可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ナースコール』

映画『ナースコール』を鑑賞しての備忘録
2025年、スイス・ドイツ合作。
92分。
監督・脚本は、ペトラ・フォルペ[Petra Volpe]。
原作は、マデリン・カルヴェラージュ[Madeline Calvelage]のノンフィクション"Unser Beruf ist nicht das Problem: Es sind die Umstände"。
撮影は、ユーディット・カウフマン[Judith Kaufmann]。
美術は、ベアトリス・シュルツ[Beatrice Schultz]。
衣装は、リンダ・ハーパー[Linda Harper]。
編集は、ハンスエルク・バイスブリッヒ[Hansjörg Weißbrich]。
音楽は、エミリー・レビネイズ=ファルーシュ[Emilie Levienaise-Farrouch]。
原題は、"Heldin"。

 

吊された看護師の制服、青い上着や白いパンツがハンガーに掛けられレーンを流れていく。滞留する。
フロリア・リント(Leonie Benesch)がバスに揺られる。病院の停留所で下車。職員用のコンクリート打ちっぱなしの地下通路を進む。
オレンジ色のロッカーが並ぶ更衣室。同じ時間帯に勤務する同僚看護師ベア・シュミット(Sonja Riesen)がいた。休みはどうだった? エマと動物園に行った。猿を見て3時間。あなたは? 特に何も。2人は黙々と着替える。フロリアが箱から靴を出す。私も新しいの買おうかな。セールだったの。
フロリアとベアがエレヴェーターで担当する病棟の階へ。車椅子を押す同僚のジャン・シャリフ(Alireza Bayram)と擦れ違う。新患だ。手伝う? 頼むよ。2人はナースステーションへ。スタッフと簡単な挨拶を交わす。25名でほぼ満床ですなどと電話のやり取りが聞える。ベアは飲み物を用意。フロリアは荷物を置くとすぐさまジャンの手伝いに一番奥の2人部屋に向かう。
天使だね。お互い様よ。下着を替えなきゃならない。同室患者の見舞いの女性に一時退室を促し、車椅子の老女クーン(Margherita Schoch)に自己紹介する。クーンは病院にいることが理解出来ず戸惑っているらしい。2人は声を掛けながらクーンを起ち上がらせ、ジャンが支えている間にフロリアが手際よく下着を取り去り、身体を拭き、脚を上げてもらいオムツを履かせる。ジャンがクーンをベッドに坐らせ、寝かせる。フロリアが天井からぶら下がる手摺に絡めたブザーを示す。必要なことがあれば鳴らして下さい、1人で起き上がらないで。
フロリアがジャンとナースステーションに戻る途中、廊下をぶらつくロイ(Urs Bihler)に出会す。まだいらっしゃたんですね。会いたかったよ。すぐに伺います。
ナースステーションでベアからサラが病欠のため、看護学生と私達しかいないと告げられた。ほぼ満床ね。それでも受け入れ拒否も欠員補充もできないけど。東を担当してくれる? いつも通りね。クローディアは? 会議があるから来ないわ。看護学生のアメリー・アフシャール(Selma Jamal Aldin)が現われる。フロリアが挨拶し、東翼がベア、西翼が自分の担当だと告げ、作業を指示する。ロイさんの病理検査の結果は? フロリアがジャンに尋ねる。疑われた通り大腸癌。シュトローベル医師(Nicole Bachmann)が説明する予定だったんだけど、手術に追われてる。私が何か知ってるんじゃないかって尋ねてくるわ。ベアは学生に全く構わないの。その通り。フロリアが小声で愚痴り、ジャンから引き継ぎの報告を受ける。1号室は新患のクーンさん。便秘で介護施設から搬送された。若干の意識混濁あり。歌うのが好きらしい。通路側のコザットさん(Maja Tanner)は術後2日。自力歩行可。水分補給を促して。2号室、ビルギンさん(Eva Fredholm)は喉頭癌、骨転移。医師が午後、病状説明すると言ってる。延命治療中止の意思表示は? まだ。3号室は例のロイさん。それからシュナイダーさん(Jürg Plüss)。娘さん(Doris Schefer)がいつも付き添ってるわね。4号室は両名ともオペ。5号室はラオバーさん(Elisabeth Roll)、それからモリーナさん(Lale Yavaş)。お子さんがいるわね。去年も入院してたわ。明日カンファレンスだけど状態は芳しくない。6号室。ナナさん(Urbain Guiguemde)。腸閉塞の疑い。CTのための造影剤服用。胃管挿入拒否。あらら。個室の7号室。ゼフェリンさん(Jürg Plüss)。今朝、癌専門医が膵臓癌の告知をした。

