可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ブルームーン』

映画『ブルームーン』を鑑賞しての備忘録
2025年、アメリカ製作。
100分。
監督は、リチャード・リンクレイター[Richard Linklater]。
原案は、エリザベス・ウェイランド[Elizabeth Weiland]のロレンツ・ハート[Lorenz Hart]宛書簡。 
脚本は、ロバート・カプロウ[Robert Kaplow]。
撮影は、シェーン・F・ケリー[Shane F. Kelly]。
美術は、スージー・カレン[Susie Cullen]。
衣装は、コンソラータ・ボイル[Consolata Boyle]。
編集は、サンドラ・エイデアー[Sandra Adair]。
音楽は、グレアム・レイノルズ[Graham Reynolds]。
原題は、"Blue Moon"。

 

「冴えて活発で一緒にいて楽しい人だった。」(オスカー・ハマースタイン2世)
「私が知る限り最も悲しい人物。」(メイベル・マーサー)
ニューヨーク。雨の降りしきる夜。ロレンツ・ハート(Ethan Hawke)がチャット・ベイカーの「エヴリシング・ハプン・トゥ・ミー」を口遊みながら薄暗い路地を歩いている。濡れた路面に崩れ落ちる。
アメリカを代表する作詞家、ロレンツ・ハートさんが昨夜マンハッタンのドクターズ病院で肺炎の合併症により亡くなりました。48歳でした。リチャード・ロジャースさんの曲にハートさんが詩を提供することで20年以上に亘り協業、「アメリカのギルバート・アンド・サリバン」と呼ばれ、『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』、『ブルー・ムーン』などミュージカルヒット作品を多数世に送り出しました。
7ヶ月前。1943年3月31日。ブロードウェイのセント・ジェイムズ劇場。作曲家リチャード・ロジャース(Andrew Scott)が作詞家オスカー・ハマースタイン2世(Simon Delaney)と組んだ初作品『オクラホマ!』の初日。ロレンツ・ハートが母親のフリーダ・ハート(Anne Brogan)とボックス席で観劇していた。♪オクラ、オクラ…。♪私たちは根差してる大地。「大事」って来るぞ。♪私たちの大地が大事。ロレンツの予想が当たる。一杯やらないと。また後で。ロレンツが席を立つ。
ロレンツがモーティー・リフキン(Jonah Lees)の弾くピアノの流れるサーディーズに入るとすぐに葉巻に火を点ける。バーテンダーのエディ(Bobby Cannavale)がロレンツに気付き、銃を手に構える。これが最後よ、許可証を置きなさい。ラズロとの大義のためなら躊躇しないんだろう。構うな、撃てよ。ロレンツはすぐさまエディの寸劇に付き合う。銃を急所に突き付けてるのを忘れないで。おっとそれは弁慶の泣き所だ。2人で笑う。この映画、何回見ただろうな。『カサブランカ』で最悪な科白は前例が崩れつつあるってとこだ。前例なんか崩しようがない。ハリウッドはまともに英語を扱えないのか? クロード・レインズは素晴らしいけどな。彼は背が低いのに主役を張れるんだ。ロレンツの舌鋒鋭い『カサブランカ』批評は続く。その勢いでロレンツはエディに酒を求める。絶対に飲まないって言ったじゃないか。眺めるだけさ。琥珀色の重みをこの手で確かめるんだ。

 

1943年3月31日。ブロードウェイのセント・ジェイムズ劇場。作詞家ロレンツ・ハート(Ethan Hawke)は母親フリーダ・ハート(Anne Brogan)とともにボックス席でミュージカル『オクラホマ!』の初日を観劇する。作曲家リチャード・ロジャース(Andrew Scott)がアルコールに溺れるロレンツでは仕事にならないとオスカー・ハマースタイン2世(Simon Delaney)を迎えての初作品だった。ロレンツはタイトルや凡庸な歌詞を評価せず中途で席を立ち、サーディーズへ。ウェイティングバーで馴染みのバーテンダーのエディ(Bobby Cannavale)相手に映画『カサブランカ』談義に花を咲かせる。ロレンツは、男女の関係を超えた愛を捧げているという、イェール美術学校に学び詩作もするエリザベス・ウェイランド(Margaret Qualley)が訪れるのを待っていた。エリザベスに贈る花を届けに来た配達員スヴェン(Giles Surridge)に興味を持ったロレンツだがスヴェンは「マイ・ファニー・バレンタイン」を知らないという。ピアノの生演奏をするモーティー・リフキン(Jonah Lees)が咄嗟に「ブルーム-ン」を弾き語ると、それなら知っていると歌った。♪青い月夜 ♪僕は1人佇む ♪夢などなくして ♪愛想を尽かして…。

(以下では、全篇に言及する。)

ロレンツ・ハートの失意の1日を描いた作品。タイトル通り、ロレンツ・ハート作詞の「ブルームーン」(1934)が基調となる。
ローレンツはリチャードのメロディーで人は浮遊してしまうとリチャードを作曲家として高く買っている。にも拘らず自らのアルコール依存により仕事のパートナーの地位を失ってしまう。リチャードが新たに組んだオスカー・ハマースタイン2世との『オクラホマ!』は好評価。ローレンツはリチャードに『マルコ・ポーロの冒険[The Adventures of Marco Polo]』(1938年の映画の翻案?)の性悪を提案するが、リチャードは難色を示し、代わりに『コネチカット・ヤンキー[A Connecticut Yankee]』に新曲を加えて再演しようと持ちかける。
失意のロレンツにとっての黄金郷[El Dorado]と言えるのが、イェール美術学校の学生エリザベスだ。ロレンツは親子ほど年の差を超えたエリザベスとのロマンスを夢見る。ロレンツはサマセット・モーム[Somerset Maugham]の『人間の絆[Of Human Bondage]』の初版本をプレゼントに用意するが渡し損ねる。ロレンツはエリザベスを自宅に誘うが、母親の世話をしなければならないと断られる。しかし、リチャードから誘われたエリザベスはあっさり応じるだろう。
酒に溺れ孤独に死を迎えるロレンツが冒頭で示される。下品なジョークはコンプレックスのカムフラージュに過ぎない。ブロードウェイの成功者として輝きを増すリチャード。リチャードの信頼を失ったロレンツは翳っていくばかりだ。多くの人に囲まれ、多くの言葉を費やしながら、否だからこそ一層ロレンツの孤独が浮かび上がる。