映画『おくびょう鳥が歌うほうへ』を鑑賞しての備忘録
2024年、イギリス・ドイツ合作。
118分。
監督は、ノラ・フィングシャイト[Nora Fingscheidt]。
原作は、エイミー・リプトロット[Amy Liptrot]の回顧録"The Outrun"。
脚本は、ノラ・フィングシャイト[Nora Fingscheidt]、エイミー・リプトロット[Amy Liptrot]、デイジー・ルイス[Daisy Lewis]。
撮影は、ユヌス・ロイ・イメール[Yunus Roy Imer]。
美術は、アンディ・ドラモンド[Andy Drummond]。
衣装は、グレイス・スネル[Grace Snell]。
編集は、シュテファン・ベヒンガー[Stephan Bechinger]。
音楽は、ジョン・ギュルトラー[John Gürtler] ヤン・ミゼレ[Jan Miserre]。
原題は、"The Outrun"。
スコットランド、オークニー諸島メインランド島。海岸で漂着した海藻の上を歩く幼いロナ(Freya Evans)。拾った海藻を海に投げ入れる。
オークニー諸島では、海に呑まれた人はアザラシになると言われ、セルキーと呼ばれる。満潮時、セルキーはアザラシの皮を脱ぎ捨て美しい人の姿として海岸に現われる。月明かりの下、裸で踊り、夜が明けると海に帰る。人間に見られてしまうとアザラシに戻れず、陸地で不満を託つことになる。セルキーは海の存在だからだ。
ロナ(Saoirse Ronan)がクラブで緑色の光を浴びて揺蕩うように踊る。傍らにはデイニン(Paapa Essiedu)がいる。
ロナがバーに入る。みんないないの? みんな帰った。後片付けをしながらジェームズ(Seamus Dillane)が応じる。私だけか。ロナがカウンター上のグラスに残った酒を次々と呷る。何してる? そこまでだ、帰れ。ロナは酒瓶を手に取り飲む。椅子を相手に踊ろうとしたり、椅子の上から飛び降りたりする。出口は向こうだ。出て行くんだ。隠れるんじゃない。デーヴ(David Garrick)がロナをテーブルの下から引っ張り出す。出口に連れて行こうとするデーヴをロナが叩き、激しく暴れる。それでも遂にロナは店外に放り出される。ふらふら歩くロナに車の男が声をかける。乗ってくか? 良けりゃ送ってやるよ。
右目の周囲が腫れ上がったロナ。ラサマラー医師が尋ねる。あなたのこと聞いてもいいかしら? ロナが頷く。歳は? 29。職業は? 今は無職だけど生物学の修士号があります。ご家族に病歴は? 心臓発作や脳卒中、糖尿病は? いいえ。精神疾患のある方は? ロナは押し黙る。
メインランド島の牧場。ロナが禁酒して117日目。畜舎で羊に飼料をやる。夜、牧草地の羊の見回りをする。仔羊を連れた羊を確認した。
朝、飼い犬のメグに水をやる。機械の修理をしている父アンドリュー(Stephen Dillane)に珈琲を出す。父親の仔羊のタグ付けを手伝う。
実家の居間。母親アニー(Aniya Sekkanu)がロナに尋ねる。父さんの様子は? 大丈夫。またフェイスブックに愚痴を書いてるとか。してないよ。壁に塗る色は決めた? ダックエッグがいいと思うんだけど。いいんじゃない。居間に合うと思うの。パンツの色と同じだね。鳥類保護協会が夏のスタッフを募集してるの。ロンドンに戻らないと。あなたのこと祈ってるわ。そんなことしないで。祈るわよ。
階上の自室にいるロナに母親がお茶の用意ができたと声をかける。ちょとしたら降りる! ロナはデイニンとの日々を思い返していた。
退屈しちゃった。あなたは退屈じゃないの? ビールを飲みながらロナが本を読むデイニンに尋ねる。考えはお見通しだ。飲み足りないだもん。君だってキノコか何かの本なんて手に負えないだろ。菌類。読まずに理解するなんて不公平だ。あなたは長時間読み過ぎなの。文字通りずっと同じ頁を眺めてる。そんなの放っておいて飲みに行こうよ。ロンドンで育つってどんな感じ? 常に低音が響いている。田舎に行って初めて分かった。すごく静かだったから。
ロナ(Saoirse Ronan)は29歳。生物学で修士号を得てロンドンで菌類の研究をしている。ロナが度々飲酒で問題を起こすため交際相手のデイニン(Paapa Essiedu)は耐えきれず遂にロナの元を去る。ロナは失恋の痛手からさらに酒に溺れ、ある晩通りすがりの車の男に誘われ襲われた。ロナは一念発起して90日間の滞在型禁酒プログラムを乗り切り、オークニー諸島メインランド島の実家に一時滞在する。母アニー(Aniya Sekkanu)は双極性障害の父アンドリュー(Stephen Dillane)を家から追い出し、キリスト教の信仰に則った生活を送っていた。ロナはトレーラーハウスに住みながら牧羊を続ける父アンドリューを手伝う。コーラと煙草とで断酒を軌道に乗せたロナはロンドンに戻ろうとするが、乗り込んだフェリーのバーを通りがかった途端、激しい飲酒欲求に襲われ、やむなく実家にとんぼ返りする。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
アルコール依存症に苦しむロナの再生をオークニー諸島の自然と伝承とに重ねて描く作品。アザラシの游泳からロナの揺蕩い踊るシーン、紅茶から飲酒などの連想により回想シーンが挟まれるが、ロナの髪色により時間関係が把握出来る結構になっている。
海に溺れた者がアザラシになるというセルキーの伝承と、うまく生きることができず酒に溺れてしまったロナとが重ね合わされる。ロナがアルコール依存に陥る背景には、父アンドリューの双極性障害がある。アンドリューが激昂し暴れる姿が幼いロナの眼に焼き付けられている。酩酊して荒れるロナには父が重なる。そして、怒りを発散する父の姿はオークニー諸島を襲う冬の嵐に、ロナの姿はパパイ島に立つ小屋に擬えられる。
ロナはヘッドフォンで音楽を聴く。外界を遮断して自らの裡に閉じ籠もる。だがその音楽はロナのうまくやり過ごせない都会ロンドンの喧噪を象徴する。母親が紹介してくれた王立鳥類保護協会のウズラクイナ生息数調査の仕事はロナをロンドンの日常(の延長)から解放する。ヘッドフォンを外し、メインランド島やパパイ島の環境音に耳を傾けることで、ロナは精神的な安定を掴んでいく。邦題の意図するところである。やがてロナは自分の足元にある物――故郷、海、海藻(伝承、環境、他者)――に気付くだろう。