展覧会『小田川史弥「行く夏の静けさについて」』を鑑賞しての備忘録
EVERANDARTにて、2026年7月30日~8月9日。
小田川史弥の絵画展。
(略)そうなると、睡眠というのが思ったほど頻繁には訪れないものであることも観察できる。たとえばペテルブルクでぼくの両隣にいた隣人たちは、睡眠に重きを置いていなかった。1人は夜中に起きてヴァイオリンを弾いていた。その際、信じられないくらい美しい8月の夜に、煌々と明かりを灯し続けている近所の眠らない家々に彼が目を向けていたのは間違いないだろう。もう一方の、右側の隣人については、寝たきりであると聞かされていた。ぼくが住んでいたころ、彼はもう起き上がることがなかった。目も閉じたままだったが、眠っているわけではなかった。彼は横になり、長い詩を朗唱していたのだ。プーシキンや、ネクラーソフの詩を、子どもが詩を暗唱してごらんと言われて詠むときのような調子で。ぼくの左側の隣人が音楽を奏でても、この隣人は詩を朗唱し続け、ぼくの頭の中でさなぎになってしまった。彼をときおり訪問していた学生が、ある日ドアを間違えて僕の部屋に入ってこなかったら、このさなぎからどんなものが這い出てきていたか、わからなかっただろう。その学生は横になっているその知人の話をぼくに語ってくれたが、それはある意味でほっとするような話しだった。いずれにせよそれは誤解の余地のない、はっきりした物語だったので、僕の頭の中で蠢いていたたくさんの虫たちは死滅していったのだった。(リルケ〔松永美穂〕『マルテの手記』光文社〔光文社古典新訳文庫〕/2014/p.229-230)
《雨》(410mm×319mm)は、雨の中、闇の片隅で顔を寄せる2人が描かれる作品。画面左下で目を閉じ俯く人物の胸像は、半ば以上が画面から切れる。彼に寄り添う人物は画面下端で切れ、左向きの頭部から肩までが描かれる。彼もまたやや俯く。茶色い闇に包まれるが、わずかに覗く地面はピンク色に輝く。そして、2人にだけ、黄や水色の慈雨が降り注ぐ。
《眠れない夜》(1000mm×803mm)は、満月の夜の柳と人物とを主たるモティーフとする。南中する満月は愛の空を緑に変じる。柳の葉の照り返しのためだろう。中央左側に立つ柳は枝垂れる枝で辺りを覆う。柳の葉は周囲に緑を発散し尽したのか灰色を呈する。柳の葉叢の傍らには寝返りを打つように半裸の男性が寝転がる。彼のいる先には緑や黄や朱の木々が月明かりに照らされている。灰色のドームの中には人影が見える。恰も柳の精の如く、枝に倣い身をしならせている。柳の幹はしなる人物の反転像、鏡像のようだ。水鏡である。ならば柳の葉は落水である。半睡の人物は寝返りを打っていたのではない。滝を登り始めたのだ。龍になる夢を見ている。
《ある夏の静けさ》(455mm×530mm)には、ベランダの手摺に持たれ風を受ける人物が表わされる。ベランダには、テーブルがセットされ、グラスと、硝子製の灰皿、それにプラムのような紫色の大粒の果実が5つ載った皿が置かれている。男性は手摺にもたれ掛かり、背を宙空に反らし風を受けている。服や髪が強く吹かれる。全てはややくすんだ黄緑色の光に包まれ、彼はベランダから見渡せる家並みと樹木とに溶けていく。
表題作《行く夏の静けさについて》(1455mm×970mm)は森を見渡す高台に置かれたテーブルの脇に立つ男性を描く。夜の帷が降りる中、山吹色と黄緑の残光が森を浮かび上がらせる。男性は椅子の背に右手を突いて卓上を見る。貝やレモンを載せた皿、グラス、花を盛った花瓶などが並ぶ。青い闇に覆われた卓は、いつしか森を映す湖面となる。それもそのはず、バスケットの脇から覗くのはライナー・マリア・リルケ[Rainer Maria Rilke]の『マルテの手記[Die Aufzeichnungen des Malte Laurids Brigge]』である。
(略)ギリシャ時代には実際に、人生の天井にある半球が、地上にある実存の、半円形の器にぴったりあてはまっていたのだった。ちょうど2つの半球が合体して、1つの完全な黄金の球体になるように。しかし、このことが起こるやいなや、その球体の中に封じ込められた精神は、この完全な実現を喩えとしてしか感じなくなった。どっしとした球体は重みを失い、空間に上っていった。そしてその金色の曲面には控えめながら、まだ克服されていない悲しみが映し出されていた。
孤独なこの男性が夜、そんなことを考えたり調べたりしているとき、果物の載った1枚の皿が窓台のところにあるのに気づく。彼は思わず1つのリンゴをそこから取り出し、目の前のテーブルの上に置いた。自分の生はこの果物をどんなふうに取り巻いているのだろう、と彼は考えた。完成品の回りには、常に未完成のものが上昇し、増大していく。(リルケ〔松永美穂〕『マルテの手記』光文社〔光文社古典新訳文庫〕/2014/p.328-329)
《夜にひとり》(1167mm×910mm)は、円卓とカウチに坐る人物などを描いた作品。紫の薄闇の部屋。画面右下の角から左側中央上にかけてオフホワイトの卓の天板が緩やかに弧を描く。その弧に沿って硝子の灰皿に置かれたシガレットから白い煙が棚引く。卓の向こうにはカウチに身を預ける男性が緑の闇に沈んでいる。彼の向かいには、2、3匹の金魚が泳ぐ円柱形の金魚鉢がある。アンリ・マティス[Henri Matisse]の《金魚鉢のある室内[Intérieur, bocal de poissons rouges]》に登場する窓辺の金魚鉢が室内と室外との闇を水鏡=映像として接続したように、本作の金魚鉢も室内と室外とを繋ぎ合わせる。部屋の中に街が拡がり、紫の壁は夜空となる。