可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『フェザーズ その家に巣食うもの』

映画『フェザーズ その家に巣食うもの』を鑑賞しての備忘録
2025年、イギリス製作。
98分。
監督・脚本は、ディラン・サザーン[Dylan Southern]。
原作は、マックス・ポーター[Max Porter]の小説『悲しみは羽根をまとって[Grief Is the Thing with Feathers]』。
撮影は、ベン・フォーデスマン[Ben Fordesman]。
美術は、スージー・デイビス[Suzie Davies]。
衣装は、ソフィー・オニール[Sophie O'Neill]。
編集は、ジョージ・クラッグ[George Cragg]。
音楽は、ゼベディー・バドワース[Zebedee Budworth]。
原題は、"The Thing with Feathers"。

 

賛美歌が流れる。教会の鐘が鳴る。鴉の鳴声と羽音。
リヴィングルーム。喪服を着た3人。カウチで弟(Henry Boxall)が眠る。兄(Richard Boxall)はテーブルに向かいミニカーで遊んでいる。腹は減ってないか? 父親(Benedict Cumberbatch)が尋ねる。大丈夫。本当か? 兄は頷く。2人ともよくやった。
父親が弟を抱いて階上に向かう。兄が続く。
父親が弟を着替えさせ、担ぎ上げてベッドに寝せる。兄もベッドに入る。お休み。本当だっただろ。ママについてみんなが言ってたことは全部本当だ。素晴らしい母親だったんだ。絶対に忘れないようにしなきゃな。
父親がリヴィングに座り息を吐く。声を殺して泣く。窓辺に鴉が飛んでくる。鳴く。
朝。キッチンのテーブルで兄弟が椅子を取り合う。父親はパンをトースターに入れ、シリアルを子供たちに選ばせる。ライスクリスピーか。棚から皿を探して見つけ出す。牛乳は? 牛乳は? 冷蔵庫を開けると牛乳は切らしていた。ママの豆乳がある。まずいもん。分かってるさ、だがそれしかないんだ。食器を叩く子供。トーストは焦してしまう。慌ててシンクで焦げた部分を削ぎ落とすが、パンはバラバラに。流していた音楽を止める。父親は何とか気を落ち着かせようとする。
3人が歯を磨く。本当に今日から登校するつもりか? 無理しなくていいんだ。
上着はどれだ? 体操着はどこ? 兄が尋ねる。さあ。参ったな、遅刻だ。父親は洗濯籠を持って来て洗い物を廊下に出し息子に探してもらう。汚れたまま来てくれ。行こう。3人が出て行くと、窓辺に鴉が留まる。
3人は生徒たちで賑やかな学校に到着。父親は弟を教室まで連れて行く。大丈夫だと送り出すと、先生(Nandi Bhebhe)も通ってくれて嬉しいわと声をかける。ご心配なく、お任せ下さい。先生に言われて父親が出て行く。
キッチンで電話する父親。…そうじゃない、自分のことで電話しているんじゃない。その件ならさっきもう担当者に伝えた。ドアベルが鳴る。弟のポール(Sam Spruell)がやって来た。…保留にするな、じゃあ誰に話せって言うんだっ! ポールが兄から電話を取り上げ、申し訳ないが後ほど折り返しますと言って切る。僕がやるよ。

 

絵本作家の父親(Benedict Cumberbatch)は、妻(Claire Cartwright)を突然失い、未だ小学生の上の息子(Richard Boxall)と下の息子(Henry Boxall)とともに取り残された。悲しみに浸ることもできず平常心を装い子供たちの面倒を看るが、落ち着かない子供たちと家事とに翻弄される。子供たちは葬儀翌日から進んで学校に通う。心配する弟ポール(Sam Spruell)が様子を伺いに来る。代わりに子供を迎えに行こうかとの提案されるが、普段通りがいいと断る。ところが見知らぬ保護者(Jessie Cave)から子供たちの前でお悔やみを言われてしまう。出版社のアンディ(Tim Plester)に従前通りの締切りで制作を進めることを伝え、鴉をモティーフとした絵本に取り組む。酒量の増える父親は鴉の声(David Thewlis)が聞え始める。息子も鴉の悪夢を見る。さらに父親の目の前に飛んで来た巨大な鴉(Eric Lampaert)が詰りながら激しい暴行を父親に加える。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

突然に妻を失い、2人の生すことともに取り残された父親の悲憤が人間ほどのサイズの鴉に具現化する、マジックリアリズム的作品。
恋人を失った人物の元に鴉がやって来る、エドガー・アラン・ポー[Edgar Allan Poe]の詩『大鴉[The Raven]』を連想せずにいられない(但し、本作に登場する鴉は"raven"ではなく"crow"である)。鴉が繰り返し上げる鳴声は、鴉に襲われる人物が喪失した相手に対する執着を象徴する。
父親は鉛筆を走らせ、鴉を描く。描きながら、父親は思わず鴉の鳴声をのような奇声を発し、手を異様に動かす。鴉を描くとは鴉になることである。悪魔のような鴉が外から飛来するが、実際は父親自身が生み出したものである。故に鴉の怪物から逃れることはできない。例えばスーパーマーケットで買い物しているときでも不意を突かれることになる。子供たちもまた母の死後、父親が別人になったと感じる。その姿はまた鴉の怪物である。
エウリュディケを会いに冥府下りするオルペウスとは逆に、父親たちの元に母親が帰って来る。母親が帰って来ると思ううちは、鴉の存在を受容できておらず、鴉の存在は却って確固たるものとなる。だが逆に鴉を積極的に受け入れようとするとき、天邪鬼な鴉は遠ざかっていくだろう。鴉は悼惜である。