映画『ウィキッド 永遠の約束』を鑑賞しての備忘録
2025年、アメリカ製作。
137分。
監督は、ジョン・M・チュウ[Jon M. Chu]。
原作は、グレゴリー・マグワイア。
原作は、脚本ウィニー・ホルツマン[Winnie Holzman]と作詞・作曲スティーブン・シュワルツ[Stephen Schwartz]作詞作曲のミュージカル『ウィキッド[Wicked]』、及びグレゴリー・マグワイア[Gregory Maguire]の小説『ウィキッド[Wicked]』。
脚本は、ウィニー・ホルツマン[Winnie Holzman]とデイナ・フォックス[Dana Fox]。
撮影は、アリス・ブルックス[Alice Brooks]。
美術は、ネイサン・クロウリー[Nathan Crowley]。
衣装は、ポール・タゼウェル[Paul Tazewell]。
編集は、マイロン・カースタイン[Myron Kerstein]。
音楽は、ジョン・パウエル[John Powell]とスティーブン・シュワルツ[Stephen Schwartz]。
振付は、クリストファー・スコット[Christopher Scott]。
原題は、"Wicked: For Good"。
オズの国に君臨する魔法使い[Jeff Goldblum]の報道官マダム・モリブル[Michelle Yeoh]による民衆へのメッセージが放送される。西の邪悪な魔女が呪術書「グリムリー」を持ち去ってから12回潮の流れが変わりました。子供たちを守って下さい。動物を信用してはなりません。西の悪い魔女が倒されるまで、魔法使いはオズの国を未来へ向けて前進させ続けます。
緑色の制服を纏った魔法使いの衛兵たちが森を焼き払い、動物たちを酷使して、黄色い煉瓦の道を造成している。邪悪な魔女の烙印を押されたエルファバ・スロップ(Cynthia Erivo)が箒に乗って現われ、動物たちの鎖を断ち切り逃がし、衛兵たちをなぎ倒す。衛兵の一人が慌てて城に向かう。魔女が戻った!
マダム・モリブルが西の邪悪な魔女が魔法使いについての嘘を撒き散らすと放送を通じて訴える。魔女に対する警戒を怠らないようビラが撒かれ、ポスターが貼られる。人々は次々と新しい犠牲者が出ると怯える。
エルファバは僻地の隠れ家に舞い戻る。エルファバは魔法使いが詐欺師であるという真実を皆に知らせるためにはどうすれば良いのか思案し、「グリムリー」を研究する。
グリンダ・アップランド(Ariana Grande)はファニー(Bowen Yang)やシェンシェン(Bronwyn James)らをアシスタントに魔法使いのスポークスパーソンを務める。皆から至高の善人と敬われ、その魔法で邪悪な魔女から救ってくれると信じられていた。良いこと尽くめで良いという言葉を商標登録するアイデアも湧き上がる程。黄色い煉瓦の道の開通式が迫る中、邪悪な魔女の襲撃がより大胆になり、人々が恐慌状態に陥っていると、グリンダはマダム・モリブルから皆の気持ちを高揚させるよう求められる。併せてグリンダが飛行するためのシャボン玉状の移動装置が提供された。魔法使いが特別に作らせたものよ。良き魔女は空を飛べなければならないと。同感です。実際には魔法を使えないことを気に病む必要はないのよ。この飛行装置があればあなたが魔法の力で浮かせていると思い込ませることができるから。分かったわ。これを忘れないで。マダム・モリブルが魔法の杖を渡す。魔法の力をカムフラージュできるわ。開通式典でお会いしましょう。ありがとう。ガラスに映るステッキを持つ自らを見たグリンダは幼い時分の誕生日を思い出す。
ガリンダ、お誕生日おめでとう! ガリンダ(Scarlett Spears)が魔法の杖を受け取る。ずっとほしかったの! ためしてみて! まほう! まほう! 子供たちがガリンダに魔法を使うことをせがむ。魔法の杖を振るが何も起こらない。…そうそう、じゅもんをとなえるのをわすれてた! まほうのつえよ、まほうよおこせ! 何も起きない。一人の少女(lucia smith)が外を指差す。みてみて、にじがでてるよ! きみがだしたの? わたし、にじがすきでしょ。すごい! ガリンダのパパ(Adam James)がケーキを食べようと子供たちに促す。浮かない表情のガリンダにママ(Alice Fearn)が声をかける。欲しいものが手に入ったでしょ。わかってるわ。でも、ほんとうのまほうつかいになりたいの。みんなあなたのことが大好きよ。あなたに必要なのはそれだけ。笑顔はどうしたの? ガリンダは魔法の杖を見詰めて笑顔を作る。パパに呼ばれたグリンダが笑みを浮かべる。
シャボン玉で宙に浮いたグリンダが黄色い煉瓦の道の開通式に現われる。その華やかな登場に参集した人たちは喝采を送る。ステージにいた親衛隊長のフィエロ(Jonathan Bailey)がグリンダを迎えた。オズの皆さんに朗報です。全ての道は魔法使いの元へと通じました! マダム・モリブルがグリンダに感謝を述べ、グリンダの恋人フィエロが西の邪悪な魔女を捉える特殊部隊の隊長に任じられたことを伝える。隊長、今のお気持ちを一言お願い致します。腹立たしい。魔女を捉えるため探し続けることを誓う。その件ではありません。ご婚約の件です。会場がどよめく。
