展覧会『岩熊力也「人類菌類化計画」』を鑑賞しての備忘録
コバヤシ画廊にて、2026年1月7日~17日。
ドクターコバヤシが、1000年後の日本人絶滅を回避すべく、人類を多様な生物と関係を取り結ぶ菌類にする計画を立てるとの物語を軸にしたインスタレーションで構成される、岩熊力也の個展。
地衣類は生態系と生物のあいだに設定された境界を破綻させる。地衣類とは、いわば結晶化を起こした生態系があり、自己を外へと開いた有機生命体があった場合、両者のあいだで働く応力のことだ。生物(有機体)を統一的に見る観点を乗り越え、共生的関係の集合に立ち向かうために最も有効なのは、マルク=アンドレ・スロスが提唱した先端的な「相互作用」の概念だと考える所以である。
近代科学は個体に基礎を置く西洋哲学から、有機体に基礎を置く生物学への転換をおこなった。真の断絶を求めるなら、相互作用を中心に据えなければならない。蜘蛛の巣は点の集合ではない。むしろ点と点をつなぐ糸が蜘蛛の巣なのである。
このような、力学と「応力」にもとづく理解から、あらゆる生物は1つのネットワークにつながれているとする見方が生まれ、その淵源にある哲学概念として、1980年にジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリが定義づけた「此性」に改めて注目が集まった。そして此性の概念によって導かれたのが、もう1つの生物学的暗喩から固体化を考える方向性だった。リゾーム〔根茎〕である。
〈此性〉には始まりも終わりもないし、起源も目的もない。〈此性〉は常に〈ただなか〉にあるのだ。〈此性〉は点ではなく、線のみで成り立つ。〈此性〉はリゾームなのである。〔……〕あらゆる固体化が主体、あるいは事物の様態でおこなわれるとはかぎらない。〔……〕リゾームは〈一〉にも〈多〉にも還元されない。〔……〕それは統一体からなっているのではなく、さまざまな次元から、あるいはむしも変動する方向からなっている。リゾームには始まりも終わりもなく、常に〈ただなか〉があって、そこでリゾームは育ち、そこから周囲に波及していく。リゾームは多数多様体を作り上げる。
一部の多年生植物に見られ、植物本体のどこに位置するかによって、根にも、茎にも、あるいは枝にもなる水平方向の地下茎。リゾームによって思考可能となったのは、階層化と囲い込みの考え方に、とことん抗う力学的な存在論だった。生物が強度の配置として、相互作用の環境として、その姿をあらわしだしたのである。(ヴァンサン・ゾンカ〔宮林寛〕『地衣類、ミニマルな抵抗』みすず書房/2023/sp.287-288)
画廊の入口には「人類菌類化研究所」との看板が立て掛けられている。会場の正面奥の《人類菌類化計画》は、菌糸やキノコと重なねられた人物の姿や、胞子、その他のイメージや言葉を書き付けた半透明のビニールシート、根を生やす人頭にキノコのイメージを重ねたタブローを壁に掛け、菌糸が生える頭部の陶器を枝先に取り付けた流木、人や鳥を模した鉢植えの植物などを床に置いたインスタレーション。MYCELIUMと大書したビニールシートには、菌糸の束の女性、足の指先がキノコになった人物、胞子の成長、静物の系統樹(?)、英語やドイツ語などのメッセージが紫や黒で書き込まれ、黄土色で菌糸や胞子を描き込み、ドクターコバヤシが構想を書き連ねた黒板と菌類の増殖するイメージとを重ね合せている。タブローには水と植物とを想起させる水色と緑のシルエットの頭像から根が生え、頭部には色鮮やかなキノコが描き入れられている。頭部の上には"In the Whisper of Fungi Solitude Disappers"や"Living as Individuals They Game to Share Memories with the Forest ad the Earth to Share the Voice of the Ecology"とのスローガンがある。床には、頭からキノコないし胞子を生やした頭部の陶器が枝先に付いた流木を中心に、人や鳥の姿を模した鉢植えに植えられた植物、胞子を生やした人物などの陶彫、壺などの陶器が並ぶ。とりわけ流木作品や倒れた人から生えるキノコは朽ちゆくものに生えるキノコが静物を土に還す働きをしていることを示すものだ。《Dr. Kobayasi's brain map》(1620mm×1303mm)は、"In the Whisper of Fungi Solitude Disappers"と記した壺とドクターコバヤシ(?)の頭部を中心に菌類と一体化した人物や動物を画面一杯に描き込んだ作品で、《人類菌類化計画》を1枚の絵画に落とし込んだ作品と言える。《mycelium mind》(1165mm×1165mm)は眼や耳がキノコとなった人物の頭部や菌糸の体を持つ頭部などを表わした絵画作品。同題のコラージュ作品《mycelium mind》はキノコ、胞子を生やした人物の頭部、橋本平八《花園に遊ぶ天女》のイメージなどで構成し"Hear the Voice of the Ecology"と記した作品を始め、自作の陶彫を樹木に取り付けた写真を中心にした作品など9点(各750mm×580mm)が並ぶ。