可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『グッドワン』

映画『グッドワン』を鑑賞しての備忘録
2024年、アメリカ製作。
89分。
監督・脚本は、インディア・ドナルドソン[India Donaldson]。
撮影は、ウィルソン・キャメロン[Wilson Cameron]。
美術は、ベッカ・ブルックス・モーリン[Becca Brooks Morrin]。
衣装は、ネル・サイモン[Nell Simon]。
編集は、グラハム・メイソン[Graham Mason]。
音楽は、セリア・ホランダー[Celia Hollander]。
原題は、"Good One"。

 

キャッツキル山地にある渓流。岸辺の積み石に蝶が留まる。オレンジ色のトカゲが濡れた岩場に姿を見せる。イモムシが這う。崖上からの木々に覆われた山並の眺め。樹林にしとしとと降る雨。
サム(Lily Collias)が部屋で荷造りする。それは何? ベッドに横たわるジェシー(Sumaya Bouhbal)が尋ねる。水を濾過する道具。それは? 大きいのをするときに土を掘る道具。まさか。そうだよ。最悪。気にかけてくれてありがとう。
頭に着けるライトだよ。クリス(James Le Gros)が妻キャシー(Diana Irvine)に言う。尋ねる。これもライトでしょ。小さいやつだ。いくつ必要なわけ? これ洗った? 言われた通りに。山に行くのは大変なんだ。必要なら川で払って。
ジェシー、タンポン取って。トイレからジェシーに頼む。
ベッドでスマートフォンを眺めるジェシーとサム。
潰れないの? キャシーがボトルに食べ物を詰め込むクリスに尋ねる。乾燥ピーナッツバターがクッションになるから。
早朝、目覚ましが鳴る。サムが起きる。部屋を出る。
家を出るサム。クリスが急かす。楽しいぞ。トランクに荷物を載せる。2人が車に乗り込む。クリスの運転でニューヨーク市の住宅街を走る。サムは助手席で眠る。
クリスが車を停める。移動できる? 何で私が? 父さんのお願いだ。苦笑するサム。やむを得ずサムは後部座席へ。マット(Danny McCarthy)がディラン(Julian Grady)と口論しながら玄関から出て来た。行くっていっただろ! 俺無しで行けよ! 階段からリュックサックが転がり落ちる。勝手にしろ、クソガキ! クリスが荷物をトランクに載せる。馬鹿息子の顔なんて見たくない。マットが助手席に乗り込む。いいのか? 車を出せ。ディランは来ないの? 来ない。私が話そうか? いいよ。ステファニーが喜ぶさ。
雨の中、車が走る。車が大きく揺れる。運転代わるか? マットがクリスに聞く。気を付けろよ。ちゃんと見えてるさ。あの足場は14年放置されてる。高いのにな。開けていいか? マットがサムに尋ねる。閉めて。風が顔に当たる。故障かな。マットが助手席のパワーウィンドウを上げ下げする。マット! 配線の問題かな。止めて!
車は北へ向かって走る。サムは後部座席で寝ている。
レストラン。サムがクリスに尋ねる。1日にどれくらい歩くの? 8マイルかそこらかな。これまでそんなに歩いたことあったっけ? 地形次第だな。ミラーレイク・トレイルを覚えてるか? 店の外ではマットが電話で話している。じゃあ連れて来いよ! 地下鉄に乗れと言え! 構わない。電話を切る。
給油する。
店であれこれ買い込もうとするマットにクリスが辟易する。マット、戻せ。セール品なんだ。パラソルは車に置いておくからさ。それを全部食うのか? ああ。CMの仕事が入ったんだ。ガムはいるか? いらない。時にはご褒美も必要だ。君のパパは人生の細やかな喜びを受け付けないんだ。俺の喜びは栄養のない食べ物なんて持ち歩かないことだ。レジの店員がサムをご愁傷様という顔付きで見る。
後部座席で丸くなるサム。車窓には次第に豊かな自然景観が増えていく。

 

