映画『嵐が丘』を鑑賞しての備忘録
2026年、アメリカ製作。
137分。
監督・脚本は、エメラルド・フェネル[Emerald Fennell]。
原作は、エミリー・ブロンテ[Emily Brontë]の小説『嵐が丘[Wuthering Heights]』。
撮影は、リヌス・サンドグレン[Linus Sandgren]。
美術は、スージー・デイビス[Suzie Davies]。
衣装は、ジャクリーン・デュラン[Jacqueline Durran]。
編集は、ビクトリア・ボイデル[Victoria Boydell]。
音楽は、アンソニー・ウィリス[Anthony Willis]。
原題は、"Wuthering Heights"。
広場に集まった老若男女が縛り首になっている罪人を見上げている。中にはキャサリン・アーンショー(Charlotte Mellington)と付き人ネリー(Vy Nguyen)、バートン夫人(Jessica Knappett)やジラ(Amy Morgan)のアーンショー家の面々も。首が折れないとブザマだ。タってるぞ。浮浪児たちが揶揄う。静かに、不謹慎な子たちね。尼僧(Vicki Pepperdine)が顔を顰め注意する。麻袋を被された人物が動かなくなる。死刑執行人(Robert Cawsey)が刑の執行を大声で宣言すると、群衆が歓声を上げる。人形芝居。キスするカップル。客を摑んだ娼婦。少年(Owen Cooper)が父親(Paul Rhys)に速く歩けとどやされている。
興奮したキャサリンとネリーが荒れ野を走り嵐が丘に向かって駆ける。
なんで言ってくれなかったの、死にそうと嘆くキャサリンにネリーはじゃあさっさと死んで下さい、忙しいのでと返す。泣き喚くキャシーの声に父親(Martin Clunes)が居間に出て来る。コンビーフみたいな顔だ。泣いたのか? 張り合ってるだけ。そんなことを許したら、お前の母親に殴られてるところだ。そんなことしないでしょ。知らんのか、恐ろしいぞ、ボクサーなんだ。大きな拳で髭も生えててな。お前もそうなる。止めてよ、ママを悪く言わないで。口髭なんて生えないわ。癇に障る娘だ。気難しい人間を好む者などおらん。ネリー、何とかしろ、お前の責任だ。承知しております。不機嫌な父親はキャサリンが止めるにも拘わらず居酒屋へ行くと出かけていく。
夜、キャサリンが寝ていると、いつもの如く酩酊して帰って来た父親が怒鳴り散らし暴れた。
バートン夫人が床の拭き掃除をしていると、壁に放尿した跡があるとジラが指摘する。じゃあお召し物も汚れてるわね。娘が可哀想。キャサリンは建物の蔭で2人のやり取りを聞いていた。連れ帰った子は? どこかに隠れてる。アーンショーの旦那の施しか。気の毒な子のために祈るわ。
納屋の屋根裏部屋。粗末なベッドが置かれ、いくつもの人形が梁から吊り下げられている。キャサリンがこんにちはと声をかける。ベッドの下を覗く。何してるの? 少年がキャサリンを引っ張り込む。キャサリンの口を押える。
アーンショー氏が呆れ返るネリー、バートン夫人、ジラに説明する。リヴァプールでもブリストルでもない、町中で子供を蹴ってはいかんと父親らしき男に言ったんだ。そうしたらそんな心配なら連れてけと言うじゃないか、だからそうしようと請け合ったのだ。お尋ねしてるのはその子をいつまで面倒見るかです。家計に響きますので。私が面倒を見ると思う限りはずっとだ! 何故女ばかりに囲まれ苦しめられねばらなんのだ。そこへキャサリンが少年を連れて駆け込んでくる。世界でパパほど素晴らしい人はいないわ。新しい友人を気に入ったんだな。とっても。話せないみたいで名前が分からないの。だから兄に因んでヒースクリフって呼ぶわ。ヒースクリフか。うちで温かく迎え入れよう。着替えさせてもいい? もちろん、お前のペットだ。優しくするわ、悪さをしない限りわね。
嵐が丘にある零落した旧家の娘キャサリン・アーンショー(Charlotte Mellington)は、早くに母や兄を亡くし、肉親と言えば酒とギャンブルに溺れ荒れ狂う父親(Martin Clunes)だけ。付き人のネリー(Vy Nguyen)、使用人のバートン夫人(Jessica Knappett)やジラ(Amy Morgan)に囲まれ侘しく暮らしていた。ある日、いつもように酩酊した父親が町で男(Paul Rhys)に虐待されていた少年(Owen Cooper)を連れ帰る。キャサリンは亡き兄と同じヒースクリフの名を与え、読み書きを教えるのには失敗するも、曠野を遊び場に仲睦まじく過ごすようになる。父親の誕生日の晩、キャサリンはヒースクリフとともに晩くに帰宅すると、ヒースクリフはキャサリンを庇う噓を吐き、アーンショー氏に酷い折檻を受ける。月日が流れ、キャサリン(Margot Robbie)は使用人のジョーゼフ(Ewan Mitchell)がジラとが納屋にしけ込み行為に及ぶ場面を偶然目撃し、それ以降、幼馴染みのヒースクリフ(Jacob Elordi)を男性として意識する。折しも織物業で財を成したエドガー・リントン(Shazad Latif)が妹イザベラ(Alison Oliver)とともに近所に屋敷を構えた。キャサリンは挨拶に訪れないリントン家の面々に業を煮やし、1人偵察に向かう。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
