映画『ユマカウンティの行き止まり』を鑑賞しての備忘録
2023年、アメリカ製作。
90分。
監督・脚本・編集は、フランシス・ガルッピ[Francis Galluppi]。
撮影は、マック・フィスケン[Mac Fisken]。
美術は、デビッド・グリエルモ[David Guglielmo]。
衣装は、エマ・フレミング[Emma Fleming]。
音楽は、マシュー・コンプトン[Matthew Compton]。
原題は、"The Last Stop in Yuma County"。
アリゾナ州ユマ郡。沙漠を抜ける州間高速道路沿いの給油所。1台の黄色い車が停まる。驚いた小鳥が飛び立つ。運転席のキッチンナイフのセールスマン(Jim Cummings)の許へモーテル経営者のヴァノン(Faizon Love)がゆっくり歩いてきた。おはようさん。どうも。ガソリンだろ? 頼むよ。生憎ガソリン切れなんだ。タンクローリーを待ってるとこさ。ほとんど空なんだ。近くに給油所は? 160km先だ。クソ。隣のダイナーで待つんだな。到着したら知らせてやる。車で待つよ。男は車をダイナーの前に移動させて停める。ルバーブパイをご賞味あれとの看板が目の前にある。保安官事務所の車が男の車の隣に停車した。いい1日を。ハンドルを握るチャーリー(Michael Abbott)が美しい妻シャーロット(Jocelin Donahue)に優しく声をかける。あなたもね。シャーロットは店の鍵を開けてダイナーに入る。男はカーラジオのスイッチを入れる。…アリゾナ州バックアイの銀行で強盗事件があり、2人組の男が緑のピントで逃走しました…。ニュースから音楽に切り替える。ポール・モーリアの「恋はみずいろ」が流れる。
道路脇の土に轍が残る。横転したタンクローリー。ライトは破損し、タイヤが空転し、運転席で頭から血を流す男は動かない。ガソリンが漏れ出している。
シャーロットが店の入口の表示を営業中に変えた。男はキーを抜き、見本を入れた鞄を手にダイナーに入る。誰もいない薄暗い店内。隅に熊の剥製が立つ。カウンターではコーヒーがドリップされている。勝手口から清掃具を抱えたシャーロットが入ってくる。おはよう。調子は? 上々。お好きな席へどうぞ。珈琲は? 頼むよ。ミルクは? 結構。給油所の件は聞いてる? どうしたの? 空っぽなんだ。タンクローリーを待てって。急がなきゃならない用事でも? 娘の誕生日なんだ。早く給油出来るといいわね。娘さんは何処なの? カールスバッドに母と再婚相手と暮らしてる。聞いたこと無いわ。カリフォルニアだよ。ここから4時間。花と海岸と、美しい所さ。僕の地元とまるで違う。その箱は? 台所用品。ナイフの販売員なのね。そう。興味ないわ。珈琲を飲み終えたら売り込んでみせるよ。いいわよ。メニューは? 結構だ。パイが有名なのよ。看板を見たよ。食べたことないな…何だっけ? ルバーブ。パイを食べる時間帯じゃないな。持ち帰れば? お嬢さんの誕生日に。そうだね。シャーロットがパイを用意する。どこから? 方々廻っててね。君は? 地元よ。娘さんの名前は? サラ。新聞は? 昨日のなら。構わないよ。シャーロットがパイと新聞を男のテーブルに運ぶ。娘さん、気に入ってくれるといいけど。お子さんは? 恵まれなかったの。すまない。いいのよ。電話なら向こうにあるわ、娘さんに遅れるかもって伝えたら? どうも。男は暇つぶしに新聞のクロスワードパズルを解く。
トラヴィス(Nicholas Logan)を助手席に乗せ、ヴォー(Richard Brake)が運転する緑のピントが給油所にやって来た。
