可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『DIE MY LOVE ダイ・マイ・ラブ』

映画『DIE MY LOVE ダイ・マイ・ラブ』を鑑賞しての備忘録
2025年、アメリカ・イギリス合作。
118分。
監督は、リン・ラムジー[Lynne Ramsay]。
原作は、アリアナ・ハルウィッツ[Ariana Harwicz]の小説『死んでよ、アモール[Matate, amor]』。
脚本は、エンダ・ウォルシュ[Enda Walsh]、リン・ラムジー[Lynne Ramsay]、アリス・バーチ[Alice Birch]。
撮影は、シーマス・マッガーベイ[Seamus McGarvey]。
美術は、ティム・グライムス[Tim Grimes]。
衣装は、キャサリン・ジョージ[Catherine George]。
編集は、トニ・フロッシュハマー[Toni Froschhammer]。
音楽は、ジョージ・ビエスティカ[George Vjestica]、レイフ・バーチェル[Raife Burchell]、リン・ラムジーLynne Ramsay]。
原題は、"Die My Love"。

 

モンタナ州の郊外にある住宅の前に車が停まる。グレース(Jennifer Lawrence)が夫のジャクソン(Robert Pattinson)とともに車を出て、簡単の声を漏らす。子供の頃以来だ。地元でしょ。近所だけど。階段で転んで歯を折った。脳もやられたんだ。2人は玄関から勝手口へ廻る。ニューヨークじゃないけどさ、俺たちの家だ。いい感じになりそうだろ? 台所から居間に入る。ドラムセットを置こう。止めてよ。何で? 伯父の遺品をどかすとこんなに広かったんだな。静かだからレコーディングもできる。グレース! 書斎がある! 傑作が書けそうだ。うわっ! 何なの? 平気だ、ネズミがいた。猫を飼おうよ。毎日鳥の囀りを聞きながら執筆に専念できる。どうして亡くなったの? …あぁ、どうったかな。2人は一通り家の中を見て廻ると、居間に腰を降ろした。箒が必要ね。
家具のないガランとした居間でグレースとジャクソンが激しく媾う。
キッチンで身重のグレースがジャクソンと巫山戯合う。
庖丁を手にグレースが草原を歩く。家の手前でグレースは四つん這いになって獣のように進む。ポーチの揺り籠に赤ん坊がいて、レコードの音楽に合わせてジャクソンがビール片手に陽気に踊る。ママは何処行った? ジャクソンが赤ん坊に高い高いをする。グレースは庖丁を右手に持ったまま、仰向けになって秘部を左手で弄る。ママは何処だ? グレースがポーチの赤ん坊のもとへ。そこから台所へ向かい、冷蔵庫を取り出しているジャクソンに飛び乗る。グレースはジャクソンにキスしてセックスをねだるが、ジャクソンはグレースを置いてけぼりにしてポーチへ出る。イライラするグレースは冷蔵庫を蹴って閉める。
ポーチで6ヶ月のお祝いのケーキをカットする。母親が来たがってた。半年の祝いなんて大したもんじゃないって言っておいた。1人で寂しいんだろうな。来ても良かったのに。変なんだ。抜け殻みたいで。未だに2人分の料理を作ってるし。甘すぎる。気に入るさ。いい母親なら手作りね。呑むか? 何てクソ暑いんだ。ジャクソンがビールを取りに冷蔵庫に向かう。何てクソ暑いんだ、だって。グレースが赤ん坊に言う。いつだって暑いのにね。
ジャクソンがグレースにペディキュアを施す。
夜中ベッドで寝ていると、赤ん坊が泣く。グレースは起きるがジャクソンは眠りこけている。グレースは子供部屋に向かい、赤ん坊をあやし、乳を飲ませ、あやす。グレースは右胸の乳房を出したまま書斎に向かう。紙にインクを垂らす。黒い飛沫に母乳が垂れる。

 

小説家のグレース(Jennifer Lawrence)はドラマーの夫ジャクソン(Robert Pattinson)とともに、モンタナ州にあるジャクソンの亡き伯父フランクの家に引っ越した。出産後グレースは家事とともに育児にも追われる。執筆する気はとても起こらない。仕事で度々家を空けるジャクソンは天体観測に精を出すが、グレースには手を出さない。欲求不満も募る。認知症だが良き理解者だった、ジャクソンの父ハリー(Nick Nolte)も亡くなり、馴染みのない土地には愚痴を溢す相手もいない。ジャクソンが貰ってきた面倒な犬がグレースをさらに追い詰める。グレースとジャクソンとの諍いは頻繁にかつ激しくなる。グレースは家の周囲を時折走行するオートバイの男(LaKeith Stanfield)が気になっていた。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

グレースとジャクソンが引っ越した、亡き伯父フランクの家は草原や森に囲まれた自然豊かな地に立つ。家はコミュニティから隔絶しているということでもある。とりわけ冒頭は、ジャクソンが家にいる夜の場面が続く。疲れたジャクソンは眠りこけ、夜泣きで起きるのはグレースだけである。グレースは1人赤ん坊の面倒を看る。夜の世界は青い光の、半ば夢のように描かれる。グレースは草原、森、そして廃屋へと彷徨する。
グレースにとって家は牢獄でもある。囚われたグレースは脱出を試みる。それが玄関を突き破るグレースに象徴される。だが家はあくまでも監獄のメタファーである。グレースがふらふらと出て行けるように物理的には出入りは自由だからである。グレースは置いてけぼりにされているという精神的不安を解消しなければ、脱獄できないのである。

(以下では、全篇に言及する。)

グレースにはトラウマがる。幼い頃、両親と海へ出かけた際、両親が目を離した隙に、グレースは10歳くらいの女の子と遊んた。グレースは両親が構ってくれないのでお姉さんと楽しんでいただけなのに、母親は泣き、父親は激昂した。そのとき、グレースは両親のことを憎んだ。こんな親は要らないと。ところがグレースが10歳の時に、両親は飛行機事故で亡くなってしまう。グレースは孤立してしまっただけではない。愛する人を殺してしまった(die my love)と、両親の死を自らの責任として抱え込まざるを得なくなったのである。グレースは自らを精神的独房に押し込んだのだ。
グレースがジャクソンと暮らす、伯父フランクの旧居は、ジャクソンが頻繁に外出することで、グレースは1人にされてしまう。精神的独房の再現となる。だからグレースはジャクソンに構ってもらいたい。それは単なる欲求不満の解消の要求ではない。ジャクソンの男根こそグレースの独房の鍵なのだ。だがジャクソンは性的欲求を解消するなら自慰行為でも構わないと思い込んでいる。ジャクソンがそこに気付かない限り、婚姻関係の破綻は避けられない。ジャクソンは愛する人を殺す(die my love)ことになるだろう。

Jennifer Lawrenceによってグレースの感覚をヒリヒリと味わうことができる。どのような役柄を演じても惹き付ける力を持つ稀有な役者だ。近作ではLeonardo DiCaprioと競演したコメディ映画『ドント・ルック・アップ[Don't Look Up]』(2021)を是非。We're all gonna die!