映画『モディリアーニ!』を鑑賞しての備忘録
2024年、イギリス・ハンガリー合作。
108分。
監督は、ジョニー・デップ[Johnny Depp]。
原作は、デニス・マッキンタイア[Dennis McIntyre]の戯曲『モディリアーニ[Modigliani]』。
脚本は、ジャージー・クロモロウスキ[Jerzy Kromolowski]とメアリー・オルソン=クロモロウスキ[Mary Kromolowski]。
撮影は、ダリウス・ウォルスキー[Dariusz Wolski]とニコラ・ペコリーニ[Nicola Pecorini]。
美術は、デビッド・ウォーレン[David Warren]。
衣装は、ペニー・ローズ[Penny Rose]。
編集は、マーク・デイビース[Mark Davies]。
音楽は、サッシャ・パットナム[Sacha Puttnam]。
原題は、"Modì - Tre giorni sulle ali della follia"。
セーヌ川の水底にアフリカの仮面の影響を受けたと思しき半ば抽象化された人物頭像が様々な廃品とともに沈んでいる。
1916年。パリ。ル・ドーム。アメデオ・モディリアーニ(Riccardo Scamarcio)が目の前に坐る若い女性(Floriane Andersen)の姿をスケッチしている。その様子に興味を持った別席の高齢の貴婦人(Kimberley Kim)がウェイター(Hugo Nicolau)に尋ねる。あの若い芸術家をご存じ? 残念ながら。有名な方ではないのかしら? モディリアーニが、まさか! セーヌ左岸のネズミ、しかもユダヤ人ですよ。本物のボヘミアンね。魅力的。ベルギーの方ですね。なぜ分かるの? パリでは芸術家は鳩と変わりません。群れをなしてやって来てはガラクタを売りつけ、酔っ払っては自分をピカソと思い込む。彼の名前は何でしたっけ? 覚えておくに値しません。モディリアーニがスケッチを終えてモデルと連れの男性に差し出す。どう思います? 忌憚の無いご意見を。独特ね。テーブルの下ではモディリアーニが女性と脚を絡め合っている。あなたはどうですか? 彼女の連れの紳士に尋ねる。さあね、死んだ魚の目のようだ。そこが愛らしい。モディリアーニが彼女に告げる。彼女が財布を取り出すのでモディリニアーニが断る。お連れの方にお代は頂きました。本当に気に入ったのよ。ご厚意に感謝します。モディリアーニが席を立つ。おい、ユダ公! 来たまえ。軍服姿の高齢男性(Philippe Smolikowski)がモディリアーニを呼びつける。妻が肖像画を求めている。5フランやろう。お申し出はありがたいのですが、お断り致します。愛する奥方を描くことは大変困難な闘いで勝てる見込みはありません。というのも憐れな眼から発せられる痛苦を描き切ることなどとてもできないからです。痛苦とは何だね? モディリアーニにうっとりする女性は確かに苦しんでいると訴える。このように美しい女性がどうして伴侶としているのか、言葉では言い表せない信じられないほどの卑劣漢を。よくもそんな口を訊けたな! 軍人に追われモディリアーニが逃げ出す。捕まったモディリアーニは近くにあったバゲットで殴り抵抗する。奥方が苦しんでいるのはお前の役に立たないソーセージだ。テーブルの上に立ち上がったモディリアーニはバゲットを股間の前に屹立するペニスのように構え、これが奥方の求めているものだと軍人を揶揄う。大喜びの貴婦人。会員専用だとウェイターがナイフを手にモディリアーニに襲いかかる。このごろつきが! 逃げ回るモディリアーニが訴える。ごろつきではない。アメデオ・モディリアーニ、イタリア出身の芸術家、ユダヤ人、フランス語を話す! ステンドグラスに突っ込んでしまったモディリアーニはガラス片で左手を怪我する。ボトルの入ったワインクーラーをひっつかむと左手を冷やしながら逃走する。ナイフを持ったウェイター、さらに警察官の追跡を免れるため、モディリアーニは地下道へ駆け込む。モディリアーニはひどく咳き込み、喀血する。