 

スイス。ある総合病院の外科病棟。遅番勤務の看護師フロリア・リント(Leonie Benesch)がナースステーションに向かうと、サラが病欠だった。師長クローディアは会議で不在のため、看護学生アメリー・アフシャール(Selma Jamal Aldin)の補助はあるものの、東翼を同僚のベア・シュミット(Sonja Riesen)、西翼を自分でほぼ満床の25名の患者を受け持たなくてはならなくなった。ベアは早番のジャン・シャリフ(Alireza Bayram)が1号室に軽度の意識混濁が見られる新患クーン(Margherita Schoch)を受け入れるのを手伝うと、患者の状況の報告を受ける。1号室通路側のコザット(Maja Tanner)は術後2日。2号室、ビルギン(Eva Fredholm)は喉頭癌が骨転移で危険な状態だが延命治療種中止の意思表示はしていない。3号室ではロイ(Urs Bihler)がシュトローベル医師(Nicole Bachmann)の診断結果待ち。大腸癌。シュナイダー(Jürg Plüss)には娘(Doris Schefer)がいつも付き添う。4号室の両名は手術中。5号室はラオバー(Elisabeth Roll)と、明日カンファレンスが予定されている末期癌患者のモリーナ(Lale Yavaş)。6号室のナナ(Urbain Guiguemde)は腸閉塞の疑いでCT検査を受けるが胃管挿入を断固拒否。個室の7号室には膵臓癌の告知を受けたゼフェリン(Jürg Plüss)。引き継ぎ漏れがあり、6号室に胆嚢の手術を受けるオスマニ(Ridvan Murati)がやって来る。即手術だが、商用の電話で手術着に着替えるなどの指示に従わない。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

ある総合病院の外科病棟で、師長が会議で不在、同僚一人が病欠となり、26名の患者に2人の看護師と1人の看護学生で対応する状況を描く。主人公フロリアの移動を捉えるカメラワークがTPS的で、鑑賞者はフロリアとともに病棟を動き回る感覚を味わうだろう。とりわけ病棟に入ったところからしばらくは息つく暇が無い感覚に陥る。
担当患者の体調を確認して廻り、痛みを訴える場合は鎮痛剤――毒物管理のために厳重に鍵付棚に保管され、その都度出納記録が必要――を投与する。食事と摂らず低血糖になった患者に対応し、抗生物質投与が時間通りでないと訴える患者には事情を説明して納得させる。手術の予定時刻なのに指示に従わず私用の電話に時間をとる患者。手術室からは患者はまだか、あるいは手術を終えた患者の引き取りを急げとの連絡が次々と入る。巡廻、検査、処置。消毒、記録、薬品管理。着信音にナースコール。患者本人や家族の訴え。看護師には常に何かしらの要求があり、しかもその要求には少なからず患者の生命が関わり、放置すれば重大な結果を招きかねないというプレッシャーがかかる。これこそ真の「無理ゲー」だ。それでも目の前の患者のQOLのために、ロッカーに張られた患者からの感謝のカードを支えに、看護師たちは文字通り身を粉にして対応する。
原作はMadeline Calvelageのノンフィクション"Unser Beruf ist nicht das Problem: Es sind die Umstände"。「私達の職業が問題なのではない、状況だ」。
酸素ボンベを着けたまま喫煙する患者などテロリストに等しいが、患者には患者の事情がある。例えば、個室患者のゼフェリンは高い利用料を払っているのにお茶を頼んでも出てこないと苦情を訴える。フロリアの過度の激務からすれば、下らないことで看護師を扱き使う彼は人でなしと言えよう。だが致死率の高い膵臓癌の告知を受けたばかりで激しく動揺している。隔絶した個室ではフロリアら病棟の状況は見えず、しかも見舞いに訪れず者もなく孤立している(モリーナには夫(Ayhan Sahin)や子どもたち(Oliver Baer、Sofie Baer)が傍にいてくれている)。死期が迫る不安の中で放置されるのは耐え難いのだ。彼がヴィランに見えてしまうとすれば、それはやはり状況の成せる業なのである。

Leonie Benesch主演の映画『ありふれた教室[Das Lehrerzimmer]』(2022)もお薦め。