映画『大統領のケーキ』を鑑賞しての備忘録
2025年、イラク・アメリカ・カタール合作。
105分。
監督・脚本は、ハサン・ハーディ[حسن هادي/Hasan Hadi]。
撮影は、トゥードル・ブラディミール・パンドゥル[تيودور فلاديمير باندورو/Tudor Vladimir Panduru]。
美術は、アナマリエ・テク[أناماريا تيكو/Anamaria Tecu]。
衣装は、タマラ・ヌーリ[تمارا نوري/Tamara Nouri]
編集は、アンドゥ・ラドゥ[أنا ذاهب./Andu Radu]。
原題は、"مملكة القصب"。英題は、"The President's Cake"。
1990年、イラクは国連による制裁を受け、極端な貧困、食糧不足、医療物資へ制限に苦しんでいた。それにも関わらず、サダム・フセイン大統領は国民に対し自らの誕生日を祝うよう求めた。
4月26日。大統領の誕生日2日前。入り江に小舟が出入りする。上空を戦闘機が爆音をたてて飛んでいく。人々がポリタンクやバケツを手に給水車に列を成していた。この水は大統領からの贈り物だ。1人1回だけだ。9歳のラミア(بنين أحمد نايف/Baneen Ahmad Nayyef)も祖母(وحيدة ثابت خريبات/Waheed Thabet Khreibat)とともに給水の列に加わった。もう1つ頼むよ。1つだけだ。祖母は交渉するが聞き入れられない。
重いね。タンクを運ぶラミアが言う。手伝おうか? 大丈夫。祖母が行商にトマトの値段を尋ねる。1キロいくら? 250ディナール。100に出来ないかい? 無理よ。傷んでるよ。最初からそうだったよ。100じゃ駄目かい? 駄目よ。2人がまた水を運んで家路に着く。
夕闇が迫る中、祖母が漕ぐ小舟が水を切る。神はギルガメシュに言った。水の中を見よ。そこに愛の顔を見るだろう。そして約束された。純粋な者のみが愛する人の姿を見る。どこの水? ここの水だよ。みんなどこへ向かってるの? ボートがラミアたちの舟と反対に走り去った。岸辺に立つ1軒が焔に捲かれていた。
帰宅したラミアは水を甕に移す。ばあば、他に手伝うことは? ないよ。宿題するね。神の御加護を。
ラミアが教科書を読む。アメッドは7個の卵を買いたい。ペットの雄鶏ヒンディが啼く。戦闘機の通過する音が聞える。1個の値段は…。ラミア、算数の宿題分かった? サイード(سجاد محمد قاسم/Sajad Mohamad Qasem)がやって来た。
ラミアがサイードと表で会う。にらめっこをする。瞬きしたね! ラミアが負ける。大統領はケーキぜんぶ食べれるかな? 声が大きいよ。大統領っていいよな。だってケーキ食べ放題だろ。コーラもね。コーラ飲み放題がいい。明日が怖い? 神は偉大なり。その言葉は聞きたくないね。ろくでもないことになる。手伝ってくれるって約束したのに来なかったでしょ。ごめんよ。土曜は? 無理。父さんと街に行くんだ。遊園地の入場券を売りにね。遊園地って面白い? 凄いよ。巨大な龍が飛んでるんだ。
朝。ラミアが学校に行く準備をする。ばあば、お祈りが覚えられない! 遅刻しちゃう! 10回唱えてからトイレに行きなさい。お祈りなしじゃダメ? 駄目。ムサナ(مثنى ملاجي/Muthanna Malaghi)が母からだと牛乳を祖母に、林檎をラミアに持って来た。誰にも渡しちゃ駄目だよ。弁当がないからね。祖母は登校するラミアに言う。なぜ気前がいいんだい? もう畑に来なくていいと伝えて欲しいと。何でだい? 役立たずだって? 精魂込めて野良仕事してきたのに、こんな仕打ちがあるかい?
