展覧会『荒井颯子「Further Explorations」』を鑑賞しての備忘録
FOAM CONTEMPORARYにて、2026年1月17日~2月4日。
夕陽やそれをイメージさせるオレンジが印象的な絵画で構成される、荒井颯子の個展。
《飛び込むには寒すぎる》(1940mm×2730mm)には、円形のプールに高飛び込みをする女性が描かれる。飛び込み台は見えない。オレンジ色の水着の女性が中空に浮かび、波立つ水面にも映っている。プールサイドに坐るブルドッグを抱える女性が眺めている。彼女の連れの男性は雑誌に夢中だ。プール脇を通り掛かった通話中の女性が振り返るのは、飛び込みの女性ではない。脇の駐車スペースでは車に寄り掛かった若い男性が電話で話している。奥にはホテルらしき建物が並び、その先には山が連なっている。他の作品と異なり夕映えは見られない。プールに飛び込むオレンジ色の女性こそ釣瓶落としの日のメタファーなのだろう。そして、彼女はプールという水槽へと閉じ込められる。彼女は金魚であり、愛玩のために作られた観賞魚なのだ。
《カレンダーガール》(1303mm×1620mm)には、クリーム色のタイルのマンションの1室で、窓辺に坐るオレンジ色の水着姿の女性が描かれる。女性は脚を伸ばし、右手で体を支えて何かを見上げている。レオン・バッティスタ・アルベルティ[Leon Battista Alberti]よろしく、窓は絵画である。《窓辺》(333mm×333mm)では住宅の3つの窓が青い額縁に描かれた風景画や静物画のように表現される。もとい、《カレンダーガール》では、樹の影が彼女のいる部屋を覆う。ラジカセや書籍、イルカの絵などが覗く部屋の奥の扉は開け放たれ向かいの棟が覗く。人気は無い。建物脇にはヤシの木が立ち、海が見える。そこにも誰の姿もない。水着を着ながら海岸におらず、室内女性は、家庭に閉じ込められ、ピンナップのように眼差しの対象となる女性を表す。《On the Beach》(220mm×273mm)では、横たわるヌードの女性が描かれた看板が人気のない砂浜に立つ。砂浜で寝そべる女性では無く、画中画として、看板の中に女性を配している。やはり女性は囚われているのである。
少なからず作品の中に山が登場する。《記憶の中の山》(380mm×455mm)に描かれる、曠野を囲う山である。山は常に私を見張り、閉じ込める存在である。山は父権≒男性のメタファーなのだ。だから作家は山を見詰め返すことが、山に重ねられた目(《目(2)》(180mm×140mm))によって示される。
《鉄塔》(1167mm×910mm)は、雪が舞う中、ネックレスを手に俯いて立つ女性と、アパルトマンの前後を挟んで連なる鉄塔とそれらに張られた電線とを描いた作品。夜が迫る夕闇の中佇む女性はシースルーの衣装を身に纏い、ブラジャーを身につけていないために乳首が透けている。彼女の目の前を鳩が舞い、翼により顔が隠されている。背後に立つアパルトマンの部屋は暗い窓が並ぶ。鉄塔は手前から奥へ連続し、電線は左奥へと通じている。夕空には鴉が舞う。屹立する鉄塔は男根のメタファーである。山に代わり鉄塔が女性を縛る(電線)。
《バナナ》(333mm×333mm)にはバナナを1本右手にする白とオレンジのボーダーのセーター姿の女性が描かれるが、その背後にも鉄塔と電線が覗く。バナナは言うまでもなく男性のメタファーである。バナナとともに手にする鍵、さらに書籍"Further Explorations"には、山・鉄塔(電線)が象徴する男性支配から解放されることが暗示される。ボーダーを超えるのだ。
《月の方がまだ近い》(1620mm×1303mm)はベランダで通話する女性を描いた作品。ホテルであろうか、緑青色のタイルを並べた外壁を持つS字状の建物が何棟も荒寥とした地域に連なる。そのうちの1棟のベランダに出て肘を付きスマートフォンで話し込む、眼鏡をかけた赤い服の女性の姿が画面右手前に表される。観葉植物がのたうつように枝を伸ばす。建物の外壁に合せてカーヴする部屋のガラス窓はカーテンが閉じられて室内の様子が窺えない。連なる建物の他のいずれの部屋もカーテンが明け放れて灯りが点いておらず、人の気配がない。建物同様蛇行する、曠野を抜ける自動車道は紫色の影となったなだらかな山へと抜ける。残光の地平線を覆う夕間暮れの空からは白い雪がちらつき、星と見分けが付かない。タイトルに反し月の姿は見えない。
