展覧会『福光真実「Opening Blue」』を鑑賞しての備忘録
Bambinart Galleryにて、2026年2月20日~3月14日。
プリズムによる分光のような複数の色が線やモザイクとして画面の一部を飾るのが印象的な絵画で構成される、福光真実の個展。霞むようなイメージに捉えどころはなく、摑もうとすると逃れられてしまう。
《Hell Teacher》(1455mm×1118mm)は、草叢・木立を隔てる柵の前に佇む2人の女性を描いた作品。同じ蔦模様の櫛あるいはナースキャップ?)と白い衣装(看護師の制服のようにも見えるが、それにしては紫の縞の靴下が不自然か)を身に付けた女性2人が煙草を一服している。奥の女性(前髪に魚の髪留めを着けている)が咥えた煙草に手前の女性が自分の煙草を近づけている(手前の女性が煙草を折っているようにも見える)。背後には木立が拡がり鳥や蝶が舞う。霧がかかるようにぼんやりとして全体に青味がかる。柵の隙間が蝶にも見え、蜃気楼のように淡く儚げな印象と相俟って「胡蝶の夢」を夢想させる。黄、ピンク、青、紫などが交互に現われる糸で刺繍された星のような、鳥のような、あるいは星座のような形が2人に重ねられている。プリズムによる分光のような複数の色の線やモザイク同様、鳥も星も他の作品に繰り返し現われる。
《Jewels》(455mm×330mm)は青空を背にした裸木に囲まれた女性の肖像画。右に向けた体に対し、顔を右に曲げることで、像主が鑑賞者を振り返る。口に銜えた煙草からは赤い煙が上がる。ピンクのタートルネックを着用し、白い上着の右肩には星の形の上に男女の顔を表わす緑色の線がタトゥーのように重ねられる。
《グライド》(909mm×727mm)の淡い黄色と水色との画面には、自転車とカイトとが描かれる。画面下部には左に向かい緩やかな坂を高速で下ると思しいロードバイクがある。自転車はサドルのオレンジやハンドルの青、スポークの黄などで構成されている。車輪は高速回転するように見えるが、自転車に跨がる者がいない。画面上部にはカイトが浮かび、結わえられた糸が右に流れる。その糸は赤、青、緑、ピンクなどが連なる。自転車は左下向きのベクトルとなり、直角三角形のカイトに対し左上に向かってふわりと浮かび上がる印象を強める。
《The Fall》(360mm×356mm)は、左目に眼帯をした、短髪の女性の顔を左斜め前から捉えている。メダルド・ロッソ[Medardo Rosso](1858–1928)が少年の頭部を表わした彫刻《Ecce Puer(この少年を見よ)》で蝋により周囲の空間に像を溶け込ませたように、本作の女性の顔は靄のように霞むことで半ば周囲に溶け込まされている。顔の右側には黄、緑、ピンクなどのモザイク状の光が拡がる。
《Straight Neck》(333mm×333mm)は左頬を机か何か台に接する女性の顔を表わした作品。画面下に右手が置かれ、左側に倒した顔が載るように表わされる。右目に色取り取りのモザイクの眼帯をしていて、左目は瞳が星の形になっている。縮れた黒髪が額に垂れ、頭部には黄緑の靄がかかる。
《Runaway》(447mm×472mm)には横顔に木立が重ねられ、《ツーリング》(333mm×445mm)では車内にいると思しいヘッドフォンをした男性の斜め横顔が表わされる。森を抜ける人物の横顔、あるいは行き交う車の中に見える横顔。それは貨幣に通じる。古くから貨幣には横顔が刻まれてきたからである。貨幣=横顔は流通する。流れ去る個々の貨幣=横顔を気に留める者はない。だからこそ、作家は貨幣=横顔を記録するのではなかろうか。貨幣は金属であり、光の象徴とも成り得よう。
《Home》(727mm×606mm)はニットの帽子を被った長い髪の女性と、その顔よりもやや大きい∩型に開いた手に載る小鳥などを描いた作品。ニット帽は半ば透明で背後の木立を透かす。長い髪の毛は木立の色に近く、半ば溶け込む。 何より爪に(水玉の)ネイルが施されていることもあって、片山真理の左手を思わせる力強い∩の形に開かれた指が眼に焼き付く。その手には小鳥が留まり、女性の左頬を優しく突く。右奥には黄色い家が覗く。彼女の被るニット帽は家の形と相似である。彼女の手が鳥の止まり木になるのは、彼女が家を離れ、自らの家を形成することを暗示するのである。
《シャングリラ》(332mm×454mm)には、紫と青の格子と紫の赤の格子のキッチン用ミトンが魚、馬、蝶のオブジェとともにモビールのように吊されている。台所で見かけたイメージから桃源郷へと飛躍する。《HAPPY END》(228mm×158mm)もまた吊り下げられたと思しいミトンを主題とした作品である。《Home》に登場する∩型に開いた手はミトンのアナロジーであった。変えるべき場所、桃源郷がミトンという防具に重ねられている。
《パッチワーク》(220mm×273mm)は白、青緑、赤と青の格子などの布が重ね合わされたイメージ。青緑の布は縁を糸で縫い付けてあり、またマグカップを透けさせている。マグカップの把手は黄色く浮かび上がり、D管単体となる。否、クラインの壺であろう。絵画は複数の世界を1枚の平面に落とし込みつつ、メビウスの帯のようにどこまでも表(あるいは裏)であることを擬態する。