可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『とれ!』

映画『とれ!』を鑑賞しての備忘録
2025年、日本製作。
74分。
監督・脚本は、コウイチ。
企画は、田中翔と水野裕基。
撮影は、関口洋平。
照明は、渡邉幸朔。
録音は、北野愛有。
美術は、畠智哉。
スタイリストは、岡本華菜子。

 

廃墟となった温泉施設。ベンチや椅子や什器などは放置され、壁には落書きがある。宴会場の舞台に首を吊った男の遺体がぶら下がる。近くに落ちていたスマートフォンから着信のメロディーが流れる。
教室の中央に机が向かい合わせに置かれ、佐藤美咲(中島瑠菜)が担任の向かいに坐る。佐藤は就職でいいのか? はい。進学できる成績だけどな。何かやりたいことでもあるのか? 特にありません。もっと学生してたいだろ? 先生が学生の頃はみんな適当だったけどな。進学したらそれなりにお金がかかりますよね? うちは母子家庭でお金がないので。奨学金だってある。奨学金って借金ですよね? 返せなくて自己破産するってニュースで見ました。学生の4年間はその後の人生に滅茶苦茶良い影響があるぞ。先生には良い影響ありましたか? かなり遊んだなあ…。
進路相談どうだった? 帰宅途中に美咲が橋本皐月(まいきち)に尋ねられる。普通。地元で就職する。進学するとは言いにくいよ。そうか。長い付き合いの美咲ともお別れだね。長い付き合いって言ったって高校からでしょ。卒業しても絶縁する訳でもないし。でも東京行ったら疎遠になるよね。東京行くの? 経済学部で学ぶの、言ってなかった? 何で経済学部なの? うちは自営業だから進学するなら経済学だって。私が学費出す訳じゃないし、言われた通りにするしかない。でもインフルエンサーとして生計たてるつもり。Vログで。Vログって? 日記を動画にしてアップするの。それは知ってるけど。再生数稼げればお金が入るの。投げ銭もあるし。美咲もやってみれば? 面白い日常なんて送ってないから…。大したことしてなくても他人から見たら面白いってこともあるんだよ。私はバイトでコツコツ稼ぐ。5時から9時まで4時間で4千円。動画だったらもっと稼げるのに。皐月の動画、そんなに見られてないじゃん。これからバズる予定なんですけど! バイト先に向かう美咲に皐月が叫ぶ。
スーパーマーケットの生活雑貨のコーナーで美咲がトイレットペーパーの品出しを行う。 
美咲がスーパーマーケットの従業員出口から出て来る。スマートフォンで自撮りする。バイト終わりました。それ以外に言葉が出て来ない。ピースサインをレンズに近づけて撮影を終える。お疲れ様です。従業員が美咲に挨拶する。お疲れ様です。美咲は自撮りを見られていたことにばつの悪さを感じてそそくさと立ち去る。
美咲が人気の無い暗い公園に差し掛かる。再び自撮りを始める。バイト先から歩いて帰ってます。家に帰ったらゴロゴロしようって思ってます。こんな感じで良いのかな…。
ただいま。お帰り。美咲が帰って来たよ。母・佐藤雅美(奥菜恵)が亡き夫の写真に語りかける。美咲は上がり口で自撮りする。はい、家に帰ってきました。これがバイト終わりのルーティーンです。何してるの? Vログ。Vログって。ヴィデオの日記。なんで急にそんなの始めたの? 美咲、お父さんに挨拶して。お父さん、ただいま。はい、お帰り。母親は写真立てを倒して夫の代わりに挨拶する。
皐月が自室でヘッドフォンをしてVログを確認する。再生数が100を超えた。喜んだ皐月が居間の両親に報告に行く。お母さん、再生数100人超えたよ! 100万人じゃなくて? 2人は構わずテレビを見ている。勉強しなさい。お兄ちゃんみたいな良い大学に行けなくなるわよ。母・橋本未映子(宮地真緒)が注意する。お父さんも見て! いいじゃないか。父親が素っ気ない言葉を放つ。いいよ、もう! 皐月は落胆して部屋に駆け戻る。
進路相談、どうだった? 先生なんか言ってた? 雅美が美咲に尋ねる。別に何も。まだ時間あるんだし、ゆっくり考えたらいいよ。進学したいって言ったらどうする? いいんじゃない? でもお金ないでしょ? そういうことは気にしてくていいの。お母さん、夜勤行ってくるからね。母親は父親の写真に声をかけてから部屋を出る。部屋に残された美咲はカウチでゴロゴロしながらバイト帰りの動画をアップする。

