可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 樋口絢女個展『Memento Mori』

展覧会『樋口絢女展「Memento Mori」』を鑑賞しての備忘録
REIJINSHA GALLERYにて、2026年1月9日~23日。

生き物をモティーフに、デジタルイメージの画像の乱れのような演出を加えた絵画で構成される、樋口絢女の個展。

キーヴィジュアルの《次》(530mm×410mm)には、垂直に降下した青鷺が白蛇を嘴に咥える。開かれた左の翼と尾羽、そして嘴が落下の速度を伝える。青鷺の右羽の一部にデジタル画像が乱れたようなモザイクが配されるのも、データの処理が追いつかないスピードを表現するようだ。鉤爪は白蛇を掴んではいないが青鷺の捕食者としての性格を強調する。白蛇はS字に表わされ、画面下部から持ち上げられた鎌首で捕食者への抵抗を示す。白蛇の尾は中空にかき消えるようで、その命運が尽きることが暗示される。古代には鳥は死者の霊魂を運ぶとされ、近時でもアニメーション映画『君たちはどう生きるか』(2023)において「青サギ」が冥界への案内人として登場した。翼と蛇との組み合わせはヘルメスの杖、延いては錬金術を連想させる。
《鯉は軈て龍になる》(1620mm×520mm)は登龍門を画題とする作品。縦に長い画面の左上から水が落ちる中、2匹の鯉が跳ね上がる姿が表される。落水に抗して昇る鯉を捻りにより表わす。瓢箪から駒の《神馬図―黒馬―》(333mm×455mm)、蓮の花に潜む蛙を描く《小さなおうち》(242mm×410mm)など、初春に行われる展覧会ということで縁起物も散見される。《鯉は軈て龍になる》と対となる《一縷の望み》(1620mm×520mm)も吉祥図と思しき、枝に登る鶏である。長い尾が垂直に下がるとともにその周囲を螺旋状にも垂れる。左に首を曲げ、左肢を持ち上げる鶏の動きが鶏冠などの周囲の毛とともに渦巻く線により強調される。
鯉の滝登りや鶏のように典型的なモティーフではない、蜘蛛の巣に懸かった蝶と糸で垂れ下がる蜘蛛とを《嗚呼》(454mm×158mm)も縦長の画面を活かす。蜘蛛のぶら下がる中空が金箔の地を活かしてよく表わされている。縦の劇的な構図は武者絵なども参考にしているかもしれない。蝶の姿は一部モザイクで処理され、命の儚さを表現する。
《華籠》(410mm×606mm)は肋骨の彎曲した骨が地から突き出した中に5,6個のザクロの実が転がる場面を表わした作品。ザクロの実は割れ、種衣が覗き、溢れて散らばる。ザクロの実の描写は一部デジタル画像が乱れたようにモザイク状になっている。種衣の粒状とモザイクとのアナロジーが利用されている。ザクロには人肉の味がするとして、鬼子母神が人の子を食べるのを止めさせためにザクロを食すよう釈迦が勧めたからとの俗信がある。おそらくはその迷信を踏まえて、食い殺され白骨となった遺体にザクロを添えたのではなかろうか。
《Jane Doe》(318mm×410mm)は右側に花弁を散らし落ちている赤い花、左上から茎が下がり白い花が咲く。紅白、上下との対照を活かした作品。花や花弁にモザイクの表現が用いられる。個々の花が名付けられることはない。眼前の名も無き存在に着目すること。その特殊を普遍へと転じることが芸術の意義の1つにある。
《命の上に成り立つ者 Ⅱ》(410mm×410mm)は桑の葉を貪るカイコを描いた作品。数枚の葉には虫喰いの穴が開く。デジタル画像のバグによるモザイクの表現が葉やカイコに見られる。モザイクと虫喰い穴との連関である。《命の上に成り立つ者 Ⅰ》(410mm×410mm)はカイコの繭が4つ転がる中、その1つにカイコ蛾が落下するように引き付けられる様を表わす。繭から飛び立ったカイコ蛾が繭の穴に吸い寄せられる。時間の逆転。それを可能にするワームホール。虫と穴との連想から非線形の複数の時間を表現してみせる。