可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『オブセッション 災愛』

映画『オブセッション 災愛』を鑑賞しての備忘録
2025年、アメリカ製作。
108分。
監督・脚本・編集は、カリー・バーカー[Curry Barker]。
撮影は、テイラー・クレモンズ[Taylor Clemons]。
美術は、ビビアン・グレイ[Vivian Gray]。
衣装は、ブレア・ジェームズ[Blair James]。
音楽は、ロック・バーウェル[Rock Burwell]。
原題は、"Obsession"。

 

ダイナー。テーブル席でベア(バロン・ベイリー)(Michael Johnston)が緊張しながら話している。前からさ…。俺にとって君だけが…。ごめん、不自然だよね。いいのよ。目の前の女性(Chloe Breen)が答える。…バラバラになりそうなんだ。ニッキー、君のことばかり考えてる。どの曲を聴いても君のことが浮かぶ。…ここに越してきた時、優しくしてくれたのは君だけだった。君がどんな人かは分かってる。祖母ちゃんが亡くなったとき電話してくれて一緒にいてくれたのは君だけだった。だから自分に言い聞かせてるんだ、言うなって。失うことになるから。でも、何よりも君を…。相手役のウェイトレスが微笑む。そこまでだ。イアン(Cooper Tomlinson)が止める。キモい。良かったと思うけど。いや、キモい。もう絶対嫌だ。恥ずかしい。引かれるよ。ニッキーならゲロ吐いてる。お前が思ってること全て吐き出せって言ったんだろ。俺の判断が甘かった。何かプレゼントを贈ったら? そうするよ。おい、何も贈るなよ。プレゼントに心を動かされるタイプじゃない。花とかお菓子とかは? ご協力に感謝するよ。えっ? 戻った方がいい? そうしてもらえれば。ごめんね、変なことに付き合わせて。いいのよ、気にしないで。ニッキー役を務めてくれたウェイトレスが立ち去ると、カウンター席にいたイアンがベアの前に坐る。マジで恥ずかしかった。もう出ようよ。やってみて良かった、あれは無い。ニッキーを口説いたことあるか? きっかけを作れよ。揶揄えばいい。良い意味で意地悪するんだ。「変態ニッキー」って呼んでみろよ。彼女、嫌がってただろ。昔の話を蒸し返さないでって。それをきっかけに飲みに誘えばいい。時々飲みに行ってるよ、彼女は君を誘うんだろ。クイズ大会には誘うなよ。誘うには好都合じゃないか。毎週水曜の晩を楽しみにしてるんだ。仲間との絆の場所を7年越しのプロム会場にするつもりか? それ以外のいつでも構わない。時間だけはあるだろう? 彼女が大切なら待つんだ。分かったよ、待つよ。お前にあるのは時間だけだ。
ベアが帰宅すると床で飼い猫のサンディが動かなくなっていた。嘘だろ、サンディ! こんなことって! 餌皿の周囲にはキャットフードとともにオピオイド鎮痛薬の錠剤が散乱していた。薬瓶を洗面台の棚にしまい、床を磨き、サンディの遺体を袋にしまう。
ベアがベッドに坐り1人噎び泣く。
ベアがベッドに横になり、スマートフォンでニッキー(Inde Navarrette)のSNSをチェックする。そこへニッキーから電話が入る。運が良いね。今日は忙しかった。休みが欲しかったから。働き過ぎだもんね。で、いつ来るの? 今夜は無理かな。会いたかった。あなたの知識が必要なのに。片付けなきゃならないことがあってさ。私ね、退職することにしたの。本当に? どうして? さあね。だから片付けはまたにした方がいいんじゃない? やだ! どうしたの? 水晶のネックレスを排水溝に落としちゃった!
ベアが天然石販売店に立ち寄る。レジ締め作業を行っている店主(Haley Fitzgerald)からもうすぐ閉店だから何かお探しのものがあればと言われる。水晶のネックレスってあります? ヤバいね。えっ? 店主は通話しながらベアに対応していた。今置いてるのはこれくらい。アメジストは心を落ち着かせるとか、石にはそれぞれ独自のエネルギーがあるの。良い気を引き寄せる石ってあります? シトリンとかね。陽光を秘めてるから。何かあったら訊いてね。ベアはプレゼントを探すうち、「願いの柳」という玩具に目を留める。ベアが手に取り、パッケージを眺める。ベアはレジに「願いの柳」を1箱持っていく。水晶は止めたの? これがいい。ずっと人気の商品なんだよね。みんな願い事、叶えたいんでしょうね。自分用じゃないんだけど。あとで文句言うのはなしよ。いるんですか? コレクションしないで開封した人の中にはね。詐欺だとかって? 詐欺師扱いするつもり? 違うよ、ただ何でかなって。効き目がないからとか? それとも人生を台無しにされちゃうとか? それか死ぬか死を望むか。

 