1970年代。アリゾナ州ユマ郡。州間高速道路8号線沿いの給油所に日本製の庖丁オダチナイフのセールスマン(Jim Cummings)が立ち寄る。モーテル経営者のヴァノン(Faizon Love)からタンクが空の上、最寄りの給油所は160km先なのでタンクローリーの到着をダイナーで待つよう言われる。保安官の夫チャーリー(Michael Abbott)に送られたシャーロット(Jocelin Donahue)が店を開けると同時にダイナーに入る。別れた妻と再婚相手との許で暮らす娘サラの誕生日を祝うためにカリフォルニアのカールスバッドまで行くと告げると、名物のルバーブパイを土産にするよう渡される。男は珈琲と新聞を頼み、クロスワードパズルで時間を潰す。ヴォー(Richard Brake)がトラヴィス(Nicholas Logan)とともに緑のピントで現われる。アリゾナ州バックアイの銀行を襲った2人組がメキシコへ逃亡しようとしていた。ヴォーは車で待機するように言うが暑いのに耐えられないとトラヴィスはダイナーに入る。ところがエアコンの故障でダイナーの中も涼しくはない。セールスマンは2人組が銀行強盗と気付き、シャーロットに夫に連絡させる。保安官事務所のヴァージニア(Barbara Crampton)がチャーリーに取り次ぐ間にヴォーが気付き、シャーロットに銃を向けて電話を切らせる。シャーロットの首を絞めて脅し電話線を切断したヴォーはシャーロットに普段通り接客し、セールスマンには一言も喋るなと告げる。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
アリゾナ州の南西部を抜ける州間高速道路8号線。車はほとんど走らない。給油所には小鳥が羽を休ませている。そこに庖丁の販売員が乗り付ける。小鳥は飛び立つ。給油待ちする羽目になる男がカーラジオを着けると、銀行強盗のニュース。音楽に切り替えると、「恋はみずいろ[L'amour est bleu]」(ポール・モーリア[Paul Mauriat]のインストゥルメンタル)が流れる。美しい旋律に乗せて、カメラは高速道路脇の沙漠に切り替わる。轍、そして横転するタンクローリー。運転手は死に、ガソリンは漏れる。悲劇的な結末が暗示される。画面は再びダイナーに。シャーロットが入口に現われ営業中の表示をすると、映画の本篇がスタートする。冒頭の澱みの無い流れから秀作との期待が膨らむ。その期待は裏切られない。
様々な事情を抱えて馬車に乗ろうと宿場に集まり、馬車の出発をじりじりと待つ老若男女を描く、横光利一の短編小説『蠅』――『蠅』自体が映画的である――のような作品。小鳥と蠅、給油所・ダイナー・モーテルと宿場、タンクローリーの到着を待つ人々と馬車の出発を待つ人々など共通項は多い。小鳥や蠅を介して、憐れな人間を突き放して見る視点を提供する。現在上映中の、いまおかしんじ監督の映画『鍵』(2026)における死神もまた同様の役回りである。
空白の70年代アメリカの沙漠が舞台。給油所のタンクは空である。真空は吸引力を有する。主人公はキッチンナイフのセールスマンとして各地を走り廻る。娘のサラ[Sarah]は、カリフォルニアの美しいビーチで、元妻とその再婚相手とともに暮らしている。男は空虚を抱えている。男はその空虚を埋めるように、クロスワードパズルのマスを埋めていく。シャーロットはチャーリーにダイナーに送ってもらう。妻を気遣う言葉をかけるチャーリーは愛妻家のようだ。だが、保安官事務所におけるチャーリーとヴァイオレットとのやり取りの中で浮かび上がる夫婦仲はそれほど温かくはない。妻からの電話にすぐに出ようとはせず、結果、電話は切れ、妻と言葉を交わすことができない。とりわけ印象的なのは、17年目の結婚記念日のお祝いに家具はどうかとヴァイオレットに薦められたチャーリーが、冗談とは言え、棺桶と答えることである。遺体が納められることを待つ空間。2人の関係が乾いているのは、授かることの無かった子供に原因があるのだろう。マイルズ(Ryan Masson)とシビル(Sierra McCormick)はボニー&クライドならぬキット&ホリーを気取るカップル。地に足の着いていない2人は虚無感に苛まれたまま行き当たりばったりの生活を送る。