夜、空襲警報と爆撃音がする中、モディリアーニは恋人の家を訪れる。レコードの音が漏れる。ベアトリス、開けてくれ! いるんだろ? 君の香りがする。面倒なことになった。警察に追われてるんだ。男がいるんだろ? 馬鹿ね、いても教えないわ。ベアトリス・ヘイスティングス(Antonia Desplat)が窓辺に現われた。深刻な事態なんだ。いつもの喧嘩でしょ。付き合ってる時間も余力も無いの。朝までに原稿を書かなきゃいけないのに一行も書いてないんだから。このままじゃ刑務所送りだ、匿ってくれよ。大袈裟なこと言わないで。俺の手を見ろよ! なんなの、大怪我してるじゃない! だから言ってるだろ! 何があったの? ル・ドームの窓を割ったんだ。ぶっ壊しちまった。あなた、冴えてるわね。俺が? 破壊された世の中で芸術家に創造なんてできるの? 環境あっての創作だもの。あなたの主張は破壊は創造ってことでしょ。滅びへの恐れが偶像破壊として表されるんだわ。主張なんかじてない、事故だ。分かってないだけよ。助かったわ。待てよ、俺の言ったことを聞いてたか? 死にかけてるんだ。開けてくれ! 甘えん坊のお子ちゃまね。欲しいものを欲しい時に強請る。でも実際には私を必要としていないのよ。お酒と治療ね。折角の着想を忘れる前に書き留めないと。そうそう、ジボが探してたわ。ジボが何故? コレクターのことで話したいって? 誰のこと? さあ、興味ないもの。また明日! 愛してるわ! ベアトリスが引っ込む。モディリニアーニはワインボトルを置いて立ち去る。俺だって愛してるさ。
ロザリー(Luisa Ranieri)の酒場を訪れると、モーリス・ユトリロ(Bruno Gouery)が演説をぶっている。テーブルではシャイム・スーティン(Ryan McParland)が1人ゴキブリを捕まえて眺めている。奴は何をしてるんだ? ユトリロは戦争へ行くんだ。
1916年。パリ。アメデオ・モディリアーニ(Riccardo Scamarcio)は恋人のジャーナリストの恋人ベアトリス・ヘイスティングス(Antonia Desplat)をモデルに制作を続けるが芽が出ない。音楽家(Bence Béres)やその娘(Anabelle Daisy Grundberg)と路上で絵を売り歩き日銭を稼ぐが、モーリス・ユトリロ(Bruno Gouery)やシャイム・スーティン(Ryan McParland)と飲み歩く酒代にもならない。将来への不安と肺結核の進行から死の不安に度々襲われる。ル・ドームで若い女性(Floriane Andersen)の肖像画を描いたモディリアーニは将軍(Philippe Smolikowski)から妻(Kimberley Kim)の肖像を描くよう命じられるが、芸術家やユダヤ人を見下す将軍をインポテンツと愚弄して騒ぎを起こし、店のステンドグラスを割り、手に怪我を負う。作品を預けている画商のレオポルド・ズボロフスキー(Stephen Graham)に前借りして故郷リヴォルノに逃げようとすると、コレクターのモーリス・ギャネ(Al Pacino)が作品に興味を示しているから明後日まで待て言う。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
アメデオ・モディリアーニが恋人ベアトリス・ヘイスティングスや画商レオポルド・ズボロフスキーと訣別する3日間(イタリア語の副題にはTre giorniと明記)を描く。
モディリアーニは芸術家として芽が出ない中、肺結核が悪化する。第一次世界大戦下のパリには傷痍軍人の姿や戦死した兵士の亡骸が見られることも相俟って、モディリアーニには死神の幻覚や幼年期の思い出に頻繁に囚われる。ユトリロは往年のパリの姿が失われゆくことを嘆き入隊を志願し、スーティンはゴキブリ、蝿、そして何よりレンブラントの絵画に通じる解体された牛に執着する。ユトリロやスーティンにも死の気配が濃厚だ。ベアトリスが指摘する通り、世界を破壊するのが芸術家の役割なら、既に毀れてしまった世界における芸術家の役割は創造になるだろう。モディリアーニは愛するベアトリスをモデルとした彫像を投棄する。自らの作品を破壊することでしか創造は成し得ない。避け難い死から逃げるうちには芸術家としての生はないのだ。死を受け入れたモディリアーニは芸術家として誕生するだろう。
作品自体は比較的旧套の表現手法が用いられている印象である。少なくとも新しい表現に果敢に挑戦する類ではない。それは、ちょうどモディリアーニにより割られるル・ドームのステンドグラスのように、創造のための破壊を待つ素地として敢て採用されているのではなかろうか。