 

佐藤美咲(中島瑠菜)は高校3年生。生まれる前に事故で亡くなった父親の記憶がない。。母・佐藤雅美(奥菜恵)は頻繁に夫の写真に語りかけ、美咲にも同じことを求める。ダブルワークで家計を支える母親を目の当たりにしている美咲は進学希望を口に出来ず、担任には就職すると伝える。親友の橋本皐月(まいきち)からはスーパーマーケットのアルバイトではなくVログで学費を稼げばいいと勧められた。皐月は優秀な兄にしか関心を持たない母・橋本未映子(宮地真緒)や父をインフルエンサーになることで見返したい。好奇心に駆られた美咲はバイト帰りの自分を撮影してアップしてみた。美咲の動画には人気の無い夜の公園でぼんやりとした人影が恰も霊のように映り込んでいたため予想外に再生回数が伸びる。気を良くした美咲は皐月と心霊動画で再生数を稼ぐことを思い付く。皐月は近隣の心霊スポットとして知られる温泉施設の廃墟に美咲を連れていく。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

バズる動画の制作のため地元の心霊スポットとして知る人ぞ知る廃墟に向かった高校3年生の美咲と皐月とがそれぞれ「神」と「死霊」に憑かれてしまうという筋。コメディタッチで鑑賞者を選ばない。限られた出演者と撮影地で主題をうまく訴える佳作である。
美咲には母子家庭の貧困が見えている。アルバイトに力を入れるのはダブルワークの母親を少しでも楽にしたいという思いからであり、進学したい気持ちも抑え込んでいる。社会経験や大人らしい分別ができる歳になったことから美咲は自分自身や自らの境遇を客観視できていると思う。他方、美咲は、母親がいつまでも亡くなった父親に囚われていることに不満を抱えていたが、その思いは吐き出せずにいた。
皐月には優秀な大学生の兄がいる。母親からは兄と比較され、父親からは関心を持たれていないと皐月は鬱屈している。自分に眼を向けさせたいという思いが、バズる動画でインフルエンサーになる夢に向かわせる。何気ない日常を面白がってくれる人もいるんだと美咲にVログを勧める皐月の言葉は、自らを慰めるものでもある。だからこそ、偶然、霊らしき姿が映った美咲の動画が再生数を稼ぐと、何気ない日常なんて見てもらえないとあっさり言葉を覆し心霊現象を演出することを提案する。
霊は他者ではない。自分の抱える慚愧の念なのだ。美咲の場合、温泉施設の宴会場に落ちていたネクタイから、自らの兄に対する劣等感を介して、自死した追い込まれたサラリーマンの死霊が思い浮かぶ。美咲の場合、自立心の旺盛さは父親の不在の裏返しであり、道端にあった風変わりな石を地蔵として守護霊的存在を生み出すことになる。写真ではともかく対面したことのない父親がモデルのため、仮面を被った顔を知らない存在となるのである。廃墟(霧のかかるその周辺の道も含め)とは想像を増幅させる装置であり、故に心霊スポットとなるのである。
だから霊能者とは、霊の憑いた人の抱える問題を吐き出させ、問題を見えるようにすること(例えば、人形)で、霊を払うのである。意外と(?)優れた霊能者である浅野斗真(和田雅成)はかつて自主制作映画を撮っていたのも頷ける。映像制作者とは社会において不可視ないし等閑視されている事柄を可視化する存在であるからだ。除霊(とる)とは即ち撮影(とる)である。