キャサリンは使用人のジラとジョーゼフの逢瀬を偶然目撃して性に目覚め、ヒースクリフを男性として意識する。ヒースクリフと結ばれることのないうちにキャサリンはエドガーから求婚され、承諾する。キャサリンはヒースクリフに対する愛情を持ったままエドガーと結婚することの是非をネリーに相談するが、貧しいヒースクリフとは結婚できないと吐露した部分だけを立ち聞きしたヒースクリフは失意のあまり出奔する。キャサリンは翻意して結婚を先延ばしにするが、1年待ってもヒースクリフが戻らないことからエドガーに嫁ぐ。突然ヒースクリフがキャサリンの前に姿を現わした。失踪から5年が経過していた。
原作のうちキャサリンとヒースクリフの関係に絞った上、改変が加えられている。冒頭の公開処刑の場面は原作には存在しない。吊された男は死によって苦悶から解放される。キャサリンら見物人たちは眼差しの対象たる吊された男に同化する。苦悶、そしてそれからの解放を味わう。故に男が事切れるとき、歓喜の声を上げるのだ。対象との同化は人形遊びも同断である。納屋の屋根裏部屋にはキャサリンが人形を吊しており、そこに父が引き取ったヒースクリフが迎えられることにより、絞首刑の男とヒースクリフとが接続される。麻袋を被され吊られた男が苦しそうな呼吸をする、映像に先行してその呼吸音だけが聞えて来る。目隠しと荒々しい呼吸は、キャサリンが納屋で屋根裏からジラとジョーゼフの性交を目撃する際、ヒースクリフに目隠しされる場面へと通じる。すなわち、息苦しい呼吸音は、キャサリンの中で死と生とを結び合わせることになるのだ。苦しみとそれからの解放の喜び。
エドガーの妹イザベラが屋敷の中に人形の家を有するのも原作にはない設定である。イザベラはキャサリンの髪を用いてキャサリンの人形を用いる。イザベラは慕うヒースクリフとの仲を邪魔するキャサリンを恨み、キャサリンの人形にナイフを突き立てる。人形は現実を反映する。キャサリンは遠からず死を迎えることになるだろう。
イザベラが人形の家で遊ぶのは、世界を支配しようという欲求の表われである。支配顔貌は容易に被支配の関係に反転する。イザベラはヒースクリフの犬となって満足する。
ヒースクリフはキャサリンとともに誕生日の祝いに遅れた際、キャサリンを庇ってアーンショウ氏から酷い折檻を受ける。ヒースクリフはキャサリンの罪を身代わりに贖ったのである。キャサリンにとってヒースクリフはキリストにも比せられる存在である。ヒースクリフが絞首刑と結び付けられていたのは、磔刑のキリストにも処刑を介して接続させるためであった。故にヒースクリフは死ぬ。ヒースクリフの失踪は死のメタファーであり、5年後にキャサリンの前に姿を現わすヒースクリフはキリストの復活に比せられる。キャサリンはヒースクリフを躰に迎え入れることにより、その存在を確認する。主客は逆転するが、キリストとトマス(キリストの復活を信じなかったトマスは疵痕に指を挿し入れなければ復活を信じないと言った)の関係に擬えられよう(但し、トマスは実際には復活したキリストの疵痕に指を挿し入れはしない)。精神的、霊的な結び付きが描かれる原作に対して、本作では敢て肉体的な結び付きを描く。それは、心身二元論的な発想、精神>肉体と捉える(肉慾を蔑む)観念に疑義を挿むものである。キャサリンが(原作とは異なり)子を遺さずに亡くなるのも、生殖を目的としない性交を暗に肯定的に捉えていると言えよう。
屋敷の門でジョーゼフが豚を解体する。キャサリンが通るとスカートの裾に血が付いてしまう。破瓜=結婚の予兆である。
エドガーは新妻キャサリンのために寝室を用意する。その壁はキャサリンの肌の色、というより肌そのものだ。キャサリンが部屋にヒースクリフを招き入れることは、密通となる。
未だ幼いキャサリンがヒースクリフと雨宿りする四阿(?)を始め、キャサリンの門などの構造物の枠に嵌め込まれたイメージが度々登場する。嵐が丘の周囲に拡がる曠野の開放感と対照的である。ヒースクリフとの出遭いの場面からして、納屋の屋根裏部屋のベッドに潜むヒースクリフによってキャサリンがベッドの下に引き摺り込まれるのであった。キャサリンは強権的な父親の支配に対抗する同志としてヒースクリフを得るが、仮に彼と添い遂げることになれば身を堕とすことになる。枠の中のキャサリンのイメージは、彼女が運命に囚われていることを象徴する。