映画『プライベート・ケース』を鑑賞しての備忘録
2025年、フランス製作。
107分。
監督は、レベッカ・ズロトブスキ[Rebecca Zlotowski]。
脚本は、アンヌ・ベレスト[Anne Berest]、レベッカ・ズロトブスキ[Rebecca Zlotowski]、ガエル・マーセ[Gaëlle Macé]。
撮影は、ジョルジュ・ルシャプトワ[George Lechaptois]。
美術は、カティア・ビシュコフ[Katia Wyszkop]。
衣装は、ベネディクト・ムレ[Bénédicte Mouret]。
編集は、ジェラルディーヌ・マンジェーノ[Géraldine Mangenot]。
音楽は、ロブ[Rob]。
原題は、"Vie privée"。
粉雪が舞う。雪に埋もれた手。
螺旋階段。
精神分析医のリリアン・スタイナー(Jodie Foster)が診察室で1人坐っている。風に寒気を感じて窓を閉める。患者の使用する寝椅子のシートを取り換えようとしたところ、階上から物音がした。鍵を手に階段室へ向かうと、大音量の音楽が響いている。上階の部屋の呼び鈴を鳴らし、出て来た男に患者の声が聞えないからと苦情を言う。男は適当に頷くとすぐにドアを閉めた。仲間と「ラバジョワ」だと言い合っている話が漏れ聞こえた。
診察室に戻ったリリアンは電話をかける。自動応答に切り替わる。医師のスタイナーです。ポーラさん、診察に訪れなくなって3回目なので心配しています。3回分の診察料は頂戴します。電話を終えると「ラバジョワ」の意味をAIに尋ねる。ババアだのウザい奴だのを意味する俗語との回答を得て、溜息が漏れる。再び騒音がしたので、鍵を持ち部屋を出ると、階段室でピエール・ハラン(Noam Morgensztern)が佇んでいた。そこで何を? 診察の日じゃないでしょ。分かってるけど、大事な話があって。リリアンはピエールを診察室に招き入れる。ピエールは寝椅子ではなくソファに腰掛ける。8年前に最初に伺ったときのことを? 禁煙のためでしょ。精神分析を受けてみたくて。受けても禁煙できなかった。先週の月曜日に催眠療法士(Sophie Guillemin)に会った。横になっては? 先生、聞いて下さい。聞いてるわ。リリアンは愛用のMDレコーダーで録音を始める。妻の友人のフランソワが紹介してくれたんです。グランジェという催眠療法士は力を抜いてとか、何が見えるとか馬鹿げたことを言うから、裸の親が見えるとか適当に。20分、50ユーロ。狐に抓まれたような気分で表へ出ると、煙草をごみ箱に捨てました。それからライターも。それから4日経ちますが、煙草を吸っていません。リリアンのスマートフォンが鳴る。リリアンが鳴らないようにしていたつもりだったんですけどと謝る。解放された気分だ。煙草からも先生からも。もう終わりにしたい。それでは終了日を決めるか、他の先生を紹介することもできますが。8年間の診療に3万2千ユーロ、煙草に消えた8000ユーロ。これでお仕舞いだ。ピエールはテーブルの箱に紙幣を入れると、さようならと言って立ち去った。
リリアンがピエールとの面談中にかかってきた電話のメッセージを確認する。ポーラの娘です。お電話を下さったようですね。悲しいお知らせがあります。母が亡くなりました。明日、故人を偲ぶ会がありますので、ご参列頂ければと思います。
リリアンが亡くなった患者ポーラ・コーエン=ソラル(Virginie Efira)の家を訪ねる。故人を偲ぶために次々と現われる人たちをポーラの娘ヴァレリー・コーエン=ソラル(Luàna Bajrami)が出迎えていた。リリアンは参会者の1人に何があったか尋ねるが突然のことでと詳細は知らない模様。キッパを被るポーラの夫シモン・コーエン=ソラル(Mathieu Amalric)は呆然としていた。リリアンはティブクを目覚めさせてしまうわと女性に声を掛けられる。何ですって? 死者の霊よ。参会者の列に並び遺体の安置された部屋に入った。ポーラが神々しい美しさで横たわっていた。カディッシュが唱えられる。そのとき、シモンが倒れる。足を高く、水を持って来て。私は医師です。リリアンが洗面所に向かう。ヴァレリーが父親を抱き起こす。大丈夫? ああ。呼吸を。リリアンが塗らしてハンカチでシモンの顔を拭く。有り難う、恩に着ます。ところで、あなたはどちら様? リリアン・スタイナー、奥様の治療を9年間行ってきました。シモンは顔色を変え、激昂して叫ぶ。出てけ! ぬけぬけと入り込みやがって! リリアンはそそくさと退散する。
