展覧会『無人島プロダクション20周年記念展 ダウン・タイムス part 1. きず』を鑑賞しての備忘録
無人島プロダクションにて、2026年5月2日~6月7日。
無人島プロダクション設立20年記念し、成相肇のキュレーションで催される3部構成の展覧会。第1部は「きず Scratch」を冠して、風間サチコの炭坑夫を主題とした木版画、小泉明郎の空襲を主題とした爆撃映像、荒木悠の身体に対する侵襲を主題とした映像が取り上げられる。
風間サチコの木板画は、戦後最悪の炭坑事故とされる三井三池三川炭鉱炭塵爆発事故を核に炭鉱業における搾取構造を主題とした作品が選ばれている。《冥土 IN 炭坑節》(594mm×420mm)では、煙突から流れ出る大量の煤煙のせいで世界は暗黒となり、月までも黒い。提灯が飾り付けられた竪坑櫓の天辺で骸骨が太鼓を叩く中、囚人、朝鮮人らが踊らされる。鬼火となっても三途の川を渡れず、永遠に暗黒の地下世界で踊り続ける。一種の「死の舞踏」ではあるが、死をもってしても格差が解消されることはない。《父帰る》(594mm×420mm)では、坑道内の軌道を走る山積みのトロッコが走る。奥から発される光は出口ではない。粉塵の爆発による閃光だ。トロッコが運ぶのは黒いダイヤではない。炭化した炭坑夫の頭部である。トロッコの板の節目は眼球となっている。鑑賞者に向けられる地下世界からの眼差し。《火になる日》(910mm×606mm)には焔を上げる炭坑夫の頭部が2つ落下する様が描かれる。あめがふっても黒助、どんどん。日が照っても、黒助どんどん。どんなに気のいい炭坑夫でさえも烈火の如く怒る。三井三池三川炭鉱炭塵爆発事故。《闇に往く》(606mm×910mm)は、手前に立ち並ぶ坑夫社宅、左奥に煤煙を上げる煙突群と竪坑櫓、右奥にボタ山を臨む。上空左端には月ではなく黒い穴が浮かぶ。そのブラックホールにゲートルを捲いた足が列を成す。彼らは音もなく吸い込まれていく。時とともに炭坑の歴史は忘却されていく。だが福島第一原子力発電所事故、さらに近時の中東情勢により、石炭火力に対する依存は再び増加する。石炭回帰は、国内炭鉱業の黒歴史もまた蘇らせる契機となる。家長制の亡霊として虎柄のガウンを描く《虎の衣》(1800mm×930)には、歴史の忘却を許さない作家の姿勢が憑依しているように見える。
小泉明郎の《ICHITARO #2》(965mm×1200mm)は、作家の父親が脚榻に登って天井に描いたB29爆撃機を自ら見上げる姿を捉えた写真。《Mnemonic (Father)》(6m20s)は、父親が天井にB29爆撃機を鉛筆で描く過程を捉えた映像作品で、天井に投映される。鉛筆が天井を擦り、叩く音が爆撃(機)の轟音を連想させる。会場は東京大空襲における最初の爆撃目標であった深川区に位置する。まさに見上げれば、B29爆撃機の機影があったのである。
したがってハンブルクやドレスデンでも、東京や広島、長崎でも、第二次大戦時の空漠で大量殺戮された路上の死者たちの亡霊は、いまだにこれらの都市に漂い続けているわけである。第一次世界大戦の中で端緒が開かれ、第二次世界大戦んでは巨大な規模に膨れ上がり、朝鮮戦争やベトナム戦争、湾岸戦争やユーゴ紛争、イラク戦争へと継続していった空爆史は、それらの空漠によって殺戮されていった膨大な人々の屍を、今なお下敷きにしている。それらの無数の屍は、なぜこれほどまでに大規模かつ長期にわたり
増殖し続けなければならなかったのか? 彼らの亡霊が、歴史の中に蘇って語り始めるような瞬間を、私たちはどのようにすれば想像することができるのか?(略)
偵察機や爆撃機の「上空からの眼差し」に対し、業火の東京の路上で石川光陽ら写真家たちが残した写真イメージは、こうした問いに対する手がかりの1つである。戦争末期、はるか上空から容赦なく投下された焼夷弾により、人々はただ焼き殺された。その意味を徹底的に剥奪され大量の死を、私たちはまず上空からではなく、路上から眼差し直さなくてはならない。(略)つまり、ここでいう「上空からの眼差し」は、決してパイロットが1人で地上を注視するというような、個別的な視覚経験を指すのではない。むしろそれは、フーコー的な意味でのパノプティコンをさらに超えて膨張する複雑死組織された視覚=攻撃システムの一部だったのである。ハンブルク空爆であれ、東京空爆であれ、大量死をもたらしたこれらの残忍な殺戮は、決して蛮行なのではなく、むしろ高度に計算され、組織された仕方で作動していく科学的実践であった。(吉見俊哉『栗ティーク社会学 空爆論―メディアと戦争』岩波書店/2022/p.77-78)
風間サチコが坑道=黄泉から地上=現世を眼差すなら、小泉明郎は地上から上空を眼差す。
(略)どれほど衛星が地球全体を見渡し、サイバー空間と結合した偵察機からの視界が人々の日常を覆っても、その眼差された人々は、おそらく今後も、地球上のどこか局所、地上の町や村で暮らし続け、自分たちの土地に愛着を持ち続ける。人々の日々の生活やコミュニティから国家までの組織が丸ごと地球の周回軌道と一体化した仮想空間に蒸発することはないはずだ。そしてその人々は、自分の村や町を見放すことはないし、自国のナショナリズムも手放さないだろう。ローカリズムやナショナリズムが、衛星軌道やサイバー空間の高みに雲散霧消することはないはずだ。(吉見俊哉『栗ティーク社会学 空爆論―メディアと戦争』岩波書店/2022/p.211-212)
