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芸術鑑賞の備忘録

展覧会 アルフレド・ジャー個展『あなたと私、そして世界のすべての人たち』

展覧会『アルフレド・ジャー「あなたと私、そして世界のすべての人たち」』を鑑賞しての備忘録
東京オペラシティ アートギャラリーにて、2026年1月21日~3月29日。

アルフレド・ジャー[Alfredo Jaar]の写真や映像作品、立体作品などを紹介する企画。チリの軍事独裁政権をテーマとする《1973年9月11日(黒)》や《チリ、1981年、出国前》、アメリカ合衆国による南北アメリカ大陸に対する影響力を際立たせる《アメリカのためのロゴ》、露天掘りの金鉱山の労働者をモティーフとした写真《ゴールド・イン・ザ・モーニング》、ピューリツァー賞を受賞したケヴィン・カーターを取り上げる映像作品《サウンド・オブ・サイレンス》、広島に投下された原爆を取り上げたインスタレーション《ヒロシマ、ヒロシマ》など21点で構成。出展リストに個々の作品の丁寧な解説が付されている。

展示室の入口脇に白地に"YOU DO NOT TAKE A PHOTOGRAPH. YOU MAKE IT."と黒く太い書体で印刷されたポスター(750mm×750mm)が直方体になって積み上がっている。《写真はとるのではい。つくるものだ。》(2013)[01]という作品で、来場者が持ち帰ることができる(スタッフにより補充されるという)。フェリックス・ゴンザレス=トレス[Félix González-Torres]の作品を髣髴とさせる。直方体の形を少しずつ変化するという点で、実際に来場者はイメージを作っ(改作し)ている。メッセージは写真[photograph]は光[phōtós]で描く[graphé]ものであり、何を切り取るかなどにより主観を反映するものである。ポスト・トゥルース[Post-truth]の時代に改めて切実な訴えとなる。日本語題は「光画」ではなく「写真(真を写す)」と翻訳されていることの意味も改めて考えさせられよう。会場では一部を除き撮影が許可されており、ビッグブラザー(ジョージ・オーウェル[George Orwell]のティストピア小説『1984年[Nineteen Eighty-Four]』(1949))ならぬリトルブラザーズによる撮影がほとんど絶え間なく行われている。
《今は火だ》(1988)[02]は年代物の消火器の上に内部に光源のある地球儀を載せた作品。消火器がマッチ棒やライターのように火を点すイメージはオクシモロン的だ。タイトルは、人種差別や暴力を告発するジェイムズ・ボールドウィン[James Baldwin]著のノンフィクション『次は火だ[The Fire Next Time]』(1963)に因むというが、火を点ける道具はむしろレイ・ブラッドベリ[Ray Bradbury]の「昇火器」(『華氏451度[Fahrenheit 451]』(1953))を連想させる。

《アメリカのためのロゴ》(1987)[04]はニューヨークのタイムズスクエアの電子ビルボードに掲載したイメージを撮影した5枚組みの写真。南北アメリカ大陸に「アメリカ」、星条旗に「これはアメリカではない」、アメリカ合衆国(の本土)の形に同じく「これはアメリカではない」などと表示される。南北アメリカ大陸をアメリカ合衆国と同一視する謬見を正す。モンロー主義[Monroe Doctrine]が露骨に復権を遂げる中、作品の訴えもまた改めて切実なものとなった。なお、ドナルド・トランプ大統領と泣いているホンジュラスの少女とを組み合わせた『タイム』誌の表紙の"Welcome to America."を、"Welcome to the USA."へと書き換えた《アメリカ合衆国へようこそ(TIME)》(2018)[05]も《アメリカのためのロゴ》[04]と同旨の作品である。
1973年のカレンダーが9月11日以降、全て「11」に書き換えられた《1973年9月11日(黒)》(1974)[09]は、チリ・クーデターにより樹立されたピノチェト独裁政権下で時が停まったことを示す。9月11日という日付から「9.11」(アメリカ同時多発テロ事件)により再注目されたという。
《チリ、1981年、出国前》(1981)[10]はチリ国旗が立ち並ぶ自然景観を捉えた20枚組みの写真。国旗の列は砂丘から砂浜へ、そして海へと連なり、波を被る。海へ向かうのは亡命とともに、集団自殺するレミングの「神話」のように、独裁政権による国家の自殺行為を象徴する。

《サウンド・オブ・サイレンス》(2006)[19]は、スーダンの窮状を訴える写真でピューリツァー賞を受賞した南アフリカの報道写真家ケビン・カーター[Kevin Carter]を題材とする映像作品。尤も、映像の大半は、カーターの挫折を繰り返した略歴が黒地に白文字で表示されるばかり。唯一、ピューリツァー賞受賞作である、ガリガリに痩せた少女が蹲る背後にハゲワシが立つイメージがストロボを焚いたかのような一瞬の閃光とともに映し出される。少女、ハゲワシ、カーター、カーターの撮影したイメージをメディアを介して受容する人々。入れ籠の関係が浮かび上がる。また、映像を上映するブースの背後には白い蛍光灯が立ち並んで目映い光を放ち、闇と光との対照を際立たせる。ところで、最初の展示空間の壁面の高い位置には、黒地に白文字で"OTHER PEOPLE THINK"と表わした《彼らにも考えがある》(2012)[03]が掲げられている。演奏者が4分33秒に亘り音を立てないことをもって作品としたことで知られるジョン・ケージ[John Cage]の言葉に因むという。白と黒との対極的なイメージが暗示するのは"other people"が同質的な他者を指さないことである。共生が問題になるのは、意見が一致することなど有り得ないような状況においてなのだ。白黒をつけることに躊躇する間を持つことを作者は訴えるのだろう。あれこれと思い悩む沈黙の中、モヤモヤとした中から思考=言葉が起ち上がり、あるいは立ち上がりかけようとする。「サウンド・オブ・サイレンス」とは、ネガティヴ・ケイパビリティ[Negative Capability]である。