可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 五木田智央個展『Lush Life』(六本木)

展覧会『五木田智央「Lush Life」』を鑑賞しての備忘録
タカ・イシイギャラリー〔六本木〕にて、2026年6月27日~7月25日。

横たわる女性を描いた作品、黒い画面にモティーフを散らしたシリーズ、ビールを手にしてやったりの表情を浮かべる作家の自画像など、多様な油彩画で構成される、五木田智央の個展。タカ・イシイギャラリー〔京橋〕と同題・同会期で開催。

《Show Time》(1302mm×1622mm)には、墨色の壁に囲われた場所にいる半裸の男女が描かれる。左側奥に角で接する2面の墨色の壁は、左側に出入り口がある。壁の上から覗く焦茶色の壁は、壁面の仕上げとしては荒々し過ぎる。美術館の展示室にも見紛うような空間は屋内なのかと怪しまれる。角の傍にカウンターがあり、その前に山吹色のスカートだけを穿いたトップレスの女性がいる。首を飾る大粒の真珠(?)のネックレスが目を惹く。最前面にはパンツを穿いただけの男性がベンチに跨がり鑑賞者に顔を向ける。彼の背中には漫画の吹き出しのような暗紫色の塊――エクトプラズムなら背中からは飛び出さないだろう――が接している。奇異な光景は見物である。ここは舞台なのだろうか。ピーター・ブルック[Peter Brook]の定義を応用すれば、絵画の鑑賞者の存在により劇場が起ち上がる。
《Waiting in Vain》(1941mm×1619mm)では、小豆色の壁に囲われた部屋の床にマットレスが敷かれ、タイツを身に着けた半裸の女性が横たわり、左腕を支えに頭を持ち上げて鑑賞者を眺める。豊かな黒髪の中、左耳の大きな金のイヤリングが目を惹く。ティツィアーノ・ヴェチェッリオ[Tiziano Vecellio]の《ウルビーノのヴィーナス[Venere di Urbino]》を下敷きにした、エドゥアール・マネ[Édouard Manet]の《オランピア[Olympia]》を始め、横たわる(裸体)女性の絵画は枚挙に暇が無い。その系譜に連なる本作を特徴付けるのは、画面手前に半ば抽象化されたクリーム色の円卓と1脚の椅子が、背後の横たわる女性の姿を模倣して、剰え主役の座を奪いかねないことである。
《Queen of Trash》(1618mm×1943mm)は、椅子に坐るふくよかな女性を描く作品である。木製の椅子に黒いカウチを肘掛けに、屈輪文の板を背凭れとして組み合わせたものに腰を掛ける女性を4分の3面観で表わす。黒髪の女性はピンクのビスチェを身に着け、鑑賞者に顔を向ける。太い太腿、椅子の脚が女性のもう1本の脚のように描かれているのが特徴的である。椅子の背後には識別できないモノが積み上がっている。低い仕切りの向こうが屋外――例えば、森と建物――か屋内――例えば、ベッド――かは判然としない。その上を覆う、モスグリーンを帯びた灰色が曇天にも壁面にも見えるためである。
壁面の1つには、黒い画面に灰色などでモティーフをドローイングのように表わした4作品が並ぶ。梯子のような馬の顔を表わした《Hot Horse》(910mm×727mm)、ビーフステーキのような形がなどが並ぶ《Weird Foods》(912mm×728mm)、壺や花瓶が配された《Masked Family》(911mm×727mm)、矩形と蛇行線との組み合わせの《No Smoking》(913mm×728mm)である。京橋会場ではデカルコマニーによるジャングルのような複雑なイメージの中に具体的なモティーフを見出すことを鑑賞者に促したのに対し、黒い絵画ではイメージは明確に与えられている。それにも拘らず主題を捉えることは容易ではない。鑑賞者の擦り抜ける。黒い絵画の並ぶ壁面の反対側では、サッポロ黒ラベルを片手に作家が快哉を挙げている(《Self Portrait》(532mm×455mm))。もっとも、作家の自画像の隣に並ぶのは、暗がりに浮かぶ女性の顔《Choke Back Tears》(532mm×455mm)であり、また、オレンジ色ないし朱色の画面に描かれた生体の器官のような、あるいは「腹の虫」と思しいイメージ《Worries》(532mm×455mm)である。改めて《Self Portrait》をよく見ると、作家は何かに驚愕しており、背後に暗い影が起ち上がっている。
《Playing Possum》(1818mm×2275mm)には、マットレスに左腕を上の伸して仰向けに寝る女性が描かれる。顔や右腕、豊かな乳房は灰色がかって暗い。下半身は右に捻られ、肉付きの良い臀部から太腿にかけてが比較的明るく、浮き立つ。やや茶褐色がかったモスグリーンの壁が画面の3分の2を占める。反対側壁面に掲げられた《Waiting in Vain》が左腕で頭を持ち上げているのと対照で、横たわる姿勢――死んだふり[playing possum]――が強調される。脚を開き坐る《Exhibitionist》(1818mm×2275mm)(京橋会場に展示)と脚で鼠蹊部を隠す《Playing Possum》とで阿吽――始まりと終わり――を構成する。得体の知れない密林を掻き分けて進み闇の拡がる洞穴の中を手探りで進む、言わば「胎内巡り」としての展覧会だったのである。