可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『億万長者の不都合な終末』

映画『億万長者の不都合な終末』を鑑賞しての備忘録
2024年、スペイン・チリ・アメリカ合作。
107分。
監督は、ガルデル・ガステル=ウルティア・ムニタ[Galder Gaztelu-Urrutia Munitxa]。
脚本は、ペドロ・リベロ・アウレ[Pedro Rivero Aurre]、アルベルト・ソレル・クィヤス、ガルデル・ガステル=ウルティア・ムニタ[Galder Gaztelu-Urrutia Munitxa]、サム・スタイナー[Sam Steiner]、ダビド・デソーラ[David Desola]。
撮影は、ジョン・D・ドミンゲス[Jon D. Domínguez]。
美術は、ライヤ・コレット[Laia Colet]。
衣装は、アセヒニェ・ウリゴイティア[Azegiñe Urigoitia]。
編集は、アリッツ・ズビリャガ[Haritz Zubillaga]。
音楽は、アランサス・カジェハ[Aránzazu Calleja]。
原題は、"La fiebre de los ricos"。英題は、"Rich Flu"。

 

ローラ・パーマー(Mary Elizabeth Winstead)が暗い部屋で身支度を整える。落ち着きのある優雅な衣装に身を包むが、時計だけは縁起担ぎで昔から身に着けているものだ。鏡に向かい化粧する。
あらゆる病気が根絶され、自然死する者がいなくなった。その後の10年で人口は倍増、経済は崩壊し、食料は配給制に、街では暴動が発生する。産児制限や医療サーヴィスのカットも役に立たない。社会貢献度の低い人間を処刑することに。アルゴリズムにより社会的、経済的、芸術的、感情的影響力を数値化し測定する…という娯楽大作なんだ。ベテラン監督が滔滔と語る。ホテルのラウンジで監督の向かいに坐るローラが尋ねる。予算は? 提案した規模で頼む。来年度最大のヒットは間違いない。ローラが黙ってメモを取る。…数百万ドル削ったところで構わない。ローラが笑う。素晴らしいわ。掛け合ってみる。若い女性監督は木は痛みを感じるという設定の物語を提案する。今使っている鉛筆が痛みで叫び声を上げ続けているって想像してみて。確かに道徳観が揺さぶられるわね。退屈な物語を得意気に語る若手監督には頭の中を覗いてみたいとローラは皮肉を言うが、彼には一向に伝わっていない様子。ローラは監督たちの売り込みに次々に応対していく。…ラヴストーリーだ。男の方は脚本家だが深刻なスランプで欝に陥っている。よくある話ね。映画祭を廻り売り込むが成果は上がらない。酒に溺れるって展開ね。女の方はスター街道まっしぐら。誰もが彼女と仕事をしたい。男が20年前に眼をかけた頃のミーハーな彼女とはまるで違う。男のオーラに圧倒されていたからね。その輝きって男の額の汗? で、結末は? ハッピーエンディングだよ。夕陽に向かって2人で歩く。クリスマスの意味が分かるみたいな。バルセロナに戻る。娘をロンドンに連れて行くのも止める。家族としてやり直す。どうだ? トニー(Rafe Spall)がローラに尋ねる。ドン・キホーテ、いいお話ね。ローラは話を切り上げ、秘書のクリスチャン(César Domboy)に出発を促す。都合のいい時だけアナ(Dixie Egerickx)の相手するなんて虫が良すぎる。バルセロナに根を生やしてるんだ。ワンルームで貧相な食事をさせておく訳にはいかないの。自分には夢にさえ見えることが出来なかったチャンスを娘に与えるのが私の望みよ。父親の檻の廻し車から救い出すってこと。ジュースクレンズ、お前が気に入ってる奴だよ。あれで魂まで洗い流したんじゃないか。あなたって人間なのかからくり人形なのか見分けが付かないわ。ローラがクリスチャンと立ち去る。ケーキは買ったか? 何? 娘の誕生日にケーキを買ったかって訊いてるんだ。当然でしょ。クソッタレ! そのままお返しするよ。お前にもな。歩きながらローラはクリスチャンにケーキの注文を頼む。どんなものを? 調べて見るわ。

 

セバスチャン・スネイル・シニア(Timothy Spall)のコングロマリットで映像部門を統轄するローラ・パーマー(Mary Elizabeth Winstead)が映画祭を訪れる。上映会開始までの間、ホテルのラウンジで多くの監督から作品の売り込みを受けていた。離婚調停中の夫で脚本家のトニー(Rafe Spall)が現われ、バルセロナで共に暮らす娘のアナ(Dixie Egerickx)の親権を手に入れロンドンに連れ去らないよう懇願されるが、娘により良い環境を与えるためだと言下に拒む。上映会会場を訪れると、反りが合わないCEOのセバスチャン・スネイル・ジュニア(Jonah Hauer-King)からローラでは無くアルバ(Astrid Jones)の昇進が告げられ、登壇メンバーから外される。失意のローラはセバスチャン・スネイル・シニアからアラスカに呼び出され、新たに設けるフィランソロピー部門の責任者に破格の待遇で迎えられることになった。その間、世界の大富豪が次々と世を去ることからその原因がウィルスによるものではないかと話題となっていた。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

財産があることが不利になる、資本主義に覆われた世界を反転させた世界を、富裕層にだけ罹患する致死性の病の蔓延によって起ち上げる。ディストピア・スリラー。
コングロマリットの映像部門の統括者として映画祭のプレミア上映に参加しようとしたローラは、犬猿の仲である総帥の息子の横槍で昇進を阻まれるだけでなく制作に関わった作品のお披露目にも参加することが叶わなかった。ローラは、資本主義の権化である総帥からアラスカに呼ばれる。総帥は曾祖父が凍てついた大地で金の採掘を始めたことが巨万の富を築く礎だったと、陰謀論を交えつつ市場主義経済を賛美する熱弁を振るう。そして、ローラを新設するフィランソロピー部門のトップに、3倍の報酬、ストックオプション、ハイドパークコーナーの豪勢な部屋など破格の待遇で迎えられた。
世界では大富豪が次々と命を落とすウィルスが広まりつつあった。歯が白く輝くと間もなく死に至る。富裕層を排除する暴動が起き、富裕層の隔離政策が進められる。セバスチャン・スネイル・シニアはいち早く情報を摑み、財産を処分することで感染を防ごうとしていたのだ。逆にローラはストックオプションの高騰で巨万の富を得てしまう。遅ればせながら富裕であることの危険を知ったローラはイギリス政府の追っ手から逃れるためバルセロナで倹しい暮らしを送るトニーとアナの許に逃れる。秘書のクリスチャンには資産の委託しようとして断られてしまう。
ローラの上昇志向は母親マーサ(Lorraine Bracco)に対する反撥に由来するらしい。ローラはバッキンガム宮殿でのオークションでテオドール・ジェリコー[Théodore Géricault]の《メデューズ号の筏[Le Radeau de la Méduse]》の模写を落札する。巨額を動かす快感に囚われたローラは娘のアナの気持ちを汲めない。メデューズ号のようにローラの人生は坐礁することになる。
スペインからアフリカを目指すローラの船もまた、アフリカからヨーロッパへという難民船の逆転として描かれる。

社会的地位の高い者が低い者によって特別養護老人ホームで虐げられる映画『ジェニー・ペンはご機嫌ななめ[The Rule of Jenny Pen]』(2024)もディストピア・スリラーである。格差社会を反転した世界に映し出す。