展覧会『未来都市の後で―阿頼耶識とデミウルゴス』を鑑賞しての備忘録
東京藝術大学大学美術館・陳列館2階にて、2026年5月29日~6月7日。
2025年、未来の都市像を提案した日本国際博覧会閉幕直後に、建築家・藤村龍至のキュレーションによりWHITE HOUSEで開催された「未来都市は荒屋敷」展の後継企画。磯崎新の都市論における、情報技術とネットワークにより自生的な秩序を可能とする「超都市」を阿頼耶識に重ね合せ、都市批評を通じて未来社会を展望する試み。陳列館1階で開催される、同じく藤村龍至のキュレーションによる建築展『Architecture as Ecopolitics―地政学的リアリズムに基づく設計思想の再編』と併催。
振り返ってみれば、20世紀の初頭に「大都市」が官僚主義的な「都市」の不自由から人々を解放しようとしたように、21世紀には「超都市」もまた「大都市」の不自由から人々を解放するはずであった。すなわち組織に縛られない個人の群れが、互いの価値と自由を認めて分散しつつ共存し、つながることも独立することもでき、中央集権に拠らない自生的な秩序を構成する、新しいユートピアのイメージが語られたのは、わが国ではインターネットが整備される1995年以後のことであった。
ところが今日、2020年前後のコロナ禍を経て立ち現われつつある新たな世界の体制は、個人が自由を求めて格差を拡大させ、嫉妬が渦巻き、SNSで繋がった匿名の個人から罵詈雑言が飛び交い、政治は凶暴化し、大国が小国を威嚇するために武力を行使することが常態化するという、かつて私たちが夢見た「超都市」とはかけ離れたものになってしまった。
「阿頼耶識」は本来、仏教思想において個人の意識を超えて蓄積される世界の深層記憶を指すが、「超都市」の技術的な基盤となる巨大なデータセンターのネットワークを想起させる。一方「デミウルゴス」とは、プラトン哲学において世界に秩序を与える制作主体の名であるが、大量のデータをもちいて「超都市」に新たな秩序を設計しようとする今日のアーキテクトの姿を重ねることもできるだろう。(藤村龍至による本展ステートメントより)
GROUP《夢洲の庭》は、ビオトープや渡り鳥のハブとして機能していた埋立地を潰して開催された2025年の日本国際博覧会において、トイレの中に人の入れない「サンクチュアリ」を設えたプロジェクトの記録。規模こそ小さいものの博覧会の内破という点では1970年の日本万国博覧会における太陽の塔に通じるものがある。
百頭たけし《無題》は、木々を圧倒する太陽光パネルの列、スクラップの山の上を渡る送電線、映画『犬ヶ島[Isle of Dogs]』(2018)を彷彿とさせる野犬たちとガントリークレーン、廃棄物に埋もれるコンテナ、不揃いの木材や梯子による柱に壁を設けた砦などを撮影した5点の組写真。譬えるなら都市の肛門から噴出した排泄物であり、都市の陰画である。
FDL+RWD《形式としての墓―東京メディウムタワー》は東京タワーを納骨・火葬・遺品ギャラリーなどの墓としてリノヴェーションする計画。塔の下に墓坑とも言うべき空間を掘鑿し、生者の世界=メトロポリスにより周縁へ追いやられた死者の記憶=ネクロポリスを中心へと回帰させる(東京タワーの至近距離に芝丸山古墳が現在する)。塔=男性の権力を墓坑=女性により頡頏させる企てでもある。
水野岳留《超卒塔婆―西浦町での実践》は、版築による五輪塔(板塔婆=卒塔婆は元来ストゥーパ=塔である)の建立記録。供養の対象となる人物に縁の場所から採取した土を突き固めただけの塔は短時間で倒壊し、文字通り再び土地に還る。地質学的スケールの導入により、都市計画にも剛体の存在論から流体の存在論への柔軟な転換が必要である。なお、併催の建築展では、建設用3Dプリンターを用いて、土による峡谷のような構造のトイレ(浜田晶則《Gorge/山の峡谷 トイレ4》)が紹介されている。
丸山翔悠+水野岳留《Re:20260215》は空地の地面を掘って共有空間を作った《空地集合計画》の記録映像と、その際に出来た窪みを再構成する143枚の土囊袋を円状に繋ぎ合わせた穴とで構成される。この作品もまた土による、土に還る建築である。中身を吐き出した土囊袋による穴というのも興味深い。
梅沢和木《天からふりそそぐものが世界をfull》は様々な画像の断片を壁面に藤棚のように貼り付けた作品。垂れ下がるイメージは、アニメーション映画『天気の子』(2019)で東京を水没させた雨にも比せられる。異常気象による豪雨であれば、土囊で水の侵入を防ぐのではなく、都市をダム機能を有する森に変換すべきである。情報の洪水であれば、いかに対処すべきか。
