映画『トロフィー』を鑑賞しての備忘録
2026年、日本製作。
103分。
監督・脚本は、孫明雅。
撮影は、山崎裕。
照明は、山本浩資。
録音は、島津未来介。
美術は、徐賢先と大原清孝。
衣装は、小林身和子。
メイクは、知野香那子。
編集は、小原聡子。
音楽は、Yonrimog。
東京朝鮮第一中学校。放課後、教室で朝鮮舞踊部の練習が行われている。3年生のソヒ(恒那)、リョニ(原田花埜)、エスギ(禾本珠彩)を始め、黒いTシャツに黒いスカート、ピンクのヘアバンドと揃いの出立の部員たちがリ先生(ちすん)の打つ太鼓に合わせて回転し、跳躍する。李先生が次々と指示を出す。
みんな、集まって。これから大会の練習に入ります。今年のテーマは芽吹き。主役を発表します。リョニ。主役に選ばれなかったソヒは微かに浮かない表情を浮かべる。主役だけ頑張っても駄目。みんなで作品を作り上げるのよ。はい。声が小さい。はい!
帰り道。自転車を押して歩くソヒの隣をリョニが歩く。菓子を出して摘まむ。みんな主役はリョ二だと思ってたよ。なんかいろいろ考えちゃって。みんな付いて来てくれるかなとか。今から心配してるの? みんなで写真撮りたいよね。
台所で母ミリョン(市川実和子)が夕食の準備をしている。父サンジュ(井浦新)とソヒとは食卓に着いているが、弟テイリ(千就)は居間に寝そべりスマートフォンで動画を見ている。ミリョンは先に2人にうどんを出す。味はどう? ちょっと薄い。キムチを入れておけ。海老は2本でいい? ミリョンはテイリに尋ねる。いらない。さっきポテチ食べてたよ。ソヒが告げ口する。ミリョンは職場でもらったと言って冷蔵庫から缶ビールを出す。サンジュが喜んで呑む。ソヒが封筒を母に差し出す。衣装代。来ちゃいましたか。お願いします。北朝鮮について解説する動画を見ていたテイリが父親に素っ頓狂な質問をする。北朝鮮じゃなく우리나라と言いなさい。変な動画を見るんじゃない。まったく、暇な奴がいるよね。批判的な父親に決めつけは良くないとソヒが反撥する。自分の眼で見たことがあるのか? そんなこと言ってるからお前は主役になれないんだ。うどんがゆであがり、母親と弟も食卓に着く。
朝。ソヒが2階の自室で机に坐り鏡に向かう。階下に降りると、テレビのニュースが北朝鮮の弾道ミサイル発射について報じている。玄関でミリョンがテイリに早くしなさいと急かす。1人で行けるのに。しばらくはみんなで通うの。初級学校の生徒たちと引率の先生を家の前に待たせていた。テイリを見送ったミリョンがソヒに言う。あなたも気を付けていくのよ。ミリョンは職場の制服を着ていた。今日も出勤なの? 酒井さんの代わり。焼きそば作ってあるからチンして食べて。
自転車で家を出たソヒ。踏切で遮断機が開くのを待つ。前籠の鞄に着けていたぬいぐるみをひっくり返し、ハングルを隠す。
校門では先生たちが生徒を出迎えていた。ソヒが自転車で滑り込む。駐輪場でリョニやエスギに会う。なんか大変そう。心配なら休みにすればいいのに。ディズニー行きたい。お喋りしていた3人はホン先生(笠松将)から、朝から日本語か。3人は朝鮮語に切り替え、今日行われる交流会を話題にする。彼氏ができるかも。イケメンがいたら席変わって欲しい。
朝鮮歴史の授業。ホン先生が黒板に主体思想塔や平壌凱旋門の写真を貼り、1980年代のピョンヤンの開発について説明する。続いて黒板に1945、1925と記す。1945年は? 祖国解放の年です。ソヒ、1925年は? 後方のエスギが小声で教えようとするが、ソヒは答えられない。
初級学校。校庭でサンジュが体育の授業を行っている。跳び箱の飛び方について説明すると自ら飛んで見せる。こうやってできたら100点。やってみよう。女子生徒が先生にトイレに行きたいという。どうして休み時間に行かなかったんだ? 1階のトイレはいつになったら使えるんですか?
