可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会『中西夏之 眩しいことの研究』

展覧会『中西夏之 眩しいことの研究』を鑑賞しての備忘録
SCAI THE BATHHOUSEにて、2026年5月29日~7月11日。

南雄介のキュレーションによる、中西夏之(1935-2016)の絵画展。

入口を入ってすぐに画家に掛けられているのが《日射の中で白く強い目前Ⅰ》(970mm×1165mm)(1995)。灰色の画面の中央にクリーム色を網状に描き入れ、その間を同色で塗り込めてある。「網」の左右には、クリーム色と紫などの不定形の形が鏤められ、黄土色や黄緑が所々に僅かに差される。中央から木炭(?)による細い線がひょろりと弧を描き四方に伸び、密やかに全体を繋ぎ合わせる。「網」は光を受ける網膜、視細胞など視覚に関わる器官をであり、左右は周囲は眼前に拡がる世界を表わすのだろうか。本作(の題名)は「眩しいことの研究」の冒頭を飾るに相応しい。「網」のモティーフは、会場の右奥の壁面に飾られた《白いクサビ》(912mm×728mm)(2011)にも登場する。但し、やや茶色がかった灰色の中に表わされた「網」のイメージはやや暗く、左右には影や罅が僅か表わされるばかりである。
会場の右壁面には、灰色の画面に白い絵具を叩き付け周囲を囲ったものを鏤めた中に所々紫色の絵の具を配した《N字型還元空間-4 擬似直進白斑による》(1305mm×970mm)(2010)、それと同タイプの「紫色薄紙円盤に雫された白砂粒」シリーズ3点(各459mm×382mm)(2010)が並ぶ。《日射の中で白く強い目前Ⅰ》の灰色・白・紫と呼応する。

会場の中央には画架に2点の大作が並ぶ。《全・面-性、直進Ⅳ―DoubleNB》(1940mm×2590mm)(1991)は明るめの灰色の画面の左側に黄緑、紫、白、それに黒い線を散らしてある。右隅には黄緑、灰色、白、それに紫、黒が配される。軽やかな印象である。《中央の速い白 M-S・WXXⅡh》(1940mm×2590mm)(1991)は、明るめの灰色の画面の中央に草葉のように黄緑の縦方向の描線を連ね、その中に紫と灰色との放射状のイメージを描き入れてある。菖蒲や燕子花を連想させなくもない。周囲には白い線が乱舞し、紫と灰色の形が所々に挿入される。花と捉えることも可能である。両作品とも、クロード・モネ[Claude Monet]が描き続けた睡蓮や、琳派の屏風に通じるものがある。
《中央の速い白 M-S・WXXⅡh》・《全・面-性、直進Ⅳ―DoubleNB》の背後にある壁面、には、灰色に黄緑とクリーム色を配した「‘スクリーン’のために」シリーズ3点(各412mm×320mm)(2002)、灰色の画面に白い点を散らした「空間集束」シリーズ2点(各410mm×320mm)(2005)、灰色の画面に黄緑やクリームを散らす中、円とXを重ねたモティーフを複数配した《R'Line2地塗反転》(410mm×315mm)(2007)・《無題》(410mm×315mm)(2007)が並ぶ。

会場左側の壁面には、明るい灰色の画面に複数の白い斑を白い線で囲うとともに紫を僅かに散らした《受容/遠のく紫OPⅠ》(1167mm×910mm)(2011)、それらに類する《NS型還元空間-Ⅱ》(915mm×730mm)(2011)と《受容/遠のく紫OPⅣ》(970mm×730mm)(2011)とが飾られる。《受容/遠のく紫OPⅣ》には九曜紋のような形が複数表わされているのが眼を惹く。

灰色に白、紫などが配される作品が並ぶが、黄緑を配した作品を中央に、黄緑を配しない作品を左右で挟む展示構成となっている。

本展でキュレーターを務めた南雄介の解説に寄れば、ルネ・マグリット[René Magritte]がミシェル・フーコー[Michel Foucault]に宛てた手紙において、ressemblance(「類似」)とsimilitude(「相似」)とを個人的に区別したいと述べているという。そして、仏文学者の豊崎光一は、マグリットに対するフーコーの見解について、ressemblanceにはpatron(「母型」)があるのに対し、similitudeは僅かな際により始まりも終わりも無くどの方向にも連なっていくsérie(「系列」)であると捉えたという。

