可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『艶罪の家』

映画『艶罪の家』を鑑賞しての備忘録
2025年、日本製作。
79分。
監督・脚本・編集は、山内大輔。
撮影監督は、中尾正人。
録音は、植田中。
効果・整音・音楽は、AKASAKA音効。
特殊メイクは、土肥良成と征矢杏子。
造形は、土肥良成。

 

炎天下の郊外の道を白いTシャツにデニムのショートパンツのカズミ(小林麻祐子)が一人歩いている。白い壁の一軒家に向かう。
鈴木レイミ(水端あさみ)が台所で洗い物をしていると、ドアホンが何度も鳴らされ、ドアが叩かれ、蹴り付けられる。やむを得ず応対すると、カズミが入り込んで来た。台所でカズミは庖丁を手にする。ねえ、久志と別れてよ。久志に聞いたの。奥さんと私とどっちを愛してるかって。カズミが笑う。そしたら私だって。止めて! カズミに庖丁を向けられ、レイミはフライパンで防禦する。久志のこと好きすぎて私おかしくなりそう。奥さんはどう? カズミは自らの腕を庖丁で切って見せる。レイミはカズミの狂気に狼狽える。無理よ。だって私、もう止められない。カズミは庖丁の刃先うを自らの左頬を走らせる。血が滴る庖丁を構えカズミがレイミに向かって来た。レイミは手にしたフライパンでカズミを殴り着ける。カズミは床に倒れた。フライパンには血が付着している。レイミが悲鳴を上げる。動揺するレイミは何とか119番に通報する。…あの、怪我人です。腕をナイフで切って血がたくさん出て、気を失って倒れてます…。その最中に帰宅した夫の鈴木久志(泉正太郎)が異常を察知する。いつの間にか起き上がっていたカズミがレイミに襲い掛かると、久志はカズミを羽交い締めにしてシンクに押さえ込み、カズミの手にしていた庖丁でカズミの首を斬る。血飛沫が上がり、レイミが悲鳴を上げる。
波止場に立ち海を眺めていたレイミが引き返す。農道を抜け、実家に向かう。出迎えてくれた叔母にレイミが頭を下げる。レイミちゃん、お帰り。
食卓で叔母が淹れてくれた茶を2人で飲む。いろいろ大変だったね。あんたちの結婚には私も責任感じてるんだよ。気にしないで。叔母さんに責任なんてないから。でもねえ。
父・和田重男(森羅万象)の部屋に入る。床の間には父の遺影とともに人形が置かれている。懐かしい。いつぶり? お父さんのお葬式以来。じゃあ4年か。うん。思ってたよりすごく綺麗。月に1度は掃除と空気の入れ換えしてるから。
玄関で叔母を見送る。はい、ここの鍵。レイミが叔母から鍵を渡されると、金閣寺のキーホルダーが付いていた。兄さんがとても大事にしてたの。修学旅行のお土産に買っきてもらったって。
レイミがベランダに出て蒲団を干す。帰っていく叔母がレイミに手を振る。
床の間に置かれた人形をレイミが見詰める。父が妹ミツキ(わか菜ほの)に買い与えた人形だった。
5年前。海岸でレイミが勤務先のハッピー不動産の制服姿で1人佇んでいる。タツオ(マツザキショウヘイ)がレイミを後ろから抱き締める。会いたかった。仕事中なんだけど。金貸してくれない? 3000回ハマりなんだよ。パチンコ? それで呼び出したの? レイミにしか頼めないからさ。1万円でいいんだ。絶対倍にして返すからさ。レイミが金を渡すとタツオは今日は肉食うぞと言いながらホクホク顔で立ち去る。
ホテルの一室。パチンコ勝ったの? 駄目だった。あの店絶対変確してる。どうすんの! お金返してよ。不機嫌なレイミをタツオが押し倒す。その分、カラダで返すからさ。汗をかいているからお風呂に入ってからというレイミを無視してタツオが愛撫する。

 

鈴木レイミ(水端あさみ)は、夫・鈴木久志(泉正太郎)の不倫相手カズミ(小林麻祐子)に自宅に押しかけられた上に庖丁で襲われ、やむを得ずフライパンで殴り倒す。なおも襲い掛かってきたカズミを帰宅した久志が羽交い締めにして首を斬る。久志は殺害を自供する映像をレイミに撮らせると姿を消した。レイミは父・和田重男(森羅万象)の葬儀以来4年ぶりに実家に戻る。父の部屋には人形が飾られていた。かつて妹ミツキ(わか菜ほの)に買い与えたもので、失踪したミツキの代わりに父が大切にしていたものだった。5年前、ミツキが勤務先のハッピー不動産の社長に襲われ這這の体で帰宅すると、レイミが7年間交際しているタツオ(マツザキショウヘイ)をミツキが連れ込んでいた。ミツキは悪びれることもなく、ずっと前から関係を持っていたと白状し、お姉ちゃんは鈍感だと揶揄した。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

