可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『サヨナラの引力』

映画『サヨナラの引力』を鑑賞しての備忘録
2025年、韓国製作。
115分。
監督は、キム・ドヨン[김도영]。
原作は、レネ・リウ[劉若英]の映画『僕らの先にある道[後來的我們]』(2018)。
脚本は、ヨム・ムンギョン[염문경]とキム・ハナ[김하나]。
撮影は、シン・テホ[신태호]。
照明は、ユン・ジョンハン[윤종한]。
音響は、コ・ウンハ[고은하]。
美術は、ウン・ヒサン[은희상]。
衣装は、イ・ジナ[이진아]。
編集は、イ・ガンヒ[이강희]。
音楽は、ジェイ・キム[김장우]。
原題は、"만약에 우리"。

 

■2024年夏。ホーチミン。激しい雨が降る夜、タクシーがハン・ジョンウォン(문가영)とイ・ウノ(구교환)を乗せて タンソンニャット国際空港に向かう。カスリーンは韓国に向かうそうですよ。飛びますかね。運転手が言う。カスリーン? 颱風の名前ですよ。何故可愛らしい名前を付けるか分かりますか? 穏やかに去って欲しいからですよ。なかなか願い通りには行きませんけどね。
■航空機の機内。ビジネスクラスの客席でウノは荷物棚から荷物を取り出しながらも、エコノミークラスに坐るジョンウォンが気になって仕方が無い。一旦ラップトップに向かい作業を始めたものの気が散って後ろを振り返ると、ジョンウォンも通路に顔を覗かせていた。ジョンウォンが笑みを浮かべる。ウノも笑う。
□2008年夏。ソウル高速バスターミナル。ウノがコフン[高興]行きのバスを待つ。ふと外に目を遣ると、強い雨の中、女性が煙草を吸いに出て来た。赤い傘を差した彼女は、植栽の燃えるような赤いチョルチュクに融け込むことなく、華やいで見えた。ウノは思わずスケッチブックに彼女の姿を留める。
□バスに乗り込むと30番窓側の席に彼女が坐っていた。…。すいません、そこは僕の席なんですけど…。稲光に彼女が照らされる。えっ? イヤホンを外す。30番は僕の席です。あ、私が通路側か。すいません。いいえ、大丈夫です。そのままで。ウノは空いていた通路の反対側の席に坐ろうとするが男性客がやって来る。ウノは遠慮がちに彼女の隣に坐る。出発します。シートベルトを着用して下さい。運転手に促されてシートベルトを締めようとするが、ウノの座席のものは壊れていた。
□長いトンネルを抜けると雨は上がっていた。いつしか眠り込んだウノは女性の肩に頭を凭せ掛けて眠っていた。突然、バスが急ブレーキをかける。ウノは最初の揺れで女性の顔に自らの顔を近づけてしまい、次の揺れで座席から抛り出される。大丈夫? 平気です。そのとき落ちていたスケッチブックを彼女が拾う。傘を差す彼女の姿が描かれていた。これって私の絵? 違います。私でしょ? すいません。構わないわ、むしろ光栄。運転手が乗客に告げる。土砂崩れで道が塞がれています。復旧には数時間かかります。迎えに来られる人がいれば連絡して頂けますか? 迎えを頼めない人は? このままここでお待ち下さい。
■インチョンの悪天候のため欠航となりました。指示に従い降機願います。機内アナウンスが流れる。便の変更を承りますとCAが乗客に案内し、出口へ向かわせる。ウノはジョンウォンが気になるが出口に向かう乗客たちの列に呑まれ見付けられない。
□ちょっとどいてもらえます? 満開のチョルチュクの中に立つ瓦屋根の四阿を撮影しようとした彼女が、ウノに映り込まないよう移動してもらう。撮りました! 彼女はウノに自分を描いたスケッチを強請る。ご心配なく、処分しました。欲しかったのに。ウノはリュックサックを開くとスケッチブックを取り出し、ぎこちなく切り取ると、彼女に差し出す。ありがとう。そこへ青い軽商用ヴァンがやって来る。ウノの父親(신정근)が迎えに来たのだ。土砂崩れがあったんだ。早晩起こるとは思ってたさ。ウノは躊躇った後、彼女に声をかける。
■空港近くのホテルのカウンターは欠航になった便の乗客でごった返す。ジョンウォンが空き室があるか尋ねると、こちらの男性で満室となりましたと告げられる。ウノだった。ウノに招かれてジョンウォンが部屋に入る。ウノがテレビを点ける。颱風のニュースが流れる。カスリーンは通り過ぎたみたいだ。韓国は80年ぶりの超大型台風に見舞われてる。夜市には打撃だったろうな。このホテルの向かいにある。行ってみた? 行った。対岸には寺院があるの。寺もあるのか…。久しぶり。うん、久しぶり。
□青いヴァンがチョンサン[昌善]橋を渡る。バス停に送ればいいかい? ハンドルを握るウノの父親がジョンウォンに尋ねる。ありがとうございます。ここが故郷なのかい? ここの生まれではありません、育っただけです。それなら故郷だよ。2006年入学ならウノと同い年だな。父さん、僕は2浪してるから。ジョンウォンさん、お腹は減ってないかね? 大丈夫です。食べてから出発すればいい。食堂を経営してるんだ。これでも地元では有名店でね。忙しいんだからバス停に直行しないと。時間ならあります。
□ウノ食堂。ウノの父親が激辛ククスなどをジョンウォンに振る舞う。

