映画『左利きの少女』を鑑賞しての備忘録
2025年、台湾・フランス・アメリカ・イギリス合作。
108分。
監督は、ツォウ・シーチン[鄒時擎/Shih-Ching Tsou]
脚本は、ツォウ・シーチン[鄒時擎/Shih-Ching Tsou]とショーン・ベイカー[西恩·貝克/Sean Baker]。
撮影は、チェン・クーチン[陳克勤/Tzu-Hao Kao]とガオ・ズーハオ[高子皓/Ko-Chin Chen]。
編集は、ショーン・ベイカー[西恩·貝克/Sean Baker]。
原題は、"左撇子女孩"。英題は、"Left-Handed Girl"。
高速道路を走る青い軽トラ。イージン[宜靜](葉子綺/Nina Ye)が、ハンドルを握る母親シューフェン[淑芬/Janel Tsai](蔡淑臻)と助手席のイーアン[宜安](馬士媛/Shih-Yuan Ma)に挟まれて坐り、万華鏡を覗いている。 ちゃんと坐って。押さないで。そっちこそ。2人とも黙って。台北市が近付き、道路の車とバイクが増え、周辺には高い建物が立ち並ぶ。なんかふしぎなとこだね。ここどこ? 静かに。高速を降りる。やたら交通量が多い。うんざりするわ。
シューフェンが軽トラを駐める。車が沢山通るから2人とも中に入って。早く、ここに駐めちゃいけないの。狭い階段を荷物を手に上がる。イージンは途中で窓から外を眺める。
3人が部屋に入る。写真で見たよりずっと狭い。イーアンが愚痴る。
3人がカップ麵を食べる。おいしいからまいにちこれたべてもいい? 教えてあげよっか。イーアンがイージンに語る。ある日本人は1年間毎日インスタントラーメンを食べて死んだんだ。悪夢を見させるつもり? シューフェンが咎める。どうなったか分かる? どうなったの? 保存料が沢山入ってるから、彼の体は腐らなかった。だから誰も彼が死んだことに気付かなかった。イーアンが笑う。それでも毎日インスタントラーメンを食べたい? 困惑する表情を浮かべるイージン。早く食べなさい、明日から幼稚園に通うわよ。はい。
シューフェンがイーアンの手を引いて幼稚園に連れて行く。
幼稚園の部屋。保育士とともにイージンが皆の前に立つ。新しいお友達を紹介します。名前はチェン・イージンです。5歳なので一番上の組に入ります。初めてで緊張しているから、仲良くしてあげてくださいね。トイレに行きたいと言ったら案内してあげてね。イージンはすぐに他の園児たちに馴染む。
シューフェンが夜市管理委員のヤン(劉明勳/Sean Liu)の案内で露店を出す場所を案内される。一番良い場所にありますからね。間口も広いでしょう。もっと狭くて安い場所はないですか? ステンレス製の辛苦に冷蔵庫、冷凍庫も問題なく使えます。金曜日から営業を開始できますよ。但し、賃料が払えなければ店を畳んでもらいます。
シューフェンと手を繋いでイージンが歩く。つまらない。まだつかないの? イージンが溢す。イーアンも後から付いてくる。ようやく集合住宅に到着。エレベーターに乗る。お祖父ちゃん、お祖母ちゃんに挨拶を忘れないでよ。うん。
ウー・スェメィ[吳雪梅](趙心妍/Xin-Yan Chao)がイージンに目を細める。こんなに小さい頃に会ったんだけどね、覚えてないわよね。いいのよ。イーアン、シャツもパンツも短すぎるわ。変質者がゴロゴロしてるんだから、そんな格好じゃ危ないわ。お気遣いなく、いつもこの格好だから。言っても聞かないのよ。あなた、やつれてるわね。ちゃんと寝れてるの?
