映画『私のすべて』を鑑賞しての備忘録
2024年、フランス製作。
95分。
監督・脚本は、アンヌ=ソフィー・バイイ[Anne-Sophie Bailly]。
撮影は、ナデル・シャルーブ[Nader Chalhoub]。
美術は、クレマンス・ネイ[Clémence Ney]。
衣装は、フロリアンヌ・ゴーダン[Floriane Gaudin]。
編集は、カンタン・ソンブステイ[Quentin Sombsthay]とフランソワ・キケーレ[François Quiqueré]。
音楽は、ジャン・テブナン[Jean Thevenin]。
原題は、"Mon inséparable"。
モナ(Laure Calamy)が知的障害のある息子ジョエル(Charles Peccia-Galletto)とプールに来ている。ジョエル! 人がいるでしょ! 近くの老女(Véronique Vanonckelen)に構わずクロールで泳ぐ息子をモナが注意する。すみません。モナが息子の代わりに老女に謝る。よぼよぼだ。ジョエルがモナの元に来て悪態を吐く。おそくてじゃまなんだ。寒くないの? さむくない。上がる? れんしゅう中だから。クリスタルしょとうに行かないと。南極に行くのは2種類の人だけよ。科学者じゃ無いでしょ。ちがうけど。ナチュラリストでもないでしょ。知らないよ。それなのに南極に行く訳? わかってるだろ。どうやって行くの? じぶんひとりで。寂しくないの? すこし。何て? すこしだけ。薄情な息子ね! モナとジョエルが水を掛け合いはしゃぐ。
勤務先のエステサロンのあるビルのエスカレーターを上がりながらモナが通話する。…今夜は本当に無理なの? 夕方5時の約束よ。息子は一人じゃいられない。私は仕事に行かなきゃ。はっきり言って無理よ。今夜じゃないと意味ないの。…ええ。分かった。それはいいからできれば…、ちょっと待って。エステサロンの前で話していると、顧客と思しい若い女性(Romane Parc)がやって来た。ご予約の方? 私が担当です。どうぞ中へ。女性を案内すると通話に戻る。すいません。…ええ、決まりですね。じゃあ今晩で。ありがとう。電話を終えたモナがサロンに入り、受付の前にいる女性に声を掛ける。綺麗な人ね。こちらへどうぞ。彼女を連れ立って処置室へ向かう。
ベッドに俯せになった女性に施術を開始するするモナ。美しい肌ね。ありがとう。学生さん? 美術史を学びたいけど教師では終わりたくないわ。先生になるのは気が進まないの? 悪くはないけど、学芸員になりたいの。学芸員って何なの? 展覧会を企画したり…。なるほどね。ここは肌がたるみやすいの。くすぐったいわ。それじゃ、膝を立てて、脚を開いてもらえます?
ジョエルが福祉作業所へ。着替えてないのか? 擦れ違った清掃作業の同僚に尋ねられる。すぐ行く。ジョエルは室内でスタッフと作業しているオセアン(Julie Froger)を見付け微笑みかける。オセアンもじっと見詰め返す。ジョエルが管理人室に向かい通路を進むと、後からオセアンが付いてくる。2人は無人の暗い部屋で抱き合い、キスを交わす。ここがだめならどこで? みつかったらどうする? だれも気にしやしないさ。お互い服の下に手を入れる。部屋の外から声が迫ってくる。2人は部屋を出る。オセアンは作業に戻り、ジョエルは更衣室へ。ユニフォームに着替えたジョエルは慌ててヴァンに乗り込む。
病室。寝台に横たわるモナの母親(Elizabeth Dutreilh)の褥瘡予防などの処置を行う看護師(Malika Zerrouki)をモナが坐って見ている。幼い頃、百日咳で寝込んだとき、傍にに居てくれたわ。立場が逆転したわけね。涙ぐむモナ。実のところ、母とは上手くいってなかったの。気にしないで。母親とうまくやれる人なんている? 私は知らないわ。看護師がモナを慰める。あなたの気が静まるのを待つわ。また後でね。看護師が立ち去る。モナが母の手を握る。
