可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会『ダウン・タイムス part 2 かさぶた』

展覧会『無人島プロダクション20周年記念展 ダウン・タイムス part 2. かさぶた』を鑑賞しての備忘録
無人島プロダクションにて、2026年6月27日~8月2日。

無人島プロダクション設立20年記念し、成相肇のキュレーションで催される3部構成の展覧会「ダウン・タイムス」。第2部は「かさぶた Scab」と題し、Chim↑Pom from Smappa!Groupのゴミ処分場に取材した映像作品や警察署の壁と同化したパフォーマンスの記録写真、臼井良平のPETボトルを模したガラス彫刻と日常の景観を描いた絵画、田口行弘のパフォーマンス映像とコマ撮りアニメーション、松田修の日常を切り取った映像や他人の趣味に関わった写真を展観する。

Chim↑Pom from Smappa!Group《Saya mau pergi ke TPA》(2008)は、バリ島にあるゴミ処分場TPA(テペア)を地上と上空から捉えた映像作品。地上では水野俊紀が、ゴミの山から換金のためビニール袋を拾い集める人々の群れに加わる。エリイは観光用ヘリコプターをチャーターしバリ島の景観を楽しんだ後、TPAの上空から1枚のレジ袋を落とす。そのゴミ袋をゴミを漁る人が拾う。観光地の住民と旅行客の構造を可視化する作品であるとともに、眼差しの権力を曝く作品でもある。水野は強い陽射しと悪臭の中、足場の悪い大地を這う。青空の中を風を受け、爽快な気分でTPAを見下ろすエリイには、水野の辛苦は看取できない。非対称の眼差しは、空爆のメタファーである。

 それが飛行船によるものか飛行機によるものかは別にして、「上空からの眼差し」が「上空からの爆撃」に転化するのは1910年代のことである。その嚆矢は、バルカン半島と北アフリカで起きた植民地戦争だった。荒井信一は、1911年から12年にかけてのイタリア・トルコ戦争で、トルコ領リビアの植民地化を目指したイタリア軍が、リビアに9機の飛行機と2機の飛行船を派遣したことに注目している。これらの飛行体は、上空から敵地に手榴弾を投下し、これが歴史上最初の「空爆」となる。その後、「イタリア機はトルコ・アラブの拠点を空から86回攻撃し、総計330発の爆弾を投下した。空爆の成果についてイタリア軍参謀本部は「爆撃はアラブに対して脅威的な心理的効果をあげた」1911年11月16日)と報告している(荒井 2008〔引用者註:荒井信一『空爆の歴史――終わらない大量虐殺』岩波新書〕:2)。他に、1913年の北アフリカ植民地戦争でも、フランス軍とスペイン軍が飛行機を派遣して空爆を実施した。1919年、ある英空軍の参謀長は、「植民地の法と秩序は、在来の守備隊よりも機動力の優れた空軍によるほうが安上がりで効果的に維持できる」と語ったが、この発言は、空爆と植民地主義的眼差しと密接な関係を示唆していた(荒井 2008:3)
 この植民地の「野蛮」に対する西欧の人種的偏見とないまぜになった空爆主義を裏打ちしていたのは、西欧列強の圧倒的な技術的優越である。つまり、西欧の「文明」諸国の非西欧世界に対する空爆では、「「未開」側の対空戦力がゼロに近いことを考えれば、攻撃側の人命節約効果も無視出来ない要素だった(荒井 2008:3)。対戦する両陣営に空からの軍事力で圧倒的な差がある場合、空爆は味方の損失を最小にし、敵の被害を最大にする合理的な方法だった。(吉見俊哉『クリティーク社会学 空爆論――メディアと戦争』岩波書店/2022/p.51-52)

会場で映像の投影される壁面の手前には、現地で収集されたゴミが置かれている。だが水野を襲った悪臭を放つことはない。鑑賞者は現地上空を飛んだエリイ以上に、対象から離れ位置で安全にTPAを眺めている。それは、普段、戦争や災害などのニュースに触れる視聴者と同様である。