布施琳太郎《いたいから/Because Itai》は、痛い、ここに居たい、遺体を見付けたいなどの音声を発するスピーカーを取り付けた半透明のアクリル板を枕に載せて立たせ、プロジェクターにより音声の英訳を投映した作品。正岡子規の『病床六尺』に因むという。かつて病に伏したまま世界を眺めようとしていた子規の欲望は通信技術により叶えられた。誰もが寝台から世界を眺められるようになったのである。ここはどこでもあり得る結果、どこでもなくなってしまう。手にした端末からあふれ出る情報に呑み込まれ身体は流された。ここに居たい。遺体を見付けたい。
アーラヤ識は、人間の心と人間の身体をもった人間としての「私」を、人間という種族が属する「世界」に生み落とす。餓鬼の心と餓鬼の身体をもった餓鬼としての「私」を、餓鬼という種族が属する「世界」に生み落とす。アーラヤ識は身体とその身体が生きる環境をともに生み出しているのだ。アーラヤ識の生起と「私」の生起、「世界」の生起は同時であり、アーラヤ識の消滅と「私」の消滅、「世界」の消滅は同時である。アーラヤ識は断続しつつ連続し、「私」もまた断続しつつ連続し、「世界」もまた断続しつつ連続する。アーラヤ識は多種多様な「私」と多種多様な「世界」を刹那ごとに生み出し、刹那ごとに滅し去る。「私」と「世界」を生成させては消滅させるアーラヤ識の荒れ狂う流れ、「暴流」は、始めもなく終わりもなく、ただ流れ続けていく。アーラヤ識は自らの同一性を粉々に打ち砕きながら、新たな差異性として回帰し続ける。その度ごとに、「私」の同一性も「世界」の同一性も宇粉々に打ち砕かれ、新たな差異性として回帰し続ける。確固たる「私」、同一性をもった「私」はもはや存在できず、括弧たる「世界」(「法」)、同一性をもった「世界」(「法」)もまた、もはや存在できない。「我空」にして「法空」の世界があるとしたならば、「世界」(「三界」)のすべてがただ「識」の働き、ただ「心」のはたらきによって生み出された世界があるとしたならば、ただ差異性だけが回帰する永遠回帰があるとしたならば、無我にして無常の世界が成り立つとしたならば、唯識が主張する、このような異様な世界となるであろう。われわれの常識もまた粉々に砕け散る。それが大乗仏教の論理、唯識として貫徹された論理、一種の狂的な論理の正体である。(安藤礼二『空海』講談社/2025/p.150-151)
名もなき実昌《Re: 廃墟となった画像の蓑虫_(┐「ε:)_》は、磯崎新のコラージュ《ふたたび廃墟になったヒロシマ》に漫画のキャラクターの顔(目)や芋虫、など様々なイメージを重ねた作品。山田紗子が日本国際博覧会の《休憩所3》を設計するに辺り、コンテクストの稀薄な土地に対するアプローチを研究したのとパラレルである。居磯崎新が言うところの「〝構築〟する意志」の無人称的主体たるデミウルゴスの姿とも解し得る。
デミウルゴスとは建築的エクリチュールを駆動する欲動、すなわち「〝構築〟する意志」の無人称的主体のアレゴリーである、と磯崎は言う。だが、デミウルゴスおよび《建築》とは、人称的な「建築家」を延命させるための装置、ひとつの虚構に過ぎないようにも思える。いや、事後的に生み出される《建築》を担保することで、生身の建築家にはつねにテンタティヴな構築しかできぬことを事前に正当化するための隠れ蓑が、デミウルゴスという、別なる《建築家》なのかもしれぬ。「さりながら死ぬのはいつも他人なり」(瀧口修造訳)というデュシャンの墓碑銘をもじれば、「さりながら建てるのはいつも他人なり」――デミウルゴスとはそんな他者なのだ。
では、磯崎のような人称をもつ建築家はそこでいったいどんな役割を演じていることになるのか。磯崎がデミウルゴス論と併行して「他者としての建築家」を問わねばならなかった内的必然性はここにある。サイトをめぐって磯崎が、土地神との対話や視覚的デザインへの翻訳を語ることなどに表われているように、人称的建築家とはデミウルゴスを作動させるメディウム(媒体)〔霊媒〕のような存在なのかもしれぬ。そのとき、磯崎にとっての本質的な問題は、「建築家」という社会的制度への同一化ではなく、デミウルゴスという無人称的主体を迎え入れるメディウムと化す術だったのではないか。(田中純『磯崎新論』講談社/2024/p.464-465)