精神分析医のリリアン・スタイナー(Jodie Foster)が9年間に渡り診療しているポーラ・コーエン=ソラル(Virginie Efira)に電話を入れる。予約の時間に姿を見せないのはこれで3回連続だった。電話は自動応答に切り替わり、リリアンがメッセージを残す。そこへ患者のピエール・ハラン(Noam Morgensztern)が話したいことがあると押しかけてきた。4日前に妻の友人に紹介されたジェシカ・グランジェ(Sophie Guillemin)の催眠療法を受けると効果覿面すぐさま禁煙できた、8年間の診療は無駄だったと捨て台詞を吐いて立ち去る。ポーラの娘ヴァレリー・コーエン=ソラル(Luàna Bajrami)から母が亡くなったと連絡が入る。葬儀に参列したリリアンが妻の精神分析医と知ったシモン・コーエン=ソラル(Mathieu Amalric)から激しい剣幕で追い出された。すぐさま事情を音声レコーダーに記録しようとするがMDの容量が一杯だった。息子のジュリアン・アダド=パルク(Vincent Lacoste)の家に立ち寄り、訝しがる息子にネットでMDを大量に注文させると、孫のジョゼフを抱きもせずそそくさと立ち去る。何故か涙が零れて止まらなくなったリリアンは、別れた夫で眼科医のガブリエル・アダド(Daniel Auteuil)に診てもらう。涙を流すのを初めて見たと驚くガブリエルは病気ではないと診断を下し、会いたくなったんだろうとほくそ笑むが、リリアンはにべも無い。リリアンは来訪したヴァレリーから、ポーラはリリアンが処方した薬剤で自殺したとシモンが疑っていることを知らされ、ポーラが手にしていた紙片を渡される。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
シモンからポーラの自殺を招いた人物と恨まれるリリアンは、ヴァレリ-の訴えやジェシカの催眠療法を通じて、ポーラの死の真相を突き止めようと奔走(暴走)する。リリアンがポーラの最期の診療の録音を確認すると、ヴァレリーはシモンの子ではないことをヴァレリーは知らないことを告白していた。そして、ポーラの遺した紙片には、"Kinder"と"tot"とあった。ポーラは自殺ではなく他殺だとリリアンは思料する。
リリアンは、人の話を聞かず(患者のピエールによる指摘)、涙を流さず(元夫ガブリエルによる指摘)、謝らない(息子のジュリアンによる指摘)人物である。ポーラの死(ポーラの遺体を実見すること)によりリリアンの涙腺が崩壊するが、ガブリエルから医学上問題無しと診断を受けたため、リリアンは催眠療法士ジェシカの催眠療法に頼る。ポーラへの愛を指摘されたリリアンは、涙が止まる。リリアンの死の衝撃の大きさに対する気付きにより、脳はようやく涙にブレーキをかけたようだ。
元々は治療の補助であったはずの録音が、録音することが話を聞くことへとひっくり返ってしまったように、リリアンは自らの行動パターンに縛られている。螺旋階段に佇むリリアンは、ルーティーン(≒ループ)に囚われたリリアンの象徴である。型を作ることで患者に引き摺らないようにとの防禦姿勢が、いつしかリリアンを機械に変え、孤立させてしまったのだ。機械は涙を流さない。9年間に亘るポーラの診療は、リリアンにとって孤独を埋めるものだったのだろう。ポーラを喪失したことで、リリアンは人間性を恢復させるきっかけを得る。患者、元夫、息子との関係を変えていくことになる。
ポーラを演じたVirginie Efiraは、岡本多緒とともに主演した映画『急に具合が悪くなる[Soudain]』(2026)でも好演。
リリアンの息子ジュリアンを演じたVincent Lacosteの主演映画『アマンダと僕[Amanda]』(2018)も是非。