可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ブゴニア』

映画『ブゴニア』を鑑賞しての備忘録
2025年、アイルランド・イギリス・カナダ・韓国・アメリカ合作。
118分。
監督は、ヨルゴス・ランティモス[Yorgos Lanthimos]。
原作は、チャン・ジュヌァン[장준환]監督・脚本の映画『地球を守れ![지구를 지켜라!]』(2003)。
脚本は、ウィル・トレイシー[Will Tracy]。
撮影は、ロビー・ライアン[Robbie Ryan]。
美術は、ジェームズ・プライス[James Price]。
衣装は、ジェニファー・ジョンソン[Jennifer Johnson]。
編集は、ヨルゴス・モブロプサリディス[Yorgos Mavropsaridis]。
音楽は、イェルスキン・フェンドリックス[Jerskin Fendrix]。
原題は、"Bugonia"。

 

養蜂着を身に付けたテディ・ガッツ(Jesse Plemons)が従弟のドン(Aidan Delbis)とともに家の前の斜面にある蜂の巣箱に向かう。
全ては素晴らしいことから始まる。花。蜜蜂が来る。とても毀れやすく複雑だ。蜜蜂は花粉を集めて別の花の雌蕊に向かう。セックスに似てるけど清潔だし誰も傷つかない。
テディが巣枠を取り出す。
食料の3分の1は受粉による。蜜蜂はそれだけ重要な存在だ。なのに蜜蜂は死につつある。何で? CCDだ。パンデミックと同じさ。働き蜂が女王蜂を捨ててコロニーが崩壊していってしまう。どうして女王蜂を置いてけぼりに? 農薬か、生息地の喪失か。政府とアグリビジネスが食料供給を牛耳るのにCCDを人為的に生み出したという者もいる。違う、もっと大きな原理が働いているはずだ。だから研究したんだ。地中から星々に到るまで探し廻って遂に見付けた。ずっと存在していたんだ。俺たちを檻に閉じ込め、毒を盛り、窒息させようとしている。舵を取るのは俺たちじゃ無い。奴らだ。
テディとドンがヨガや筋力トレーニングを行い、森の中でジョギングする。
止めるのは俺たちだ。訓練には理由がある。奴らは支配しようとするだろう。だがそんなことはさせない。あの女が僕らを傷つけるの? 危険だ。だから準備が必要なんだ。体も頭もな。
ミシェル・フラー(Emma Stone)が豪邸の寝室で目を覚ます。歯や肌の手入れをして、ヨガを行う。トレーナー相手にムエタイに取り組み、ルームランナーを使って走り込む。サプリメントを飲む。
テディとドンが食事をする。奴らは俺たちのことを遠隔で追跡してる。隙あらば意識を操作しようとする。だから強くならないといけないんだ。分かった。やってみるよ。随分と情けない声だな。ごめん、テディ。俺を見ろ。謝っちゃ駄目だ。お前のせいじゃない。どうも。
テディとドンが自転車で買い物に向かう。駐車場には買い物客。奴らをどうやって見分けるの? 区別の仕方を知らないとな。印がある。あの人たちはどう? 大丈夫だ。いや、大丈夫じゃない。中身がない。救いようがない。奴らの計画は、俺らを蜂同然にすることだ。コロニーは死滅し霧散して戻る故郷はない。 
ミシェルが自ら黒のメルセデス・ベンツGクラスのハンドルを握り、製薬コングロマリットのオクソリス社本社に向かう。守衛のリッキー(J. Carmen Galindez Barrera)と挨拶し入構し、建物の入口で車を降りてトニー(Marc T. Lewis)に鍵を渡す。
テディとドンがドラッグストアで買い物をする。クリームは何のためなの? 同じだよ。緩和だよ。あるだけ買うんだ。工具店ではワイヤーやナットを、衣料品店では仮面を入手する。僕たちの行動がバレたらどうするの? バレやしない。誰も俺らのことなんて気にしていないんだ。
テディとドンが帰宅して食事を取る。心をすっきりした状態にするんだ。ゲームも煙草も自慰も禁止。研究に関係ない情報は検索しない。約束するか? 厳しい要求を突き付けることになるが、一緒にやって欲しい。お前が必要なんだ。ドンは躊躇する。分かってる。お前は本当は賢くて勇敢なんだ。だが気付いてるのは俺だけだ。賢いのは君だよ、この作戦の頭脳なんだ。何か問題があるか? 僕には無理だよ。テディがドンにハグする。大好きなんだ。僕も。お前は世界で一番の唯一の友達だ。誰よりもお前を救うためにやるんだ。誰にも絶対に傷つけさせない。いいか? いいよ。
夜、テディとドンが家の前で焚火に当たる。メドロキシプロゲステロン。化学的去勢のための黄体ホルモン剤。最大限の集中力を発揮するには衝動を除去する必要があるんだ。どういうこと? 性慾が高まれば、それだけ奴が俺たちより優位に立てる。確かなの? 間違いない。大事なことなんだ。僕はね、いつか誰かと一緒になりたいんだ。俺は分かったんだ。お前の気を散らしたり悲しくさせたりってのは全て性本能と結ばれている。性慾は神経細胞の仕業なんだ。それを制御すればいい。俺みたいに衝動を抑え込めば、お前も自分の主人になれる。誰にも邪魔されない。自由だ。自由になりたくないか? なるよ。テディはドンに会話をさせ気を紛らわせ、腰に注射する。自由ってどんな感じだ? 子供の頃、みんながまだここに居た頃みたいな感じかな。辛かったよな。必ず取り戻そう。約束する。何年もかけて失ってきたものを。誰にも馬鹿にさせやしない。
本社の廊下を社員と挨拶を交わしながらミシェルが執務室に向かう。デスクの秘書のコーリー(Vanessa Eng)におはようと声を掛け、ガラス張りの部屋に入る。

