展覧会『モース日本陶器抄―東京大学コレクションから』を鑑賞しての備忘録
インターメディアテクにて、2023年11月21日~終了日未定。
大森貝塚発見で知られる動物学者エドワード・モース[Edward Morse](1838−1925)の日本陶器コレクションを展観。大森貝塚の発掘にも参加したモースの弟子の一人、佐々木忠次郎のコレクションも併せて展示される。
モースは所謂お雇い外国人として1877年から3度来日。日本の習俗・文化に関心を寄せ、絵画や服飾、道具、玩具など数千点を蒐集した。著書『日本その日その日[Japan Day by Day]』(1917)には「だが彼をして、蒐集を開始せしめよ」と、態々へこませた得体の知れぬ日本陶器蒐集の天啓を受けたことが記されている。2度目の来日の1878年のことであった。モースの進言で1880年に設置された東京大学理学部「博物場」に展示されたが1885年の大学の本郷移転に伴い「博物場」は廃止されてしまった。
《尾戸焼茶碗》は灰白色の茶碗の周囲に洒脱な蕨が描かれている。《唐津焼茶碗》は胴に円(渦)を中心に弧の波線、縦の波線を並べたパターンを繰り返す、呪術的な印象を受けるデザイン。
《九谷焼色絵木瓜文小皿》の見込みは、黄の木瓜の実に緑と茶の葉をそれぞれ2枚添え、さらに周囲が蔓で飾られる。《入谷乾山楽焼色絵重平鉢》は正方形の皿をずらした並べた器の見込みに「水晶宮裡朝之客」などと記した色紙と梅の木を描いた色紙とを表わす。胴の文様は得体が知れない。
《中村焼馬之絵楕円形中皿》は緑の楕円の皿で灰緑の見込みに馬の絵を表わす。皿の側面にも顎を引き疾駆する馬を表わす。
《赤津焼織部片口》はクリーム色の器に青味のある緑の釉をかけた片身替の酒器。釉薬をかけていない部分には楕円など幾何学的文様を配する。《信楽小壺》はやや肩が張る形で、茶色と灰色との中間色に焦茶の釉薬の部分の片身替的な仕事。
《金太郎焼笹形鮎皿》は淡い緑色の楕円に近い器で長径に平行する線を描き入れ笹の葉を模す。《粟田焼輪花菊花小皿》は波状の口縁を持つ平皿で見込みや胴に4つの点を中心に放射線の菊花を青と茶で描き込む。《瀬田焼》は2枚の貝殻を組み合わせた3つ足の器。灰色味を帯びた茶色の見込みには「セタ□」(□は判読できなかった文字)との文字と幾何学的な文様を表わす。《楽山焼》も2枚の貝を模した形の3つ足の平皿である。《志野梅》は梅を象ったクリーム色の器。貫入の目立つ見込みにも梅の樹が表わされるが判然としない。
二枚貝は貝合わせ(貝覆い)、延いては婚礼道具のモティーフであり、蛤は蜃気楼の伝承と結び付き、絵画や器などに表わされてきた。モースが腕足腕足動物を専門とする研究者であり、二枚貝を模した器形の《瀬田焼》や《楽山焼》を面白がって手に取したことは容易に想像される。「形は不規則で態々へこませたりし、西洋人が見慣れてゐる陶器とはまるで違ふ」と衝撃を受けていることからすれば織部など歪んだ器が何より印象的であったようだ。生物分類学や進化動物学の観点から、多様な器の系統分類も意欲したであろうか。比較的小ぶりでありながら多様な器で構成されるコレクションは、鑑賞者の目を楽しませる。
モースの弟子で昆虫学者の佐々木忠次郎のコレクションも併せて展示されている。馬を立体的に表わし異様にまでごつごつした胴を持つ《相馬焼湯呑》、桃の実を割った形を下手や葉とともに表わした《瀬戸桃形片口》がとりわけ個性的な器である。《楽焼茶碗》、《瀬戸茶碗》、《唐津風茶碗》、《白薩摩焼土瓶》はオーソドックスなコレクションと言える。