職員室。サンジュはトイレ改修のための寄付を募るパンフレットを検討する。校長のサンジュは先生たちから新入生勧誘についての報告を受ける。生徒が集まらない喫緊の課題に頭を悩ませていた。
荒川沿いの下町に暮らすキム・ソヒ(恒那)は14歳。東京朝鮮第一中学校に通う中学3年生。曾祖父が済州島出身で、父サンジュ(井浦新)は朝鮮初級学校で校長を務める。母ミリョン(市川実和子)はパートタイムで介護施設で働いている。弟テイリ(千就)は朝鮮初級学校に通う。ソヒは入学時に見た朝鮮舞踊に憧れて、リョニ(原田花埜)やエスギ(禾本珠彩)とともに、リ先生(ちすん)の指導する部活動に励んでいる。今年の大会には「芽吹き」がテーマで、主役にはリョニが抜擢された。家計が苦しくエスギらとテーマパークに遊びに行くことも叶わない。富士見中学校との交流会で、BTSのファンとして意気投合した遠山未来(梨里花)と親しくなる。東京公演に行こうと誘われるが先立つ者がない。ネットオークションを利用してみたらと助言され、父のコレクションだったCDを売りに出すと、以外と高値で売れ、BTSのファンクラブには入会できた。BTSの東京公演にも一緒に行きたいと未来にせがまれたソヒは、より高く売れそうなものはないかと父の部屋を物色する。すると、北朝鮮から授与された勲章が出て来た。
(以下では、全篇について言及する。)
冒頭の一家団欒の場面では、朝鮮舞踊部の衣装代が家計にとって少なからぬ負担であることや、貰い物の缶ビールを有り難く味わう父親が描かれる。学校では、ソヒは、友人のエスギからディズニーランドの記念写真(於スプラッシュマウンテン)を見せられ一緒に行こうと誘われるがそれとなく受け流す他無い。さらに家では、洗濯機が漏水し、買い換える当ても無いことから、コインランドリーで急場を凌ぐしか無い。ソヒは経済状況の厳しさを膚で感じている。そんな健気なソヒを象徴するのが、荒川の河川敷で未来とともに水鉄砲で遊ぶ場面だ。スプラッシュマウンテンの代わりなのだ。
未来の助言で、ソヒはネットオークションを通じて小銭を稼ぐことにする。父の所有するCDがそこそこの値段が付いたことに味を占め、父の勲章を売りに出してしまう。だがソヒはコンサートのチケットを諦め、洗濯機の購入資金として母親にお金を差し出す。
父親は우리나라の文化を尊重する。ソヒにはその気持ちが分からない。우리나라の現実を自分の眼で見たことはあるのかと問われたところで、あるはずもない。朝鮮歴史の授業で文字や写真で説明される通り、歴史は一次情報で知ることは容易ではないからだ。だから父親の発言は理不尽に感じられる。BTSが象徴するように、韓国文化は世界的で、日本にもファンが大勢いる。BTSのお蔭で未来とも友達になることができた。우리나라がそんなに大事なら父親は何故日本にいる必要があるのだろう、と。
ソヒの疑問に対する1つの答えが、ソヒたちが踊る「芽吹き」をテーマにした朝鮮舞踊で示される。自分が生まれ育った土地との関係だ。命は与えられるものであり、出生地もまたそうである。与えられた環境で根を張り、花を咲かせる、郷土愛である。ソヒは朝鮮舞踊のテーマを捉えられていない。だから、リ先生から今回の舞踊は우리であり우리 학교なのだと諭されるのだ。
甘味処の店主さっちゃん(YOU)は客たちに子供たちに気前が良い。あげてばっかりじゃ店が潰れるんじゃないかと未来に心配される。するとさっちゃんは言う。あげてばっかりじゃないの、もらってるものもいっぱいある、と。与えると空白が出来て、そこに何かが吸い込まれてくる、ちょうど空気(低気圧)の渦のように。思えば、冒頭から、朝鮮舞踊の少女たちが廻っていた。ソヒの自転車の車輪、洗濯機の洗濯槽。
新宿のバーのマスター(黒田大輔)は北朝鮮グッズのコレクターで勲章も多数所有している。だが勲章に相当する功績がある訳では無い。価値があるのは物(≒金)ではないとソヒは気付くのだ。
ソヒは未来にBTSのコンサートと朝鮮舞踊の大会とを比べさせる。比較不可能だ。お金という物差しがそこでは取り払われているからだ。