可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『白パンと独裁者』

映画『白パンと独裁者』を鑑賞しての備忘録
2025年、ドイツ製作。
93分。
監督は、ファティ・アキン[Fatih Akin]。
脚本は、ハーク・ボーム[Hark Bohm]とファティ・アキン[Fatih Akin]。
撮影は、カール・ヴァルター・リンデンローブ[Karl Walter Lindenlaub]。
美術は、セス・ターナー[Seth Turner]。
衣装は、ブリギット・ミサール[Birgit Missal]。
編集は、アンドリュー・バード[Andrew Bird]。
音楽は、ハインバッハ[Hainbach]。
原題は、"Amrum"。

 

北海の西岸附近にある北フリースラント諸島を構成するアムルム島。テッサ・ベンディクセン(Diane Kruger)の畑でナニング・ハーゲナー(Jasper Billerbeck)とヘルマン・ベンディクセン(Kian Köppke)がジャガイモを植えていると、上空に12機の爆撃機が轟音を響かせて迫って来た。犂を引く馬が動揺するのをテッサが落ち着かせる。海に投下されたものが水飛沫を上げる。バラストを捨ててるだけさ。ヘルマンがナニングに説明する。爆撃機が去ると、テッサが少年たちに作業を続けるように言う。
インゲ・ベンディクセン(Rita Feldmeier)がジャガイモを植えたナニングとヘルマンに手間賃の牛乳を渡す。明日はバターをやるからね。そこへ馬車が通り掛かる。馬車の後ろには大勢の人が付いて来ていた。クルーガー! ボーイ・クルーガー(Siemen Rühaak)が馬車を停める。何なんだい? 第一陣さ。シレジアと東プロイセンから1000人ほどやって来る。どこに住まわせるんだい? 空いている旅館さ。ソ連軍はベルリンまで50kmに迫った。これでヒトラーの忌々しい戦争は終わるね。ドイツ語は分かるのかい? ドイツ人だからな。テッサがドイツ語で避難民に挨拶すると、ドイツ語で挨拶を返された。避難民の少年(Tony Can)・少女(Polli Leuner)たちはナニングとヘルマンの手にする牛乳に物欲しげな目を向けると、馬車とともに歩き去る。
ヘルマンとナニングが荷物をぐるぐる廻しながら家に向かう。鶏に餌をやり、井戸で水を汲む。
ナニングが家に入ると、弟マカー(Tjard Nissen)と妹メヒティルト(Jola Richter)が遊んでいた。テーブルに置いた牛乳に触れないよう言い付けて、ピアノを弾く母ヒレ(Laura Tonke)と伯母のエナ(Lisa Hagmeister)のいる部屋に顔を出す。しっかり働いたかい? テーブルに牛乳があるよ。お前がいなかったらどうなっていたことか。明日はバターを貰ってくるよ。白パンと蜂蜜も手に入ればいいけどね。母さん、ヘルマンを応接間に入れてもいい? どうして? 本を借りたいんだって。何の本? 『白鯨』。ページの角を折り曲げたりしなければいいわ。
ナニングがヘルマンを応接間に招く。アーヤン祖父さん(Lars Jessen)がいつも言ってるんだ、呑む奴は酔っ払い、読む奴は賢いって。『生物学的国家反逆』だって。父さんが書いたんだ。著者ヴィルヘルム・ハーゲナー[Steffen Wink]の近影が掲載されていた。ここにある本は全てお父さんが? そう。『ハーゲナー家500年史』か。本には邸宅の写真があった。僕たちの家。ハンブルクの? 火災で焼け落ちたけどね。その場にいたの? アムルム島に向かってた。これを読みたいんでしょ。ナニングがヘルマンに『白鯨』を手渡す。ハーマン・メルヴィル。僕と同じ名前だ。ページの角を折らないでよ。
エナが薪を割る傍らでナニングが井戸水を汲む。もっと流木を拾って来ないと。
母、伯母、弟とともにナニングが夕食を取る。お父さんは帰って来る? どうしてそう思うの? もうすぐ戦争が終わるから。どうして知っているの? 聞いたんだ。誰から? みんな知ってるわよ、もうすぐ戦争が終わるって。ヘルマンが言ったの? 違う。アーヤン祖父さんがヘルマンに言ったのかしら。ヘルマンは言ってない。ボーイ・クルーガーの連れてきた避難民を見たんだ。ボーイ・クレーガーが言ったの? 違う。避難民の子? 違う。じゃあ、誰なの? もういいじゃない。口を挟まないで。誰なの? そんなことを言うのは兵士を後ろから撃つのと同じなの。兵士は祖国のために戦ってるの。私たちのためよ。多くは死ぬし、パン屋のテーヴェ(Marek Harloff)のように腕を失う。戦争に敗れて全ては無駄だったと言うつもり? 裏切り者は罰せられないといけないわ。同じ様なことを言う連中が現われないように。エナが止めるのも聞かず、ヒレは犯人を絞り込む。テッサね。地区指導者のシュナイダーさん(Bernd Moss)に報告するのよ。この子を捲き込まないで。義務は果たされなければならないの! ナニング、宿題をやって寝なさい。ヒレが席を立って出て行く。エナが後を追う。人民の敵よ。エナがヒレに思わず平手打ちを喰らわせ、即座に謝る。ヒレは家を出て行く。