 

2008年夏。イ・ウノ(구교환)はコンピューターゲームのコンテストで一攫千金を夢見るコンピューター工学科の大学生。実家に帰ろうとソウル高速バスターミナルでコフン[高興]行きのバスを待っていて、赤い傘を差して煙草を吸う女性(문가영)に目を奪われる。偶然にも彼女と隣同士の席になったバスが土砂崩れで立ち往生したため、ウノは父親(신정근)に迎えにきてもらい、ハン・ジョンウォンという名の彼女とともに実家のウノ食堂で食事を取る。ジョンウォンはコフンの児童養護施設ヌルプルン園出身で、奨学金のために社会福祉を専攻していたが、建築家となってソウルに自分の家を建てる夢を抱いていた。ジョンウォンに誘われ2人は海岸で夕陽に願掛けをする。ソウルに戻ったウノはSNS「Cyworld」でジョンウォンのアルバイト先のガソリンスタンドを突き止める。大学のゲーム制作サークル「ブリザード」の友人パク・スンチャン(김소율)とオ・ギョンソク(임재혁)とともに偶然を装いジョンウォンに会いに行く。ウノはジョンウォンとの距離を縮めていくが、ジョンウォンは建築サークルの先輩で国内最大手の建築設計企業ガウディに就職の決まったカン・ミンジェ[이상엽]に見初められた。

(以下では、全篇について言及する。)

モノクロームの現在と天然色の過去とを往き来しながらイ・ウノとハン・ジョンウォンの恋愛の顚末を描き出す。
颱風のホーチミンから大雨のソウルへ。バスターミナルの無機質な建物の外には、雨に濡れて艶やかな赤いチョルチュクの花。その中に佇む赤い傘を差したジョンウォン。ウノは雷に打たれたように彼女を心に焼き付ける。それでも内気なウノは素直に気持ちを伝えられない。
立ち往生したところを救ってくれたウノの父親は、息子がジョンウォンに少しでも近づけるよう後押してやる。孤児で家庭を知らないジョンウォンにとって、ウノと父親との何気ないやり取りが眩しい。ウノの父親はジョンウォンに料理を振る舞い、いつでも来なさいと声をかける。ジョンウォンの喜びはいかばかりだったろう。ジョンウォンはウノと彼の父親という「家族」を初めて手に入れたのだ。
ソウルに戻った2人は同じガソリンスタンドで働き、友達とつるんで遊び、距離を近づけていく。それでもジョンウォンはウノと交際には到らない。擬似的な兄妹だからだ。ジョンウォンが懼れるのは、恋愛が終わりを迎えたとき、お互いが他人よりも遠い関係になってしまうことだ。初めて手に入れた「家族」をジョンウォンは絶対に失いたくなかったのだ。それでも年越しの際、交際していたカン・ミンジェに都合のいい女として利用されていたことを知ると、やけ酒を飲んだ勢いもあり、ウノと一線を越えてしまう。ジョンウォンは姿を眩まし、コホンのウノ食堂へ向かう。実家に戻ってきたウノと再会し、2人は交際をスタートさせる。
ウノはゲームクリエイターとして成功したいと考えている。だが自分の理想を詰め込んだ"Finding Jane"は流行りの作品ではないと受け容れられない。生活のため、また、ジョンウォンが建築士になる夢を支えるためにゲーム会社に就職する。メジャーなゲームの類似作品を量産するよう求められるウノは磨り減っていく。ジョンウォンはソウルに自分の家を建てるという夢を叶えるため建築学科への転入試験の勉強を始める。同時に、ウノとの生活を支えるためモデルルームでの案内係の仕事に就く。煌びやかな光の塔を売り込みながら、自分はいかに光から遠いことか。疲弊した2人がお互い相手の眠っているときに帰宅して、相手のために気を配る場面が印象的だ。だが相手のために身を削る無理はいつまでもは続かない。自分の献身が十分な評価を受けていないという不満が次第に募っていく。2人の間の溝は次第に拡がっていく。ソウルの住居費用の負担が重くのし掛かる。ウノがカーテンを開けて陽の光をジョンウォンに当ててやった部屋を退去して、半地下の部屋へと転居せざるを得ない。

