可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『黄金泥棒』

映画『黄金泥棒』を鑑賞しての備忘録
2026年、日本製作。
112分。
監督・脚本。編集は、萱野孝幸。
撮影は、宗大介。
照明は、平江広大。
録音は、地福聖二。
音響効果は、前田紗佳。
スタイリストは、袴田知世枝。
ヘアメイクは、西野黎。
音楽は、松下雅史。

 

福岡市内の百貨店。催事場でSGC社主催の「大黄金展」が行われている。SGC社の社員・金城光輝(森崎ウィン)が応接スペースで客と卓を囲み、霰文を施した金の湯飲みの茶を勧める。金の採掘総量をご存じですか? 年間ですか? 人類の誕生から現在までです。見当がつかないな。プール5.5杯分です。たったの? どうぞ冷める前に。客が湯飲みを手にする。18金ですか? 純金です。純金は柔らかいので強度を高めるために凹凸の加工を施してあります。金工芸は日本の宝ですよ。
「大黄金展」の会場。壁際の台や棚に金工品が並ぶ。段ボール箱を載せたカートで引く高齢男性(五頭岳夫)が妻とととも会場を訪れ、お鈴の前に立つ。下さい。彼が近くにいたSGC社員・土岡瞳(石川恋)に声をかける。こちらのお品ですか? 土岡が老人に金額を確認すると、彼は段ボール箱を開けて見せる。中にはヨレヨレの1万円札でいっぱいだった。少々お待ち下さい。
スタッフ総出で紙幣を数える。応接スペースで待つ老夫婦に金城が費用は持ちますからレストランで食事でもと勧めると、妻が弁当を持って来たのでと断って食事を始める。ちょっといいですか。土岡が金城に声をかける。後にしてくれと言うが、お鈴が無くなっていますと言われ、唖然とする。
藤根美香子(田中麗奈)が授賞式に招かれ舞台上でスポットライトを浴びながらスピーチをする。…私にしかできないことって何でしょうって、小さい頃からずっと考えてきました。1回限りの人生ですから社会に貢献できることをしたいと。…質問は何でしたっけ? 人生最高の瞬間についてです。夫と結婚して、2人で…何かあったかな? 思い悩む美香子。
美香子が目を覚ます。夕食の準備を終えて、カウチでテレビを見ながらいつの間にか眠っていた。夕方の情報番組では街行く人に人生最高の瞬間を尋ねていた。二十歳になった息子と酒を飲み交わしたことだと答える年配の男性。部長に昇進できたと言う若い女性。美香子が火にかけた鍋を思い出す。キッチンに向かうとシチューは焦げていた。ちょうど情報番組がデパ地下グルメに話題が切り替わった。
美香子がデパ地下で惣菜を買い込む。これ使えますか? 確認します。美香子が差し出した商品券を店員が受け取る。そのとき老夫婦が美香子の後ろを通り過ぎる。老人のカートが足に当たり、美香子は痛みにしゃがみ込む。老人が落としていった紙を拡げると「大黄金展」のチラシだった。
ショルダーバッグと地下の食品売り場で買った惣菜を入れたエコバッグを抱えた美香子が大黄金展を覗く。お鈴の前に来たとき、金城から良かったら鳴らしてみてくださいと言われる。美香子が鈴棒でお鈴を軽く叩く。チーンという音が響き、途切れない。鳴り止まないですね。振り返ると金城の姿は無かった。
美香子が帰宅する。リヴィングのテーブルにショルダーバッグを置き、キッチンで冷蔵庫に惣菜を入れる。序でに金のお鈴も取り出し冷蔵庫へ。
ただいま。商社勤務の夫・藤根路範(阿諏訪泰義)が帰宅する。お帰りなさい。何か焦げ臭くない? シチューを焦してしまって。シチューって焦げるんだね。
美香子が路範とともにデパ地下で買った惣菜の並ぶ食卓を囲む。お豆腐もあるけど、食べる? どっちでもいいかな。テレビでサッカー観戦をしている路範は上の空。お豆腐、出したら食べる? そうね、まあ、どっちでもいいかな。
美香子がカウチに坐りコーンフレークを食べていると、テレビのニュースが目に留まった。5月23日金曜日午後5時頃、福岡市内の百貨店で開催中の「大黄金展」で盗難がありました。盗まれたのは金のお鈴で…。モザイクはかかっていたものの防犯カメラ映像には美香子がお鈴を盗む様子がはっきり映っていた。
動顚する美香子は七輪を取り出し網を敷くと金のお鈴を載せ、ガスバーナーで溶かそうとする。だがお鈴には穴が開くのがせいぜいだった。夫が起きて来る。おはよう。なんか暑くない? バーベキュー。朝飯で? せめて外でやろうよ。

