可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会『刺繍―針がすくいだす世界』

展覧会『上野アーティストプロジェクト2025「刺繍―針がすくいだす世界」』を鑑賞しての備忘録
東京都美術館〔ギャラリーA・C〕にて、2025年11月18日~2026年1月8日。

平野利太郎、尾上雅野、岡田美佳、伏木庸平、望月真理の刺繍作品を展観。

平野利太郎の二曲一隻屏風《芥子 小屏風》(1575mm×760mm)の左扇には芥子の茎3本が画面から切れる高く伸び、低い位置に2輪の花と既に花を散らした芥子が、右扇には画面下に1輪の花と1つの蕾とが覗く。風の表現か、蜂など昆虫の軌跡か、両扇に跨がり白い線が伸びやかに弧を描き、跳ねるように折れ曲がる(それは屏風自体のアナロジーでもある)。その闊達な線が左扇の花々から右扇の矢印のように右に向けられた蕾へと視線を導く。軸装の《サボテン》(2140mm×1220mm)は深い藍の滑らかな布に花を咲かせたサボテンを表わす。サボテンは、作家の作品を特徴付ける白い短線を並べた塊を散らすことで表現される。等間隔で赤い点が差され、わずかに棘が覗く。山吹色の花が深い藍色に映える。画面に多数の花を咲かせるサボテンは1本の幹から成る。作家独自の吉祥図が意図されているようだ。《百日草》(715mm×715mm)は濃紺の画面に金銀の短冊で花弁を表わしその中に青貝の花芯が輝く。金糸の茎・葉もリズミカルである。《かたつむり》(275mm×245mm)は金糸で刺繍された立体感のある蝸牛は迫真的で、無地の画面の上部に寄せられることでゆっくりと這い上がるイメージが生まれている。

尾上雅野《赤い花の少女》(1610mm×1120mm)は主に赤い花弁の花々に囲われたピンクのドレスの女性を表わした作品。女性を取り巻く赤やピンクの花々は女性の顔よりも大きい。女性の衣装は花の光を受けてピンクに染まっているようだ。横の線を連ねることで女性は渦状の花と一体化しつつ埋もれることがない。やや傾いだ不安定な女性の身体は、直角に曲げて挙げた右腕と降ろされた右手とでバランスがとられる。花を踏まずに歩む姿であるが、倒れても花々がクッションとなって受け止めるだろう。《バラのアーチ》(1150mm×1710mm)は画面上部を3つの弧に切り取り、その線に沿うようにバラの花を並べることでアーチを表現する。ピエール=オーギュスト・ルノワール[Pierre-Auguste Renoir]の描きそうな女性たちが2人、3人、3人と連れ立ち、バラの園を右から左側へ向かって散策する。その頭の位置が横倒しのS字を描き、リズムを生む。それはまた、背後に蛇行する川(左手奥に眼鏡橋が見える)のアナロジーでもある。《草原に遊ぶ》(1120mm×1600mm)には花の咲き誇る丘に繰り出した14人の女性が思い思いに過ごす様を表わす。右手前の群生する花々の背後に木立があり、そこから少女が飛び出す。緑なす草原を逍遙する仲間のもとへ向かうのだろう。白いドレスの女性たちは低草の中に咲く花と化す。丘の向こうに見える空は川の流れにも見える。動物を描いた作品や種々の動物を象ったぬいぐるみやクッションも併せて紹介される。

岡田美佳のお茶の時間のテーブルを室内だけでなく庭などの景観も含めて表わした作品や、林を抜ける小径など景観を画いた作品が並ぶ。ティータイムをテーマとした作品では、様々な食器、菓子や料理、テーブルクロスなどに加え、卓を飾る花や庭の植物などのモティーフを目一杯に詰め込む。《紫陽花 咲く》(220mm×250mm)では手前にパイなどの皿が載った円卓が表わされ奥に紫陽花が覗く。紫陽花は敢て霞むように表わされ、食卓のパイに紫陽花を見立てるよう促す。《ゴッホの病院 プロバンスの街》(310mm×430mm)は塔のある境界を中心に民家など建物が犇めく様子が刺繍の立体感と相俟って如実に伝わる。

伏木庸平は、縫い付ける色糸が増殖する細菌のように拡がり支持体の布を歪ませ、ところどころに穴が穿たれ、糸が垂れる得体の知れない立体物を生み出す。吹き抜けの展示空間に吊された巨大な作品《オク》(4000mm×8000mm)は、茶、青、オレンジ、深緑、エメラルドグリーン、白、ベージュなどの布に暖色を中心とした糸が縫い付けられている。瘤のような隆起や穿たれる穴など刺繍により歪む表面に縞や放射その他のイメージがとりどりの糸で表わされる。花であり、苔であり、黴である。ところどころから糸が垂れ、ビニールまで縫い付けられている。捉えどころのないイメージ、色糸の凝集や縫い付けられることで歪み布が文字通り立ち上がる。そのエネルギーが鑑賞者を否応なしに作品に捲き込む。

望月真理の《釈迦の教え》(730mm×740mm)は菩提樹と思しき樹木を中心に円が広がっていく。菩提樹は釈迦の悟りを象徴し、釈迦の教えが光となり世界に遍く伝わる様が渦に仮託されている。空間的拡がりだけではない。周囲を唐草が飾ることで連綿と続く時間をも表わす。《勿来の春》(850mm×870mm)では太陽の光が四辺に拡がる山や花に力降り注ぐ様子が中心から渦状に拡がる陽光によって表現される。無窮を象徴する円ないし渦への関心が窺われる。《里芋の葉》(550mm×670mm)は5枚の里芋の葉を表わす作品であるが、一番大きく表わされた1枚は縞模様が表わされている。葉の姿に里芋の縞模様が重ねられていて楽しい。《中国の山あいの村》(550mm×760mm)は山と川とに挟まれた田で農作業する人物を表わした作品。牛を用いて耕す人物と、天秤棒を担ぐ人物とが田に配される。川や山の斜面や田の区画をそれぞれ異なる刺繍でパッチワークキルトのように表わす。南画のような趣が農村の長閑さを表現し、人物の朴訥さまで伝わってくるようだ。