 (略)〔引用者補記:キム・エラン[김애란]の未邦訳の短篇集『アンニョン、と言った[안녕이라 그랬어]』所収の〕「良い隣人」には、現在借りている家の契約がもう延長できないことを知らされた40代の夫婦が登場する。値上がりを続ける不動産市場の動向を不安げに眺めている2人は、結婚当時「私たちの始まりを隣人とともにしたい」という気持ちでユニセフに定額の寄付をしていたが、次の居場所を見つけられずにいる今やそうした余裕がない。
 (略)
 住まいさえ見つかれば、ローンさえ返せば……。今抱えている困難さえ乗り越えれば、他者を考える余裕が生まれるかもしれない。しかし、そうしているうちに、自分が他者の苦痛の原因になっているかもしれない。いつの間にか自分が最も願わなかった社会を作ってしまっているかもしれない。リベラルで良心的な中間層が崩れつつある現在、取り返しがつかなくなる前に、私たちは感受性を取り戻すことができるだろうか。(金ヨンロン「感受性を取り戻すための読書――韓国現代文学を中心に」『図書』第932〔2026年8月〕号/岩波書店/p.10-11)

キム・エランの短篇「良い隣人」の夫婦は他者に対する感受性をテーマとする。それに対し、本作は恋人同士の愛情の問題だ。だが、両者は通底している。「住まいさえ見つかれば、ローンさえ返せば……。今抱えている困難さえ乗り越えれば」、ウノ/ジョンウォンはジョンウォン/ウノ「を考える余裕が生まれるかもしれない」。「しかし、そうしているうちに、自分が」相手の「苦痛の原因になっているかもしれない」と読み替えることが可能である。
ウノはアルバイトをしていたコンヴィニエンスストアに来店した大学時代の友人スンチャンやギョンソクと偶然再会する。家業を継いだ2人は羽振りが良くなり、学生時代は馬鹿な夢を追っていたと振り返る。ウノは未だにその夢を追っているのだが。漢江を望むタワーマンションからは、半地下の家は眼に映らない。
啄木の「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ花を買ひ来て妻としたしむ」が知られるが、その句切れにより、経済的・社会的苦境に立つ現実の上の句と、悠揚迫らず芸術に生きる理想の下の句とを無理矢理接合した歌ではないか。劣等感と嫉妬心とを昇華して見せつつ、現実には七転八倒しているに違いない。
半地下の部屋で心が荒んだウノは、窓から射し込む光を遮るため、カーテンを閉ざすだろう。ジョンウォンが乗った地下鉄の扉は閉まり、ホームに取り残されたウノは、ジョンウォンを象徴する赤い傘を――開くこと無く閉じた状態で――握り締め立ち尽くすことになるだろう。

 毎日世界中の戦争、紛争の報道を目にしている。すぐ近くにいる人々が経済的困窮、日常的差別に苦しんでいるのも知っている。何か根本的に間違っていることを、分かっている。だが、自分の足元も不安定な私たちには、他者を思いやり、構造的暴力を考える余裕がない。そうして感受性の場所が失われ、他者の痛みも自分の痛みも感じ取れなくなると、暴力は反復され、さらに深化していく。だからいま取り戻すべきは、余裕ではなく、感受性なのだ。(金ヨンロン「感受性を取り戻すための読書――韓国現代文学を中心に」『図書』第932〔2026年8月〕号/岩波書店/p.13)

誰もが成功できるわけではない。「取り戻すべきは、余裕ではなく、感受性なのだ」という言葉を噛み締めたい。チョルチュクの花を、夕陽を眺めよ。それこそ、ウノの父=監督からのメッセージであり、世界に色彩を取り戻す魔法だ。

映画『ラ・ラ・ランド[La La Land]』(2016)や映画『花束みたいな恋をした』(2021)の系譜に連なる作品。映画『佐藤さんと佐藤さん』(2025)と見比べるのも良い。
夢を見ていた。