展覧会『松田菜優子個展「きっとずっとわっか」』を鑑賞しての備忘録
ARTDYNEにて、2026年7月18日~8月2日。
絵具を垂らし込み滲ませる作業を繰返すことで表わされる人物像と、イメージを描いた画布を裁断したものを経糸・緯糸のように編んだ作品とで構成される、松田菜優子の個展。
《そうやって いつだって》(1000mm×727mm)は左側面から描いた男性立像。本作のみ、アクリル絵具に加え、水彩絵の具も用いられている。青、紫、緑、オレンジ、ピンクなどの絵具を垂らし、滲ませた線をモザイク状に組み合わせた背景に半ば融け込みつつ、同じ技法で表わした男性の姿がぼんやり現われる。顔から首の部分と、左腕の肱から先の部分が塗り残されることで、人物の姿が引き立つ。地面が横方向の垂らし込みで描き分けられ、また、左端には縦に塗り残しの部分がある。草の葉ないし蔓のような線が余白に伸びることで、左方向へ視線が誘われる。
余白は他の作品で、より大胆に取り入れられる。《ずっとすっと》(652mm×530mm)では、アクリル絵具のみで水彩絵具は使われていないが、水彩画のように淡く滲む4分の3面観の男性の顔を、画面左側3分の1ほどに寄せ、画面右側を塗り残している。霧により呑み込れたかのような世界は、眼窩の影として表わされた男性の眼と相俟って、鑑賞者に像を結ばせない。《ずっとすっと》と対になるような、《ふらりささやいて》(530mm×455mm)では、画面右半分に人物の横顔が表わされ、左側は塗り残される。髪などに比して、より滲みぼやける目・鼻・口により、周囲の世界に融け込んでいく。余白には外界でも、窓やスクリーンでも鑑賞者が自由に投映することができる。言わばネガティヴケイパビリティのような、宙吊りの感覚を楽しめる力が鑑賞を豊かなものにするだろう。
《ぽろぽろとそばに 1》(652mm×530mm)と《ぽろぽろとそばに 2》(652mm×530mm)とは、それぞれ緑を基調とした背景に右向きの人物の胸像と左向きの人物の胸像とを表わした対となる作品で、コンスタンティン・ブランクーシ[Constantin Brâncuşi]の《接吻[Sărutul]》の石の中に一体的に彫り込まれた2人よろしく、2画面の顔同士を密着させて展示している。恰も鏡に顔を付けたようである。顔の先端が画面から切れているせいもあるが、目鼻口は表わされていない。《ぽろぽろとそばに 1》の左側3分の1ほどが塗り残されているのが、余白を持たない《ぽろぽろとそばに 2》との関係で印象的である。《きみゆめみた 1》(652mm×530mm)・《きみゆめみた 2》(652mm×530mm)もまた対作品であるが、画面左端と右端にそれぞれ左向き、右向きの人物の顔を配してある。
曖昧な描写、大胆な余白、鏡像的表現、繰り返しといった技法は、対句法、反復法、体言止めといった詩の修辞法を連想させる。
表題作《きっとずっとわっか》(780mm×580mm)は、他の作品と同様の人物像を描いたであろう作品を、紐状に裁断して、経糸・緯糸のように編み込んだ作品である。裏表を逆にして織り込んだ部分があるために、もともと滲みなどにより曖昧だったイメージはより掴み所のないものとなる。モティーフを捉えようとの眼差しを作品は擦り抜けていく。作品と鑑賞者との間で演じられる常しえの鼬ごっこが、「きっとずっとわっか」という言葉に込められている。