ニューヨーク市南東の住宅街。大学進学を控えるサム(Lily Collias)が父親クリス(James Le Gros)とともにキャッツキル山地でのトレッキングのために荷造りするのを交際相手のジェシー(Sumaya Bouhbal)が眺める。クリスも幼い子の世話をする歳の離れた妻キャシー(Diana Irvine)に洗濯物の文句を言いながら準備をしていた。翌朝、クリスとサムは車で家を出る。友人マット(Danny McCarthy)を迎えに家に立ち寄ると、マットの息子ディラン(Julian Grady)は離婚した父親に反発してハイキングの同行を取り止めた。サムはディランに翻意を促したかったが、憤慨するマットはディランを置いて行くと車を出させた。話し相手がおらず、クリスに仕事のメールの返信を頼まれたり、マットに揶揄われたりするのが鬱陶しいサムは後部座席で寝てやり過ごす。前泊のホテルはツインルームで、クリスとマットは当然のようにベッドを占領し、サムは寝袋で寝る羽目になる。翌朝、ホテルから車で登山口まで移動する。いざトレッキングを開始しようとして、クリスはマットの荷物の多さに呆れる。バテてしまうからと車に遺す物を選り分けて、ようやく3人はトレッキングを開始した。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

キャッツキル山地の美しく雄大な自然の力をもってしても決して浄化されることのない中年男性の害毒を浴びる少女の物語と捉えることが可能であろう。冒頭でサムが水の浄化装置と糞便の処理道具を用意しているのはそのメタファーである。
サムはクリスとマットから浴びせられるハラスメントを薄笑い、微かな苦笑いでやり過ごそうとする。何故そこまで耐えられるのか。その背景には継母との関係など家庭の問題が考えられる。頻繁に登場する、サムの経血を吸収するタンポンは、サムが苦しみに耐える姿を暗示する。
クリスとマットとはタロットの「愚者」であり、そのカードを提示されたサムが新たな旅立ちを迎えること――直接的には大学入学、延いては自立――を示唆しているとも言える。
売れない俳優マットは自らの浮気が原因となって離婚。息子ディランの反感を買い、一緒にクリスとのトレッキングに参加することが叶わない。キャッツキル山地への道中、マットはパラーウィンドウを上げ下げしてサムを揶揄い、給油所の店ではセール品を買い込もうとし、前泊の宿の部屋ではベッドを占領し、レストランではサムがレズビアンであることを仄めかす。トレッキングに荷物を過剰に持ち込もうとし、自分の水筒の水を飲みきってサムの分まで飲み、テントは自分一人で張ることができず、寝袋を忘れる。怖い話をすると言って、自分が離婚に到った経緯を自らが犠牲者のように語る。本当に怖いのは、その挙動に悪気が一切無いために悔悛の余地がないことだ。遂にはある発言をしてサムを震え上がらせる。確かにサムにとっては怪談以外の何物でもない。
クリスは娘のサムに関心を持っていない。トレッキングの最中、大学が楽しみか尋ねると、初めて質問されたとサムに言われる。クリスとしてはサムに関心を持っているつもりなのだろうが。実際、妻に幼子を任せてトレッキングを楽しみたいがために、大学入学前のサムとの思い出作りだと言い訳したのかもしれない。行きの道中ではサムに助手席を明け渡すよう求め、運転したがるサムに運転させず、前泊の宿の部屋でサムにベッドを用意しない。男性3人組と同じ場所でテントを建てることに躊躇するサムに配慮しない。何より、サムからあることを訴えられた際、楽しい旅にしたいだろと言い放ち、サムの気持ちより自らの楽しみを優先するのだ。恰も「楽しくなければ」と女性を性的に搾取してきたテレビ局のような、被害者を黙らせ、泣き寝入りさせ、加害者だけが楽しむ、醜悪なハラスメントの構造である。
クリスやマットを他山の石としたい。
サムがクリスやマットによって与えられ続ける苦しみ、わき上がる怒りを美しい自然の中で飽くまでも穏やかに描き出す。低温火傷しそうな作品である。India Donaldsonの狙いを、この作品自体を主演のLily Colliasが象徴してみせる。