モナが帰宅すると、シッターのセヴリーヌ(Aïssatou Diallo Sagna)を相手にジョエルがゲームに興じていた。疲れてソファで休んでいたモナにセヴリーヌがタルトを作ったと運んできた。あの子はいつでもトッピングをかけ過ぎるのよ。一口頬張る。ガリッと音がする。歯が欠けちゃうわ。ブリッジ高いのに。おいしい? ジョエルが母親に抱きつく。まってて。ジョエルは紫陽花を持って来た。ママが悲しそうに見えるから。どこから持って来たの? アパルトマンの花壇でしょ。はなしがあるんだ。どうぞ。いや、なんでもない。ねがあるからうえなおせばかれないよ。ありがとう。
エステシシャンのモナ(Laure Calamy)は若くしてクリストフ(Jean De Pange)との間に知的障害のあるジョエル(Charles Peccia-Galletto)を儲け、女手1つで育ててきた。ジョエルには父親は南極にいると言い聞かせたため、30を超えた今でもジョエルは南極に行きたがる。ジョエルは福祉事務所を介して清掃の仕事に就いているが、1人にするのは不安なため、モナは仕事で家を空ける際にはシッターのセヴリーヌ(Aïssatou Diallo Sagna)に息子の面倒を見てもらっている。疎遠だった母親(Elizabeth Dutreilh)が寝たきりになって入院したのをきっかけに、モナは息子の世話に明け暮れた人生について思い返す。その矢先、ジョエルが福祉作業所で知り合ったオセアン(Julie Froger)を妊娠させるたことが分かった。モナとオセアンの母親ナタリー(Rébecca Finet)及び父親ガブリエル(Pasquale D'Inca)が福祉作業所に呼び出され、所長(Benoît Deshayes)やスタッフ(Juliette Savary、Véronique Lefort Wagner、William Bonnet)と話し合う。動揺するガブリエルは、ジョエルが知的障害につけ込んで娘をレイプしたと激昂する。
(以下では、全篇に言及する。)
モナは知的障害のあるジョエルに文字通り献身する人生を送ってきた。3ジョエルは既に30を超えているが自分がいなければ生きていけない、ジョエルと自分とは不可分(inséparable)一体だと信じている。だがジョエルには独り立ちする意志がある。オセアンに対する愛、オセアンの妊娠は、自らも家庭を持つことができるという意思表明である。
モナはジョエルがオセアンを妊娠させたことに衝撃を受ける。自らは性的欲求を封印していたにも拘わらず、息子がセックスのパートナーを見付けていたからだ。モナはバーに飲みに出て、ベルギー、シャルルロワのフランク(Geert Van Rampelberg)と意気投合し、関係を持つ。
モナはジョエルに「南極」に行くと行ってベルギーに向かう。「南極」とは父親の所在地のことである。だがジョエルは「南極」がベルギーにあることを知らない。北へ向かうのは逆ではないかと怒るのである。そして、ジョエルはモナから離れ、アトのデュカス祭に遭遇する。歴史を再現するパレードは、自らの歴史を繙くことになる予兆だ。すなわち、ジョエルは父親に会うことになる。
モナはフランクに連絡を入れ、フランクの目の前で運河に飛び込む。モナは身投げする。再生を願うからだ。ずぶ濡れになったモナを連れてフランクはホテルに入る。モナはオーガズムに達する。ジョエルが生まれて以来初めて忘我の境地に達する。そのとき、失踪という物理的距離ではなく、精神的な距離によってジョエルと可分(séparable)となった。モナは、ジョエルは新たな人生を歩み始めることになるだろう。
モナが堪えてきた感情を決壊させる場面はいずれも印象的である。とりわけ海辺のレストランでモナがジョエルに感情を爆発させた祭には、サーヴィス係が会計を求めに現われるところまで含め描かれたのが秀逸である。ジョエル失踪後、フランクを求めて電話をかける場面、運河に飛び込む場面、ジョエルの失踪を知ったフランクに非難され声を荒げて言い返す場面も忘れ難い。