展覧会『木浦奈津子「ここからみてる」』を鑑賞しての備忘録
ARTDYNEにて、2026年5月16日~6月7日。
海岸、公園、山容を人物のシルエットとともに筆数を抑え半ば抽象的に描き出す木浦奈津子の個展。
《うみ》(1167mm×910mm)は、秋の砂浜の景観。茅か薄か、丈の低い枯れた草の蔓延る中を、人が通ることでできた海辺への道が開けている。下った先に蹲る人物が灰色の影として表わされる。そこから登りとなる。山吹色を呈する丘陵は右へと緩やかに傾斜しつつ奥へ連なる。右奥には白んだ海面が覗き、対岸の岬のシルエットが白い空にぼんやりと浮かぶ。前景の枯草を表わす黄土色の荒々しい線は海風に吹きさらされる様を、滑らかなクリーム色による足元を滑らせる砂地とは対照的に表わす。中景の茶色や山吹色は穏やかな秋の陽射しに照り映える枯草を鮮やかに描き出し、白色の中に青い影となってぼんやりと姿を見せる岬と好対照である。砂浜に出来た道から人影へ、そこから光を浴びた丘の斜面、奥に覗く海、さらに岬、空へと視線を引っ張る。手前から奥へ、僅かに左に膨らんでから右へ旋回し、一旦下がってから上昇する。中途の変化の起点となるのが、ほとんど点と化した蹲る人物だ。似た構造の作品として、《うみ》(220mm×273mm)がある。また、蹲る人物と言えば、立ち並ぶ樹木の中に転がる岩の上に描いた《うみ》(318mm×410mm)も印象的である。同作には、海の気配は全くない。
《うみ》(652mm×500mm)には、生い茂る緑中を抜ける道を行く4人の人影を描く。手前から奥へ真っ直ぐ延びる小径の左右に低木の植栽があり、その外側により丈の高い樹木が壁のように連なる。防砂林だろう。道沿いには枝打ちされた高い木が何本かひょろりと伸びる。奥にも高い木々が固まって生えている。灰色のシルエットで描かれる4人は家族だろうか。奥に母親と息子。ちょっと距離を置いて娘、最後に父親が続くようにも見える。影は短く、まだ日は高い。海に向かうのかもしれない。海は見えない。潮風、波の音、磯の香りなどを感じながら歩く。
《うみ》(910mm×1167mm)は、砂浜の斜面に積み藁のように固まって生える植物を描いた作品。丘陵の手前の開けた砂浜が左に向かって落ち込む斜面に上に向かって枝(茎?)を伸す植物が固まって生えている。大小4つあり、左に影を落とす。その影と落ちている枝葉などの線により、左下方向へ向かう力が表わされる。ズリズリと落ちていくかもしれない植物は何とか踏みとどまっている。手前の砂地は左に傾斜しているものの、奥の丘陵は左に向かって高くなっているため、海は右側にあるのかもしれない。枝(茎?)は上に伸びるため潮風で海の方向を判断することも叶わない。いずれにせよ海は見えない。
《こうえん》(180mm×140mm)は、中央に円筒形に刈り込まれた樹木と、その傍らに立つ人物とを描く作品。樹木はトピアリーのようで愛らしい。積み藁的な形象に作家は心惹かれるのであろう。植栽の影に一体化した人物は、作家のその愛着が投映されている。
《うみ》(606mm×727mm)には、砂浜の上に組まれた流木とその脇に立つ人物とが描かれる。低い草が生える砂地に流木がドーム状に組んれ、その上にさらに横木を何本か載せてある。黒い流木とほとんど一体化するように灰色の人物の人影が傍らに立つ。流木を組んでいるのかもしれない。海浜植物の緑で縁取られた奥には低い位置に海が覗き、淡い水色の空が覆う。緑で覆われた砂丘で組んだ流木を前に佇む親子を描いた《うみ》(455mm×530mm)、赤い旗が印象的な《うみ》(410mm×318mm) も展示されている。
《うみ》(220mm×273mm)は、海を見下ろす高台に佇む人物の後ろ姿を描く。吸殻入れが脇に立つ板敷きの場所で、砂丘とその奥に覗く海、その上に横たわる空を遠望する人物が立つ。黒いシルエットの人物は、潮風に呷られた上着が膨らんで翼を拡げているようで、海に向かって飛び立つ鳥の如くである。白鳥は哀しからずや。画面は小さいが、そこに拡がる世界は広い。
《こうえん》(180mm×140mm)では、片身替わりのように、大胆に右下を灰白色で塗り込めた上で、残りの画面に低木の生垣、斜面の草、街路樹などが表わされている。灰白色の長辺、生垣、斜面という斜線が連続する中、生垣の部分は奈落へと向かってずり落ちるような感覚を生む。その生垣の手前と奥に白い人影が配される。その2人は、恰も世界が崩落していくのを防ぐためにバランスを取っているかのようである。
一見すると、何ということはない風景画である。しかし、眺めているうちに、その世界の奥に拡がる拡がりや、今にも崩れかねない危うい均衡といったものに気付く。そうなれば、《うみ》(388mm×455mm)でフードを被った少女が夢中で砂浜を見詰めるように、鑑賞者もまた作者の絵画に囚われることになる。