カーター・ハーパー(Andy Richter)が営むカッセル音楽店で働くベア(バロン・ベイリー)(Michael Johnston)は、幼馴染みで同僚でもあるニッキー・フリーマン(Inde Navarrette)に恋しているが思いを打ち明けられずにいた。同じく幼馴染みで同僚のイアン(Cooper Tomlinson)に相談すると、ダイナーでウェイトレスのルーシー(Chloe Breen)をニッキーと思い告白するよう迫られる。ベアの朴訥な告白をルーシーは評価するがイアンは酷評した。イアンは敢て昔の綽名で揶揄いニッキーの気を惹けと助言する。但し、今晩のバーカーズ・パブで行われるトリヴィア・ナイトではニッキーを誘うなと付け加える。ベアが帰宅すると愛猫のサンディが鎮痛剤を摂取して死んでいた。悲しみに沈むベアにニッキーが電話してきて、仕事を辞めることにしたからとバーカーズ・パブに来るよう誘われる。ベアはパブに顔を出す前に鉱石店に立ち寄り、ニッキーが失した水晶のネックレスをプレゼントを購入しようとする。プレゼントは避けろというイアンの言葉を思い出したベアは願いを1つだけ叶える「願いの柳」という玩具を購入する。ベアはパブでニッキー、イアン、店長の娘サラ・ハーパー(Megan Lawless)と合流。サラはサンディの死を知ると悲しみを共有し黙ってベアを抱擁した。二次会のカラオケには行かないと言うニッキーをベアは家に送り届ける。ニッキーは小説執筆に本腰を入れたいが物語に命を吹き込むには愛が必要だと言う。好意を寄せるサラをどう思うかニッキーに尋ねられたベアは、友人としての好意ならと答える。自分はサラと違って恋心を悟られないと言うベアに私をどう思うかと問われたベアは、つい友達だと答えてしまう。ニッキーが家に入ると、ベアは「願いの柳」を取り出し、ニッキーが自分だけを愛するように願う。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

ベアは「願いの柳」を使って想いを寄せるニッキーが自分だけを愛するように願う。すると効果覿面、即時にニッキーはベアにぞっこんとなる。ニッキーはサンディの死について話すために車で送ってくれたベアを家にあげようとし、断られると、父が死にかけていて家に帰る気にはなれないとベアの自宅に連れて行くよう求め車に戻って来る。ニッキーはベアの自宅で一緒に寝て欲しいとねだり、ベッドにやって来たベアにキスを迫る。2人が濃厚なキスを交わしていると、突然ニッキーがベアを突き放す。動揺するベアは君がキスして来たんだと言い訳すると、ニッキーは何かを見たと謝る。
例えば、要人を決して殺されてはならないと命令されたロボットが即時に要人を殺すことで要人暗殺という問題自体の除去により「解決」してしまう、コンピュータープログラムの「フレーム問題」。それに類するものが「願いの柳」にある。自らだけを愛するよう求めるベアのエゴイズムが、ニッキーをして彼女とベアとの間に割り込む全ての者を排除させる。
「願いの柳」に願った結果としてニッキーに起こることは、全てベアの欲望の反映である。ベアはニッキーに自分の寝姿を見られていることに当惑する。もともとベアはニッキーの(寝)姿を見(あるいは見ようとし)ていたのではないか。また、ニッキーは、ベアを家から出させないようにドアを粘着テープで封印してしまうが、翻って、ベアがニッキーを監禁しているのと異ならない。ニッキーの失禁は彼女の監禁を暗示する。さらに、小説家志望のニッキーは、イアンのパーティーに参加した際、「ヘンゼルとグレーテル[Hänsel und Gretel]」のパロディを即興で語る。グレーテルはヘンゼルにかつてそうしたように抱くことを求める。グレーテルはヘンゼルが自分を犯すことを確信するとともに、仮にそうならないなら腕を切断して自らの中に挿入すると訴える。それは、柳の木の魔法の効果であると言う。ニッキーがベアを弟のように認識していたことの反映であり、ベアとの交合をタブー視していることが分かる。
相手を自分の欲望の充足だけに利用する短絡的な夢は、容易に悪夢へと転じる。呪術による欲望の実現は、喜びを相殺する以上の悲劇をもたらすことは、W・W・ジェイコブズ[W. W. Jacobs]の怪奇小説『猿の手[The Monkey's Paw]』が描くところであり、本作もまたその系譜に連なる。
冒頭の、愛猫サンディーの死は重要である。癌治療に用いられる鎮痛剤が何故床に散乱していたのか。薬瓶は洗面台の棚の中に仕舞われており、家にはベア以外に棲む者はない。ベアが帰宅するとテレビの音がする。ベアは誰もいない家に帰ることが嫌でテレビを点けっぱなしにしているのか。そうかもしれない。むしろ、ベアがオピオイド鎮痛薬を濫用している結果なのではないか。そう考えると、薬物によるサンディの死は、ベアが「願いの柳」を用いて「本来のニッキー」を「殺し」てしまうことのメタファーと解することができる。そして何より、冷たくなったサンディは他ならぬベアの行く末の前兆である。
ニッキーが突然一時的に正気に戻るところこそホラーだろう。ニッキーがMDMAを摂取していることが描かれるのは、薬物を利用して劣情を満たす類の不同意性犯罪を暗示しもするのである。再び、ベアの「願い」により別人化したニッキーがサンディの肉をサンドイッチに入れるのは、意識を失った女性を犯すことが屍肉を喰らうに等しい行為に他ならないことを暗に訴えるためである。
イアンはベアのニッキーに対する恋を応援するフリをしつつ、その実、ニッキーの嫌がる綽名でアプローチさせたり、プレゼント攻勢を回避させたりして、妨害する。イアンはニッキーがベアに奪われることを懼れているのだ。イアンは豊かな生活を望んでいることも含め、平凡なキャラクターである。
小説家志望のニッキーが書こうとしているのは、ハッピーエンディングを迎えるロマンス(romance)ではなく、恋愛小説(love story)である。