《初雪》(1620mm×1303mm)には、オレンジ色のタイル張りの壁を持つ蛇行する坂道に、男女がやや距離を置き佇む姿が表される。スマートフォンを持つ左腕を手摺に載せた、緑のシャツの男性は、左にいる女性とは反対方向を見遣る。頰杖を突く黒い服の女性はぼんやりと前を眺め、やはり男性には視線を送らない。2人のいる坂道と接続しているであろうカーヴする坂道が二人のいる下に走る。壁の奥には海が拡がり、雲がかかる夕暮れの空からは雪が舞い落ちる。
《Room 301》(910mm×727mm)は、4階建てのオレンジ色の外壁のアパルトマンが描かれる。301号室の窓の開け放たれた窓からは白いカーテンが部屋の外に靡いている。近くに立つ木は刈り込まれた上、葉を落としているために強い風を感じさせることはない。粉雪が舞う。アパルトマンの室内も含め、人の気配が無い。
《終わりを待つ時間》(1167mm×910mm)は、クリーム色のアパルトマンの外階段で寄り掛かり立つ女性を中心とした画面。斜面に立つアパルトマンの植栽は丁寧に剪定されている。手前には土が覗く空き地はアパルトマンの建設用地だろうか。外階段の壁に女性が寄り掛かった立つ。その奥の1つ下の階のベランダに男性が出て電話で話し込む。高台にあるアパルトマンの奥には夕闇に沈みつつある街が拡がる。煙突と飛行機だけは夕陽によってオレンジ色に輝く。
電線はもとより、タイルはデジタル・データのメタファーではなかろうか。対面ではなく通信を介した間接的なコミュニケーションに囚われている。
《確かにそれはストライクだった》(1620mm×1620mm)は、ボーリング場を舞台にした作品。左手前では、眼鏡を掛けた、白とピンクのボーダーのシャツの男性が、画中には描かれていない10本のピンを見据えてオレンジ色のボーリングの球を構える。彼の傍らに連れの女性が坐るが、何が気になるのか、ボーリングのピンを模した看板の立つ窓外の景色を眺めている。草木の一切生えていない沙漠に自動車道が蛇行しながら山へ延びる。1台の車も走っていない。夕陽が落ちかかる。男性の腕時計は16時を表示する。別のレーンの1つには紫色のボールを手にした女性が見えるが、他にボーリングをしている人の姿は無い。奥左手の貸し靴のカウンターには男性がアイス珈琲のカップを手に立ち、店員とともに遠くに視線をやる。カウンターのある壁は蛇行していて一面が黄緑のタイルで覆われている。紺色の天井には照明がキラキラと輝く。
《避けられないパーティー》(1620mm×1940mm)には、"Good Dog Award 2020"とのプレートのあるケーキを前に青いカウチに坐る双子の姉妹を中心に描かれる。ケーキの載ったテーブルにはイヤフォンのコードが垂れたスマートフォンや開けられたお菓子のパッケージ、鍵などが置かれている。ピンクのリードの先にいるであろう犬、下半身だけが覗く緑のリードの犬で姉妹それぞれが佳作を受賞したらしく、2人の服には青いリボンが付いている。背後の赤いカーテンの開かれた部分からはトロフィーを手にした女性が飼い犬とともにステージに立ちスピットライトを浴びているのが見える。大賞受賞者とこれからケーキをカットしてお祝いするのだろう。彼女の周囲にはピンク色の風船が浮かび紙吹雪が舞う。暗いステージ脇の階段にはリードを手にした男性がスマートフォンに夢中になり、飼い犬はステージの女性を見上げている。また、右側の窓外にはプール脇を犬を連れた女性が歩いているのが見える。プールを囲う木立の向こうには夕空が見える。フレンチブルドックの顔を遇った短頭種部門入選の賞状《良犬大賞》(180mm×140mm)も脇に展示されている。
作風はまるで異なるが、相笠昌義に通じる、都会人の肖像である。