 豊崎のテキストを読んで中西が意を強くした(中西なら「励まされた」と言ったかもしれない)のは、想像に難くない。マグリットの絵画に対する考察を離れても、そこでは、「表象」の圏域を逃れた、「相似たものから相似たものへの無際限かつ可逆的な関係として模像(シミュラクル)を循環させる」企てとしての絵画の可能性が示されている。
 早世した豊崎への追悼文のなかで、中西は、豊崎の「二通の手紙」に言及した後、次のように記す。
 しかし単に「よく似たもの」(類似)というだけでなく、「よく似たものに似たもの」(相似)と更に反復され、二つの似たものは、ついには「同じもの」(同一性)に接近してゆく。そしてその逆、同一なるものが二つの似たものに分断、分離されることが類推されるのである。
 私は絵を描いているのではない、ことにここで気づく。私は「絵」と「絵に似たもの」の間にいるのだ。間にて私は、「絵に似たもの」を「絵」に移す(写す)のか、「絵」を「絵に似たもの」に移し(写し)ているのである。そのどちらか一方を「世界」という言葉に置き換えてもいい。すると私は「世界」と「絵」の間にいる。私と「世界」の間にキャンバスがあり、それに絵を描いたりはしていない(中西夏之「縁は異なもの 豊崎光一」1989年)。
 「世界」と「絵」とは、限りなく相似した「似たもの」であり、「私」はその間にいる。「絵」が「世界」と「私」の間にあるのではない。これは、投影(プラトンの「洞窟の比喩」、遠近法、等々)の完全な否定である。中西にとって、「絵」は、情景や現象の、あるいは思念や感覚の、「表象」であってはならないのである。中西の絵画、いや「絵」は、そもそもの当初から、その意志に貫かれていたのではなかったのだろうか。(南雄介による本展解説より)

中西夏之の絵画を難しく感じてしまうのは、「『絵』は、情景や現象の、あるいは思念や感覚の、『表象』であ」るとの枠組みで眺めてしまうからのようだ。キャンヴァスに無数の洗濯ばさみを取り付けた《洗濯バサミは攪拌行動を主張する》(1963)の作家は、「絵」において「原初的な身振りの痕跡の集積」を実践しているらしい。

 (略)中西は、世界に対するにせよ絵に対するにせよ、ある種の直接性をけして手放したことはなかったことが、あらためて確認されよう。そして、1980年代以降の絵は、その多くが、儀式的とさえ見える厳密な手順に従い、長い棒の先に取り付けた絵筆による筆触を、絵具が乾かないままにキャンバスの上に重ねることで制作されてきたのであり、原初的な身振りの痕跡の集積にほかならない。さらに言えば、中西が「絵画とは眩しいことの研究である」とさえ述べた、あの「眩しさ」とは、この直接性の究極のあり方のことではなかったのだろうか。
 ──こう記してくると、当然あのプラトンの洞窟の比喩を想いうかべる──。だがその時、どうしてもその中で一つだけ正体がわからず残してきたものがある。それは、もともとその中には無かったのかも知れない。ある気配のようなものなのだが、体の外、世界の外に出てみるとそれが世界そのもの、体そのものであると思いえる。正確にはそれは世界–体に相似のもの、とぼんやり思えるのである。それは絵、及び絵ということ、なのだが、そう言えるために成さねばならぬことがある。
 私の体の単純化形態が、すなわちプラトンの洞窟の単純化形態が円筒であるならば、それを縦割りに切り開くこと、そうしてプラトンが外の光とした太陽を内部と合流させてしまうこと、切開の極限が外の光を感応・感受する真っ平な平面であること、すなわち私達にとっては知ることの極限。眩しい! 眩しくて目もあけてはいられないと云う状態にまでに……(中西夏之「赤瀬川原平の体の中を降りてゆく」1994年)。(南雄介による本展解説より)

中西によれば、プラトンの洞窟の比喩における洞窟とは「私」自身であるらしい。換言すれば、私とは視覚器官なのだろう。網膜で外界(対象)のイメージを受け取る主体である。ここで中西の盟友たる赤瀬川源平の《宇宙の缶詰》を補助線にしたい。蟹の缶詰のラベルを剝がし反転させ、ラベルを内側に貼って閉じると《宇宙の缶詰》となる。だが《宇宙の缶詰》は宇宙を全て含めることはできない。宇宙を内包する缶という外部が必然的に生じるからである。同様に、洞窟=視覚器官=主体は世界の全てを捉えることはできない。なぜなら、世界の外部たる主体が、缶同様、取り残されるからである。だから中西は「縦割りに切り開く」。会場の隅に梁から山吹色の紐が垂らされている、出展作品中、唯一絵画ではない作品《垂直線》(2026)は、切開により射し込む光であった。そして、洞窟=視覚器官=主体を円筒形として展開したとき得られるのは平面である。そのとき、世界=宇宙と洞窟=視覚器官=主体とは一致する。しかし、そのとき私も世界も消失してしまう。譬えは悪いが、映画『ジェニー・ペンはご機嫌ななめ[The Rule of Jenny Pen]』(2024)のデイヴの放つグロテスクなジョーク――先住民を月に1人、2人を行かせるのは「問題」だが、全員送り込めば「問題解決」――よろしく、問題自体が蒸発してしまう。所詮「私」は洗濯ばさみや絵具同様、物理的な存在である。ならば、やはり「問題解決」に漸近する他ない。「眩しいことの研究」とは、まさにプラトンのイデア論についての考察であった。