 

ジョージア州に本社を置く製薬コングロマリット「オクソリス」社。そのCEOミシェル・フラー(Emma Stone)はフォーブス誌やタイム誌の表紙を飾るなど今、世界で最も影響力のある人物の1人。自ら運転する車で帰宅した際、仮面を着けた男2人に襲われ、頭髪を剃られた上、民家の地下室に監禁される。
テディ・ガッツ(Jesse Plemons)は、多くの者が離農して出て行ったコミュニティに留まり、養蜂を続ける傍ら、オクソリスの配送センターで働く。母サンディ・ガッツ(Alicia Silverstone)はオクソリスの治験のために昏睡状態となり入院している。テディは独自研究により、蜂群崩壊症候群や地元コミュニティの崩壊は、地球支配を目論むアンドロメダ星雲の知的生命体によるものと思い込む。エイリアンとしての明らかな印を持つミシェル・フラーを捕え、月蝕の際にともに母船に乗り込み、アンドロメダ皇帝に見えて地球からの撤退を交渉することを企てる。誘惑に負けないよう化学的去勢を行い、自閉症の従弟ドン(Aidan Delbis)とともにミシェルを拉致する。髪の毛を剃り落としたのは通信を遮断するためだった。
ミシェルはテディの荒唐無稽な発言に当惑するが、危難を避けるために話を合わせ、テディから求められたアンドロメダ星人に対する声明をICレコーダーに録音する。ところがテディはアンドロメダ語じゃないじゃないかと激昂する。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

ミシェルの現代的で豊かな生活と、テディの昔ながらの農家の暮らしとが対比される。ミシェルの運転する自動車とテディの跨がる自転車も対照を際立たせる。だが、両者には矛盾した言動という共通点もある。ミシェルは定時に帰宅することと必要な仕事をこなすこととを同時に求めるため、社員は困惑する。テディは誰にも傷つけさせないと言いながら化学的去勢を自閉症のドンに強要する。
テディによるアンドロメダ皇帝による人類支配に抵抗するという物語はあまりに荒唐無稽である。テディを陰謀論者にしたのは、やはり陰謀論者の母親サンディ、テディ、かつてベビーシッターとして何か問題を起こした現・郡保安官代理ケイシー・ボイド(Stavros Halkias)、そしてウェブ上にアップされている動画である。自閉症の従弟ドン以外に彼を支える存在はなく、テディは自らの思想を絶対的なものとすることでやり過ごすしかない。テディを徹底して狂人として造型することが本作の肝である。
人間は、CCDによる働き蜂同様、孤立し故郷を喪失し、中身がなく救いようがない存在と堕した。狂人テディこそ穿った見方をしている。
人類の死滅は「沈黙の春[Silent Spring]」とは真逆の効果をもたらすだろう。諷刺の利いたメッセージを突き付ける作品である。