 

北海西岸附近に所在するアムルム島。ナニング・ハーゲナー(Jasper Billerbeck)は、弟マカー(Tjard Nissen)、妹メヒティルト(Jola Richter)、母ヒレ(Laura Tonke)、伯母エナ(Lisa Hagmeister)とともにハンブルクから疎開した。母方の家族が9代に亘り同島で暮らしていた縁だ。本土に残り戦う父ヴィルヘルム・ハーゲナー[Steffen Wink]は『生物学的国家反逆』など多数の著作のある親衛隊中尉で、母はナチの地区指導者シュナイダー(Bernd Moss)に協力し、衰勢著しいナチズム維持に腐心する。母は臨月を迎え、疎開した一家に配給切符以外めぼしい収入源がない。ナニングはテッサ・ベンディクセン(Diane Kruger)の畑で島の唯一の友人ヘルマン・ベンディクセン(Kian Köppke)とともに農作業を手伝うことで暮らしを支えている。ナニングは現地語である北フリースラント語を解せず、都会育ちで島の子供たちができることができない。ソ連軍がいよいよベルリンに迫り、シュレジェンや東プロイセンからも避難民が大挙して押し寄せる。ラジオでヒトラーの自殺するニュースが流れた瞬間、母が産気付いた。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

ドイツの辺境アムルム島の鳥瞰の映像で始まる。爆撃機から見下ろす島のイメージは、かつては島民に対し優位に立っていた、ナチ幹部であるハーゲナー家の立場を象徴する。画面が切り替わり、ナニングがジャガイモ畑で爆撃機を見上げる。島では本土の人間は余所者であり、ナニングが支配される側へと180度反転したことを示す。
母親は、ナチスが戦況の悪化で衰退の一途を辿っていることを知っている。だからこそなおさら、ヴィルヘルムに代わり家族を守ろうとナチズム奉仕に努める。エナは逆効果だと諭すが、ヒレは聴く耳を持たない。ナニングはそんな母親を支えようと必死だ。
ハンブルク出身で、島とも縁のあるナニングは、後から大挙して押し寄せたシュレジェンや東プロイセンの避難民とも異なる。孤立するナニングは、夜中の干潟で1人「敵」を探す。サム・ギャングスターズ(Detlev Buck)が指摘するように、「敵」などどこにもいないにも拘らず。母が反党行為を通報して島民を「敵」に仕立てるのとパラレルだ。ナニングが手にするナイフの柄には「白鯨[Moby-Dick]」がデザインされている。ナニングはエイハブ船長に等しい。白鯨を敵と看做すのはエイハブの妄念に過ぎない。白鯨はエイハブのことなど何とも思っていないのだ。また、ハーゲナー家の書斎から『白鯨』を駆り出したヘルマンによってエイハブはヒトラーに、ピークォド号はナチスドイツに擬えられる。ヒトラーのためにドイツは沈む。白鯨はアメリカか、ソ連か、チャーチル(イギリス)か。はたまた神か。
隣のフェール島に渡った帰りに満潮の海に溺れかけるナニングの姿は、両島(両岸)のどちらにも立つことのできない苦境にあることを象徴する。
干潟や草原には様々な生き物が棲息している。言葉や思想によって隔てられることない。
困窮したナニングは水鳥の卵を奪う。そのとき、必死に抵抗する親鳥の姿を見て、自らが弱者を(文字通り)食い物にしていることに気が付く。ナニングは島へ渡って少数派の立場に立ったことにより、他者の眼差しを得た。だからナニングは敵は「敵」であって「敵」では無いことに、「敵」は自らの思考にあること悟るのだ。やがてナニングは「敵」に手を差し伸べるだろう。そのナニングに対して「敵」もまた手を差し伸べるはずだ。