小舟を操ってラミアが学校に到着する。大勢の生徒が校庭に集まっている。校舎にサダム・フセインの絵を描いている生徒もいる。担任教師(أحمد قاسم سايوان في)がラミアを見咎める。遅刻だ。すみません。鞄を渡せ。行け。教師は鞄を漁り、林檎を盗った。ラミアが生徒たちの列に加わる。生徒の1人が壇に立ち、サダム・フセインを讃える作文を読み上げる。魂と血とをサダムに捧げる、と締め括られると、皆でその言葉をシュプレヒコールする。
1990年。イラク。国連の制裁により国民は耐乏生活を強いられていた。9歳のラミア(بنين أحمد نايف/Baneen Ahmad Nayyef)は信心深い祖母(وحيدة ثابت خريبات/Waheed Thabet Khreibat)とともに倹しく暮らしている。祖母の言い付け通りお祈りに時間を費やしたラミアが遅刻すると担任教師(أحمد قاسم سايوان في)は鞄を取り上げ、昼食代わりの林檎を掠め取った。2日後の大統領の誕生日行事に向け籤引きが行われ、ラミアはケーキを、幼馴染みのサイード(سجاد محمد قاسم/Sajad Mohamad Qasem)は果物を用意する羽目に陥る。役目を果たせないとラースルー家同様、引き回しの罰を受けると脅された。祖母は家にある金目の物を包むと、ペットの雄鶏ヒンディを抱えたラミアとともに家を出て、ヒッチハイクした郵便局員ジャシム(رحيم الحاج/Rahim AlHaj)の車で街に出た。何故か祖母は古着商(علي خلف/Ali Khalaf)に立ち寄りラミアに新しい服を買い与えた上、喫茶店に入った。糖尿病を患い小作の仕事も失った祖母はケーキを用意する役目を果たせないと観念し、ラミアの養育を店主のラフマ(فاطمة أبو هارون/Fatima Abouharoon)に委ねるつもりだった。祖母との生活を諦めたくないラフマは、ケーキ作りの材料を用意すべく喫茶店を飛び出し遊園地に向かう。サイードが脚の悪い父親(ميثم مريدي/Maytham Mreidi)と仕事に来ていると聞いていたからだった。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
サダム・フセイン独裁政権下のイラクに暮らす9歳の少女ラミアの「ミッション・インポッシブル」。鑑賞者を選ばない、優れた作品。
湿地帯に祖母と2人で暮らす9歳の少女ラミアは、弁当の用意もままならないほどの耐乏生活を強いられている。ところが学校で教師から大統領の誕生日行事にケーキを用意する役目を押し付けられる。年を取り、糖尿病を患い、小作の仕事も失った祖母は、とてもケーキの用意などできないと観念する。家で金目の物を集めると、ラミアを伴い街に出る。ラミアに服を買い与え、知り合いの店主ラフマにラミアの養育を委ねる。
祖母の不可解な行動が自分を養子に出すためだと知ったラミアは、喫茶店を飛び出す。ラミアは愛する祖母のため暇さえあれば手伝いを申し出て来た。祖母と離れるなど絶対にあり得ない。祖母はケーキ作りは無理と諦めたが故に自分を手放そうとしている。ならばケーキを作ればいい。神は偉大なり。街で唯一頼れるのは、遊園地に「仕事」に出ていると言っていた幼馴染みのサイードだけだ。ラミアは遊園地で掏摸をするサイードを発見、行動をともにする。サイードもまた誕生日行事に果物を用意する役割を割り当てられていた。
担任教師は命令に従わない者は当局に通報すると脅し、生徒に服従させる。国家を私物化するサダム・フセイン同様、教室で教師は独裁者として振る舞う。のみならず貧しいラミアのバッグから昼食代わりの林檎さえ平然と掠め取る賤しい人物だ。
祖母はラミアを養子に出す苦渋の決断をするが、ラミアが悲嘆して行方を晦ましたことに悔恨の念を抱く。祖母は警察署に向かい、孫娘を見付けてもらうまでこの場を動かないと居座る。副署長(عقيل وادي/Aqeel Wadi)たちは田舎者と馬鹿にして相手にしない。
ラミアとサイードは大人たちに相手にされず、剰え食い物にされる。裕福な商人(حمد رحيَمة/Mohammed Rheimeh)は臨月の妊婦(رقيقة الوادي/Rokia Alwadi)に食料と引き換えに(妊娠の虞が絶対に無いから好都合と)身体を要求する。独裁体制の皺寄せは子供、女性、老人に向かう。ラミアに手を差し伸べるのは、妊婦や歌手(أحمد الهيالي/Elaf Mohamed)である。女性たちの所謂ケアの倫理が、男達の正義の倫理、悪法も法なりの形式的妥当性と対照される。
ラミアたちの強いられた悲惨な境遇に光明となるのは陽気で親切な郵便局員ジャシム(رحيم الحاج/Rahim AlHaj)であり、ラミアのペットである雄鶏ヒンディである(買い物リストの紙を啄むのはヒンディの「アドリブ」だろう)。サイードがヒンディに卵を見せてお前の子供じゃ無いと揶揄うと、ラミアはヒンディが傷つくと然りを示す。サイードはヒンディに嫉妬している。だからラミアからモスクで礼拝中にヒンディを見張るよう頼まれたにも拘わらず、サイードはヒンディを見失ってしまうのだ。
ラミアは父親の形見の時計を売る。時計――病室で規則的になる機械音――を失うのは、永遠を手に入れることのメタファーだ。ラミアは湿地の水面を覗く。水鏡は自らの姿とともに、祖母の語った通り、愛する者の姿を映すだろう。物理的な存在の喪失は、想起により対象を常時召喚することを可能にする。いつでもともにあるのだ。
少女が奮闘する作品として、独政権樹立直後のレジスタンス掃討作戦に巻き込まれた少女を描く映画『パンズ・ラビリンス[El laberinto del fauno]』(2006)、迷子になった口のきけない少女を巡る映画『バジュランギおじさんと、小さな迷子[बजरंगी भाईजान]』(2015)、湿地繋がりでは、映画『ザリガニの鳴くところ[Where the Crawdads Sing]』(2022)をお薦めしたい。