可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『チルド』

映画『チルド』を鑑賞しての備忘録
2026年、日本製作。
88分。
監督・脚本は、岩崎裕介。
撮影は、大河原真生。
照明は、佐伯琢磨。
録音は、浅田将助。
美術は、大沼史歩。
衣装は、石塚愛理。
ヘアメイクは、舟﨑彩乃。
編集は、大森優希。

 

東京近郊の住宅街にある大規模コンヴィニエンスストアチェーン「エニーマート」倉冨町7丁目店。夜、カウンターに副店長の堺(染谷将太)がぼんやりと立っている。電子レンジが鳴る。弁当を取り出してレジ袋に入れるとサラリーマンに渡す。ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。堺は再びぼんやりと立つ。出て行ったばかりのサラリーマンが戻って来る。あのぅ。はい? 俺、袋要るって言ったっけ? はい? 俺、袋要らないって言ったと思うんですよ。うん? 確認してくれない? 袋代取られてるかもしれない。…それは、大丈夫だと思います。確認して下さい。堺がレジのレシートのデータを確認する。…そうですね。そうですねと言うのは? 袋の代金、頂戴してます。で、どうするの? 返金致します。もういいよ。ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。棚の商品をチェックしていた店長の今井(長島竜也)が隣に寄って来た。何でこういうことが起こるんだと思う? 僕には分かるんだよ、こういうことが。集中していないからじゃないかしら。誰にでもできる仕事と思っているから。今井は続けて、VTRで確認して堺の品出しで欠品があったこと、お客様を困らせてはならないことを告げる。僕ね、仕事の二度手間が、大っ嫌い。
ロッカーが並ぶ狭いバックヤード。その奥に監視カメラのモニターなどの置かれた机がある。オーナー(西村まさ彦)が椅子に坐り、死んだ魚の様な眼で映像を眺めている。本部社員(江原パジャマ)が業務改善の具体案を伝える。店舗独自の値引きセールが響いて客単価が落ち、日別平均客数でも日販でもマイナスの影響が出ている、就いては再考して頂きたい。オーナーを立てるよう言葉遣いは丁寧だが、同時に上司から改善指導を徹底するよう過度の重圧をかけられているため、浮かべた微笑は歪んでいる。監視カメラ映像に客が商品を盗んだ決定的瞬間が映った。通報しなくていいんですか? いいよ、別に。チルド商品で単価安いし。1人捕まえるの大変なんだよ。本部社員は首をかきむしる。繰り返し引っ掻いた皮膚は荒れて痛々しい。
おはようございます。バックヤードに芳賀(正木佐和)が入って来て、ロッカーでユニフォームを着用する。お疲れ様です。勤務を終えた堺がロッカーに向かうと、芳賀から挨拶を受ける。堺は隣でユニフォームを脱ぎ、ロッカーにしまう。
通路に3人の店員が並び、オーナーと朝礼を行う。簡単な業務報告が行われる。割り箸が無くなりそうだから補充して下さい。3人は壁の高い位置に貼ってある、7つの誓いの言葉を斉唱する。
店舗の脇にあるゴミの収集場所のネットに堺がゴミ袋を入れる。既に勤務を終えた堺はTシャツ姿で、すぐにスマートフォンを取り出してマッチングアプリをチェックする。何でこういうことが起こるんだと思う? 煙草を吸いに来た室田(くるま)が今井の真似をして堺に話しかける。僕には分かるんだよ、こういうことが。畳み掛ける室田。僕ね、仕事の二度手間が、大っ嫌い。堺のもういいよという反応に室田が尋ねる。いい娘いたっすか?
めっちゃ可愛い! 喫茶店で堺がマッチングアプリを通じて知り合ったりな(清宮レイ)にサイベリアンの写真を見せられて大仰に反応する。でしょ! いいな、僕猫アレルギーなんすよ。私も何です! でもサイベリアンってアレルギー、あんま出ないっぽくて、私でも飼えたんですよね。知らなかったー。羨ましいっす。プロフィール、犬派って書いてませんでした? おっ、メッチャ見てる。元々猫派だったんですけど、アレルギーしんどくて猫派になったんですよ。え、何ソレ、ヤバ! ヤバくないですよ、へえ、慣れるもんなんですねえ。名前は? マキ子。何で? 背中に穴子乗っかってるみたいじゃないですか。でも、お母さんがマキアートだって。ああ、それでマキ子。いくつなんですか? 死んじゃったんで。わりとすぐ死んじゃったんで、今はこの子飼ってるんですよ。ホイップちゃん。