 (略)19世紀にはむしろ進化論や人類学、様々なオリエンタリズムの知に支えられた分類大系が、写真術や諸々の測量技術と結びついて確立していた。そうした知と技術の複合体の大衆興行版ともいえた19世紀末から20世紀にかけての万国博覧k無いで、大いに人気を呼んでいたのが「人間動物園」である。帝国の植民地から連れて来られた「未開」の先住民を動物園のように柵で囲い、植民地の集落を再現したかのような模擬集落に住まわせて来場者たちに観覧させるという、度を越えて人種差別的展示が堂々と行われていたのである。この展示は1889年のパリ万博や93年のシカゴ万博、1940年のセントルイス万博ではかなり大規模に展開され、日本でも1903年に大阪で開かれた第5回内国勧業博覧会で台湾や沖縄、北海道の先住民が柵の向こうに「展示」された。(略)ここにおいて、万博来場者たちは柵の向こう側の植民地の先住民を眼差すことで他者化=非人間化し、認識論的に「殺して」いたのである。博覧会の植民地展示が設営し、実装していったのは、帝国による植民地の殺人以外の何物でもなかった。(吉見俊哉『クリティーク社会学 空爆論――メディアと戦争』岩波書店/2022/p.22)

同じくChim↑Pom from Smappa!Groupの《Invisible Wall》(744mm×1175mm)(2011)は、劉勃麟よろしく、稲岡求が墨色のボディ・ペイントを施し、警察署の灰色の建物と同化するパフォーマンスの記録写真である。なおかつ、壁画やグラフィティを合法的に行える壁として自らの背を提供し、血液(切り傷)によるピースサインが描かれてある。鑑賞者はその痛みに気付かない。稲岡は不可視の壁として風景に溶け込むとともに、メディアを介して世界を眺める鑑賞者の前に開(はだ)かる不可視の防壁を提示するのである。

松田修《24-7》(7s)(2018)は暗い部屋で食事を取りながらテレビを見る作家を捉えた映像作品。暗い部屋で映像に照らし出される作家の姿が浮かび上がる。殺人、死亡、遺体などの言葉が流れる瞬間だけを切り出し、7秒の映像に繋いである。殺人事件と地続きである日常から、殺人事件をテレビという箱の中に閉じ込めることでやり過ごす。ここにも不可視の防壁を見出すことができよう。

田口行弘《Inter yellow》(14m30s)(2016)は黄色い傘に扮した作家が香港の街中を跳ね廻るパフォーマンスを収めた映像作品。モノクロームの映像のうち、黄色だけが浮かび上がる。雨傘運動を直接に表現する作品であるが、剽軽な動きをする黄色い傘には唐傘お化けのようなおかしみを感じる。そんな唐傘お化けを相手にできない人々の姿に、不可視の当局の眼差しが反映されている。
同じく田口行弘《Ordnung》(3m55s) (2008)はテーブルや椅子などの什器、そして消化器が室内に積まれ、崩される様子がダンスのように表現されるストップモーションビデオ。唐傘お化け同様、付喪神を連想させもする。

臼井良平《Rokko》(2011)は水のPETボトルを硝子で再現した作品。水も硝子も透明であるが、確かに存在を認めることができる。不可視とされている存在に眼を向けさせる作品である。
同じく臼井良平の《遭遇(father)》(340mm×450mm)は木製パネルを透明のビニール袋で覆い、"Fujiya"と筆記体で記した作品。文字は倒立している。ビニールは水面を表わし、逆さ富士の絵画の見立てであろう。山、屋根は家族を暗示しもする。《遭遇(father)》と対となる《遭遇(son)》(800mm×800mm)(2009)は箪笥の隅を描いた絵画作品。"son"は"sun"、すなわち太陽に通じる。太陽は大日如来であり、複数の抽斗からなる箪笥は曼荼羅の隠喩であろう。