのある奥に男性の後ろ姿は、時の流れの不可逆性の象徴である。作家は暗示している。