(エルファバ・スロップ(Cynthia Erivo)は、シズ大学学長マダム・モリブル[Michelle Yeoh]により、予て憧れていたオズの支配者である魔法使い[Jeff Goldblum]と面会する。エルファバが求められるまま呪術書「グリムリー」の呪文を唱えると、猿たちに翼が生える。魔法使いとマダム・モリブルは国中をスパイさせ、動物たちを厄介払いできると喜ぶ。)エルファバは魔法使いから動物たちを守ろうと孤軍奮闘する。強制退去に応じる動物たちに魔法使いに立ち向かうよう訴えるが、臆病なライオンが猿に翼を与えたのはエルファバだと暴露すると、かつての守役ダルシーベア(Sharon D. Clarke)からも見限られる。マダム・モリブルはエルファバを西の邪悪な魔女として喧伝し、善き魔女グリンダ・アップランド(Ariana Grande)の下に一致団結して、邪悪な魔女の襲撃に備えるよう人々に訴える。動物たちを酷使して黄色い煉瓦の道が造成され、全ての道が魔法使いの居城のあるエメラルド・シティへと通じることになった。開通式典ではグリンダと西の邪悪な魔女の捜索隊隊長フィエロ(Jonathan Bailey)との婚約が発表される。フィエロはエルファバを守るために捜索活動を引き受けている。グリンダも内心ではエルファバを助けたいが、民衆の支持の高まりを前に心が揺れていた。式典の最中にエルファバが飛来すると、人々は蜘蛛の子を散らす。エルファバは空に「魔法使いは嘘を吐く」と描いたが、すぐさまマダム・モリブルにより「オズは終わる」と書き換えられてしまう。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
ライマン・フランク・ボーム[Lyman Frank Baum]の『オズの魔法使い[The Wonderful Wizard of Oz]』に登場する敵役、西の邪悪な魔女を主人公に据えた、二部作の映画『ウィキッド ふたりの魔女[Wicked]』(2024)の完結編。
オズの国ではマダム・モリブルにより、エルファバを西の邪悪な魔女として敵に仕立て上げ、その悪辣さを強調するためにグリンダが「善き」「魔女」に仕立てられる。魔法使いが実はマジシャンであり魔法使いでないように、グリンダもまた魔法使いではない。オズの国を支配するために情報統制が行なわれているのである。権力維持、国民を支配するために敵や戦争という危機を捏造する政策はジョージ・オーウェル[George Orwell]の小説『1984年[Nineteen Eighty-Four]』が描くところである。グリンダが善きことに囲まれ、「良い[good]」を商標登録すればいいとまで言い放つのも、『1984年』のニュースピーク[Newspeak]を彷彿とさせる。魔法使いとマダム・モリブルによって支配される人々の姿は、それこそ恐ろしいまでに現実の世界の如実な反映である。
(以下では、全篇について言及する。)
『オズの魔法使い』は、カンザス州に暮らすドロシー(Bethany Weaver)の家がハリケーンによりオズの国に飛ばされてしまうことで始まる。ドロシーの家はマンチキンを支配していた東の邪悪な魔女を圧死させることになる。東の邪悪な魔女とは、エルファバの妹ネッサローズ(Marissa Bode)だった。ドロシーが手に入れる靴は、ネッサローズが父・提督から贈られたもので、エルファバにとっては妹の形見となる。
ネッサローズが邪悪な魔女と化すのは、シズ大学で心を通わせたボック(Ethan Slater)がグリンダの婚約を聞いてエメラルドシティへと旅立とうとしたからである。激しい嫉妬がネッサローズを狂わせ、たまたまエルファバが「グリムリー」を携え訪れていたために、ボックの心臓を魔力で握りつぶそうとしたのである。エルファバはボックを救おうと「グリムリー」の魔法を試みるが、結果としてボックはブリキ人間になってしまう。ボック=ブリキ人間はエルファバ=西の邪悪な魔女に対する激しい憎悪を募らせ、心などなくて良かったとドロシーとともに復讐の旅に出る。
『オズの魔法使い』の物語の背後に、このような事情があったのかと呻らされる。
(以下では、結末について言及する。)
動物たちはオズを追放される。だがオズ=現世の先は彼岸=死者の世界であろう。何も無い(emptiness)とされる所以である。すなわち、国外退去は即座に死を意味することになるのだ。故に、エルファバを庇って拷問されたフィエロも、ドロシーによって退治された西の邪悪な魔女エルファバも死んだのだ。フィエロがエルファバの城に戻って隠れていたエルファバを助けるというシーンはファンタジーだろう。エルファバは思う。グリンダが私たちが生きてるって知ってくれたらいいのに。でも無理だって分かってる。なぜならエルファバがフィエロと彷徨する砂漠とは何も無い場所(emptiness)=死者の国だからである。エルファバとグリンダとの友情は死によって分かたれるが故に永遠と(for good)なる。