 

東京近郊のベッドタウン。コンヴィニエンスストアチェーン「エニーマート」倉冨町7丁目店。堺(染谷将太)は副店長を務める。オーナーの父親(西村まさ彦)は24時間営業に穴を開けないようスタッフ採用、シフト管理、備品補充に余念が無い。堺が父親との話で業務以外が話題になることはない。責任感に加え劣等感も強い店長の今井(長島竜也)の下、話好きなフリーター・室田(くるま)や愛想の良い主婦・芳賀(正木佐和)ら同僚とともに堺は淡淡と業務をこなす。休みにはマッチングアプリで知り合った女性と近所の喫茶店で雑談するのが生き甲斐で、アポを取れないときはスマホのゲームで時間を潰す。同級生の柳(豊田裕大)がアートディレクターとして頭角を現わしているのを知った堺は、かつて出世頭と目されていたこともあり鬱屈する。千田(黒川大聖)がデベロッパーに就職して抜け、代わりに採用された美容専門学校に通う小河(唐田えりか)は前向きな性格で、堺は感化される。その矢先に堺は店長に頼みがあると呼ばれる。ノルマ達成のためにホットスナックでも買わされるのかと思ったが、意外にもかつて今井が自主制作したサウンドドラマを聞いて欲しいと言う。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

21世紀日本の郊外を舞台にした『モダン・タイムス[Modern Times]』。
社会のインフラであるコンヴィニエンスストアにおいてオーナーが気にするのは欠品だけ。それは商品だけでない。スタッフも同じことだ。工場から配送されてきたサラダチキンのパッケージ1つ1つに違いを見分けられないように、スタッフも区別が付かない。棚が飽きそうなら商品を並べるように、シフトに空きが出そうなら募集して採用する。空白の時間が埋まれば構わない。それ以外は眼中にない。コンヴィニエンスストアが廻ることだけが目的だからだ。
コンヴィニエンスストアは営業の継続を最優先しているため、誰が欠けても誰かが埋め合わせできるシステムを採用している。故にどれだけ誠実に必死に働いたところで誰にでもできる仕事となる。店長の今井は、それが許せない。今井が、かつて制作したラジオドラマを堺に訊かせた結果、よくある作品だとの感想を聞いたとき、打ちのめされる。今井にとって、声優としての才能の否定は、コンビニ店長としての評価とパラレルなのだ。自分の存在意義を喪失した今井が取る道は1つしか残されていない。
近くにキッシュ専門店「キシュエモア」を開いた男(千葉誠太郎)が宣伝のために来店するが、堺はチラシを人目も見ることなくごみ箱に捨てる。室田は閉店した店に嬉々として記念撮影に向かう。自らの責任で事業を立ち上げた他人が失敗するのを見ると、やってもやらなくても同じと、何もしない自分が安心できるのだ。そんな室田の人生の終幕は予想以上に早く訪れる。
繰り返される接客用語や誓いの言葉なども、繰り返されるうちに意味が摩滅して空虚と化す。否、始めから内容など無かったのだ。
本部は数字を見て指令する。オーナーはデータを実行する齣に過ぎない。だが現場に足を運ぶ本部の社員(本部では末端)が現場でオーナーとの軋轢で磨り減っていく。
入れ替え可能なのはコンビニだけではない。流行の料理店は開店しては潰れ、猫好きは、猫を買い替える。命でさえ入れ替え可能なのだ。
堺がマッチングアプリで知り合い、観葉植物の話題で盛り上がった花枝(大河原恵)は看護師をしていて、数々の死を体験する打ちにちゃんと悲しむことができなくなったと吐露する。そして、命が形を失っているように思うと危惧する。
薄暗いゲームセンターで、メダルゲームに興じる、堺の母親。メダルでメダルを落とすゲームはコンヴィニエンスストアの、そして社会のメタファーだ。人間は、本当に生きているのだろうか。
またのお越しをお待ちしております。