レイミがミツキがタツオを関係を持っていたことを知った後、「スナックゆすら」のママ・愛子(ほたる)からミツキが3日間も無断欠勤していると連絡が入る。愛子はミツキが無断欠勤したことなんてなかったと心配するが、レイミはミツキは無断外泊ならしていたと意に介さず、念のためタツオの所にいないか聞いてみると答える。だがタツオはミツキと会っていなかった。タツオはレイミにやり直して欲しいと頼むが、レイミは結婚する気がないでしょと断る。レイミは結婚して家庭を持ちたいからと、叔母の紹介してくれるエリートサラリーマンとの結婚することをタツオに告げた。
レイミが海辺に佇むシーンが、パターンを違えて繰り返し描かれる。波が寄せては返すように。それは、回想シーンの中に挿まれる回想シーン、あるいは夢の場面が繰り返し挿入されるのと同じ構造である。レイミと一体化する鑑賞者は、次第に現実と夢との関係が曖昧になっていく。とりわけ、レイミがミツキとタツオとの関係を知った後に挿し挟むまれる、レイミが人形の首を鋏で切り、砂浜に穴を掘って埋めるシーンが重要である。

(以下では、全篇に言及する。)

亡き父・和田重男には双子の弟・和田和男(森羅万象)がいる。宮城県でこけし(人形)を作っていた人物である。工場が潰れた和男は地元に戻り、スナックゆかりに出入りするとともに、今はレイミが戻る実家に姿を見せる。レイミは(そしてミツキも)風呂を覗かれた過去があり、叔父を嫌っている。実際、和男は実家に侵入し、レイミとタツオとの情交を覗き見る。窃視(=見る)と結び付けられた和男は、重男と双子という点で鏡である。姓と名で「和」=「和」、「田」=「田(男)」と繰り返されるのが、鏡の性格を割り当てられていることの証左だ。
タツオはミツキとの行為の最中、レイミと同じ行為を悦ぶんだなと言う。双子ではないが妹ミツキもまた姉レイミの鏡なのだ。「ミ」ツキとレイ「ミ」。何より、ツキ(月)は鏡の象徴である。レイに零を当て、満月と0との類比を見ることもできよう。寄せては返す波もまた月と関係していることは言うまでもない。
レイミは父が妹と看做していた人形の首を斬り、砂浜に穴を掘って埋める。レイミが人形の首を斬るのは、交際相手を寝取っていた妹を擬似的に殺害する儀式である(さらにレイミは砂に埋め、線香を立て、手を合わせるだろう)。冒頭、レイミがカズミをフライパンで殴り付け、久志によって首が斬られるシーンは、レイミが首を斬る行為の予兆であった。ミツキの失踪によりミツキが消える(≒「死」)結果を招来する。
ここで、ミツキがレイミの鏡像であることを思うべきである。ミツキの「死」はレイミ自らを葬ることである。レイミは地元で7年間も交際していた腐れ縁の遊び人・タツオを妹との浮気をきっかけに捨て、叔母に紹介されたエリート会社員・久志と結婚する。しかし、レイミが家庭を持つことは幸せには繋がらなかった。台所で洗い物をするレイミは籠の鳥となり、開放的な海辺で生活してきたレイミにとって行き詰まるものであった。レイミの憧れた婚生活は「久」しい「死(志)」に他ならなかったのだ。おそらくはタツオが与えてくれていた性的な欲求の充足も得られなかったであろう。ミツキを象徴する人形を葬ることは、人形=ミツキの鏡像たるレイミの結婚生活を葬ることでもあったのである。レイミは自らを殺害することにより再生する。ならば、レイミの鏡像であるミツキもまた、復活を遂げるだろう。
タツオが振った環奈(塩見彩)に刺され、防ごうと翳した掌に穴が穿たれる。その穴越しにミツキの姿が見えるマジックリアリズム的描写もまた、現実と夢との交錯を上書きする。穴はタツオにとってレイミの喪失であり、タツオの現状に風穴を開ける効果をもたらす。砂浜の穴(≒墓)によって過去を清算したレイミにとっては、未来へのヴィジョンとなるだろう。タツオの言うとおり、レイミは生きていて、いつでも帰って来るだろう。レイミのミツキ「殺害」は「冤罪」なのである。

水端あさみが人目を引く容姿でありながら地味なレイミ役を好演(眼鏡も似合う)。ふんだんな性描写で魅せるのはもとより、佇む姿も画になる。台所に立っていたら……。姉と異なる性格の妹ミツキ役のわか菜ほのも良いキャスティング。マツザキショウヘイの、だらしない人物でありながら女性を引き付ける憎めない色男ぶりにも説得力があった。