小泉明郎の《目覚めよ》(2120mm×1080mm×1420mm)は、行き倒れた人物や這うような人物の下半身、投げ飛ばされたような人物の下半身、4本の腕などがエンジンらしき機械部品の周囲に組み合わされた作品である。焼夷弾に焼かれ炭化した遺体が息を吹き返したように見える。
AIにできないこと、人間でないとできないことは何かという問いはあちこちで定期されていて、最後は身体性だということになりますよね。私がいつも言うのは、AIは死ねない。死について語れるけど死ねない。愛について語れるけど愛せない。痛みについて語れても痛みは感じない。身体がある二元だからこそできるのは、病むことや傷つくことであり、その究極が死です。つまる死すべき存在としての傷つきやつさ、ヴァルネラビリティこそが、AIにはない人間固有の権利であって、その価値をマイナスからプラスに逆転させてみる必要があるんじゃないかと考えたりします。(石井洋二郎・國分功一郎「対談『咬んだり刺したりするような』」『図書』第930号/岩波書店/2026/p.17〔石井洋二郎発言〕)
荒木悠の《音の記憶》(14m00s)は、画鋲、クリップ、テープ、ネットなど様々なものに触れる手を写し出した映像に、痛みに纏わるエピソードを独白するテロップが重ねられる。喧嘩や家庭内暴力についての語りが含まれる。荒木作品の家庭から、風間作品の社会・国家、小泉作品の国際の枠組みへと規模を拡大しつつ、暴力や権力の非対称性が炙り出される構成となる。《BLUE FILM》(25m00s)は2部構成の映像作品で、第1部では、ハイチのアーティストが繰り返し見る夢に登場する人物を自らのオーメンとして描き起こしたイメージについてインタヴューに答える(第2部では、彫師がアーティストの腕に実際にタトゥーを入れる作業の様子が青に変調して映し出される)。そのオーメンとなる人物は黒い肌の男である。風間作品の粉塵で真っ黒くなった炭坑夫、小泉作品の(描かれている訳ではないがその存在を想起される)空漠により炭化した遺体。黒い人物の姿が3人の作家の作品に共通して登場する。傷つくことのできる、身体が、在る。
『暇と退屈の倫理学』増補版の「あとがき」で書いたことなんですけれど、人間は本性を持っているにも拘わらずそれだけで人間の行動を説明できないのは、人間が生まれると必ず様々な傷を受けるからではないか。なぜ、ルソーの「自然人」のように気ままに、共同体も作らずにぶらぶらと生きられないのか。もし何の傷も受けていないツルツルの人間がいたら、ルソーの自然人みたいに生きるかもしれないけど、現実的にはありえない。ヒューマンネイチャー(人間の本性)ではなくヒューマンフェイト(人間の不運名)として、必ず傷を受ける。私は人が何らかのショックや刺激を求めてしまうことの根幹には、生まれ出た人間が必ず受ける傷、しかもその人なりの仕方で受ける無数の傷があると思っているんです。その傷が痛むと、もっと強い傷を求めるのかもしれない。同じような傷をもつ人を求めるかもしれない。そうとはしらずに傷への説明を求めてしまうかもしれない。カフカの言う頭蓋の上から殴られるような強い衝撃をなぜ人が求めるのかと言えば、それがなければ生きていけない人間がいるからであり、その人なりの傷があるからではないか。これは 『暇と退屈の倫理学』の冒頭で言及したパスカルの話、「人間は部屋でじっとしていられたら幸せなのに、わざわざ戦争に行ったりする」という話や、現代の科学でしばしば論じられる「ダークルーム・プロブレム」(刺激がない状態が最も望ましいのならば、なぜ人は暗い部屋に閉じこもっていないのか)への説明にもなるのではと思っています。とはいえ、自分の抱える傷と一緒に生きていくための術が、戦争じゃなくて、本から得られたらいいなと思いますね。(石井洋二郎・國分功一郎「対談『咬んだり刺したりするような』」『図書』第930号/岩波書店/2026/p.22〔國分功一郎発言〕)
美術もまた、「自分の抱える傷と一緒に生きていくための術」であろう。
戦争は私たちの身体を暴力的に物や画像に還元し、洗脳やプロパガンダは私たちの身体を従順な機械にします。人種差別は他者の身体を無関心な物に変換し、AIは私たちの身体をデータやパターンに矮小化します。私たちは歴史を通して自らの生にとって大切な何かを、利便性や進歩の返礼として、神に捧げ続けてきたのでしょう。合理的な近代とはこの壮大な儀式の別名なのかも知れません。戦争もその供犠の一部なのかも知れません。抽象芸術こそ、この儀式を装飾する宗教芸術なのかも知れません。
これらの大きな力に対抗する挑戦は、商品や物や画像やパターンに還元されてはならない、私たちの生の本質を取り戻すことにあります。それらは明確な形をもたないがゆえに、進歩から排除される運命にあります。しかしアートとは、形なきものに形を与える営みです。
物に帰されてしまった身体の中で、いかに豊かなる生命の空間を取り戻すことができるのか、これが私の大きな挑戦だと考えています。(小泉明郎「祭壇」より)