 

藤根美香子(田中麗奈)は昭和54年、福岡市で公務員の父と専業主婦の母との間に生まれた。26歳までの結婚を条件に地元の大学に進学。大学生の美香子(朝日奈まお)はミレニアムを祝うパーティで知り合った大学生・藤根路範(西谷星七)と交際。路範が九州国際商事に就職すると結婚して家庭に入る。子供はなく定職にも就いていないため、美香子は週に1度義母の藤根有恵(宮崎美子)を訪ねる他は、ほぼ家で過ごしている。2025年5月23日。夕食のシチューを焦した美香子は百貨店で惣菜を買うことに。たまたま目にしたチラシで催事場の「大黄金展」に足を運んで魔が差し、金のお鈴を盗んでしまう。テレビのニュースで自らの犯行の防犯カメラ映像を目にした美香子は、動顚してガスバーナーで盗品を溶かそうとして失敗。夫・藤根路範(阿諏訪泰義)の説得で出頭し、大黄金展を主催する株式会社SGCの銀座本社に夫とともに出向いて陳謝。6月2日にSGC社の金城光輝(森崎ウィン)と土岡瞳(石川恋)とが示談書交付のために藤根家を訪れた。美香子は金城から出張に同行して欲しいと求められる。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

コメディを基調としたクライムサスペンスの形式で就職氷河期世代の地方女子を描く。
美香子はバリバリ働いて社会に貢献したいという気持ちを抱えて来た。だが地方公務員の父親と専業主婦の母親は、娘の幸せは結婚することと信じて疑わない。平成不況下の就職氷河期とも重なり、大学時代から交際する路範と結婚、専業主婦となった。
就職氷河期に商社マンとなった路範は優秀で収入は安定しており、子供もないため、美香子は不自由のない暮らしをしている。もっともおっとりした路範との生活は単調で、美香子は籠の鳥となっている。金のお鈴を衝動的に盗んでしまったのは、更年期に差し掛かり、このまま年老いていくのかという不安が美香子に襲われていたからだろう。お鈴をガスバーナーに穴を開けるのは、単調な生活に風穴を開けるメタファーである。
美香子は金城の差し金で日吉安大(岩谷健司)の性交渉の相手を務めるよう差し出される。日吉は、美香子の犯罪の再現ドラマで美香子役を演じた女優を求めていたが、金城が勘違いして本人を連れて行ってしまった。日吉は美香子を気に入り、最近入手した秀吉の黄金茶碗のプライヴェートの展示会に美香子を誘う。美香子は黄金茶碗を入手することを企て、土屋と不倫していた路範を計画に抱き込む。
美香子は行動的で、路範の持つ知識を活用しながら土屋に金城のPCを盗ませ、展示会会場の地図や黄金茶碗の3Dデータを入手する。なおかつ展示会会場の立体模型を作り、3Dプリンタを用いて黄金茶碗の模造品を制作する。実は美佐子には建築家やエンジニアの素質があったのである。なおかつプロジェクトを率いるリーダーとしての資質も備えていたのだ。だがおそらくは女性は理系には向かない、家庭に入るのが幸せだという偏見に凝り固まった人々に囲まれて育ったために、その能力を活かす機会を得られなかったのである。まさに「地方女子は東大を目指さない」環境である(現在ではこうした県境を改善するため、#YourChoiceProjectのような進学支援組織が存在する)。廻り道をした美香子だったが、最終的には自らの理想を叶えることになるだろう。

美香子の周囲とのズレたやり取りに何とも言えない味わいがある。優秀なのにどこか間の抜けた路範とは確かにお似合いの夫婦である。
日吉の愛人・ルナ月浦を演じた中村祐美子がプロデューサーやキャスティングなども務めている。彼女がヒロインを務める萱野孝幸監督の映画『夜を越える旅』(2021)も是非(同作の監督・ヒロインの作品であったのが『黄金泥棒』鑑賞のきっかけである)。
田中麗奈の出演作としては、映画『ナイトフラワー』(1925)や映画『福田村事件』(1923)をお薦めしたい。
地方女子を描いた近時の快作に映画『万事快調 オール・グリーンズ』(2026)。よりシリアスなものとしては、映画『あのこは貴族』(2021)。