夕食をとる。月曜から営業できるわ。どうして果物にしないの? 洗って並べる方が簡単じゃない? 果物は腐りやすいの。麵だと食材の準備にお金も時間も倍必要になるでしょ。自分で稼いでから意見してもらえる? 自分で稼ぐよ、私の方が稼げる。食事中は喧嘩しないで。スエメイが窘める。何でも分かってるつもりなのよ、高校も出てないくせに。お願いだから、食事中に喧嘩しないで頂戴。それって私の責任? 初めての家族での夕食よ。態度をどうにかしなさい。ちょっと、なぜ左手で食べてるんだ? チェン・ウェンション[鄭文雄](陳慕義/Akio Chen)がイージンが左利きなのに気付いて驚く。気にしないで食べなさいよ。
5歳のイージン[宜靜](葉子綺/Nina Ye)は台北市内の繁華街にある狭小な部屋に引っ越す。幼稚園に通いつつ、母親シューフェン[淑芬/Janel Tsai](蔡淑臻)が夜市に開いた麵屋台で、母や店員アリー[阿莉](陳秋柳)の開店準備や給仕を手伝う。暇さえあれば衣装、雑貨、玩具、ゲーム、食品や料理の店が建ち並ぶ煌びやかな夜市を徘徊する。とりわけ隣で怪しげな雑貨を商うジョニー[強尼](黃鐙輝/Huang Teng-Hui)には広告塔にされつつ可愛がられる。元夫チェン・ジァチン[鄭江清](江國賓/Franco Chiang)が入院したと連絡を受けたシューフェンは甲斐甲斐しく見舞いに行く。借金を背負わされた男になぜ優しくするのか理解できないとイーアン[宜安](馬士媛/Shih-Yuan Ma)は母親に反撥し、幼稚園の迎えにこそ行くものの麵屋台をろくに手伝わない。自分で稼いでから文句を言えと言われたイーアンは檳榔西施となり、店主のアミン[阿明](夏騰宏/Teng-Hung Hsia)と交際する。母の所用で実家に預けられたイージンは、祖母ウー・スェメィ[吳雪梅](趙心妍/Xin-Yan Chao)が手を染める裏稼業の打ち合わせのため社交ダンス場に連れて行かれる。祖父チェン・ウェンション[鄭文雄](陳慕義/Akio Chen)からはイージンの左利きを毛嫌いされ、左手は悪魔の手だと刷り込まれる。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
台北で再起を期すシューフェン、母親の生き方に反撥する娘イーアン、2人の間で健気に振る舞う押さないイージンの3人を描く。
シューフェンは末期癌で口も利けなくなった元夫ジァチンの見舞いに通う。ジァチンの多額の借金を背負い苦しい生活を送る羽目に陥ったシューフェンは何故ジァチンに尽すのか。娘のイーアンだけでなく、母親のスェメィも2人の妹シャオホン[曉紅] (張允曦/Stephanie Chang)・シャオフゥ[曉荷](韓亞熙/Crystal Han)も理解できない。しかし、周囲が見ているのは金銭的側面だけだ。シューフェンとジァチンとは強い愛情で結ばれている。事業の失敗の片を付けるために2人は関係を断たざるを得なくなったのだろう。それでも疑問が残る。なぜ愛する夫ではない男と関係を持ち、イージンを産んだのかと。それが謎である(後に謎は明らかにされる)。シューフェンはスェメイにこそ無心しようとするが、ジョニーからの援助の申し出は断る。男に頼らずに生きようとする覚悟がある。
イーアンは両親の離婚前には台北で暮らしていた。高校時代には学年で上位3人に入るほど成績優秀だったが中退した。同級生たちは大学生活を謳歌する中、檳榔西施をしている。将来の展望は開けない。かつての友人たちとの関係が切れ孤独に苛まれる。イーアンは店主のアミンと関係を持つ。
イージンは突然台北に連れて来られた。誰一人知らない園児たちともすぐに打ち解ける努力をする。麵屋台で母親やアリーの手伝いをできる限り手伝う。煌びやかな夜市を自分の遊び場に変えてみせる。それでも万華鏡のように刻々と変化する複雑な世界を理解することは幼いイージンには難しい。大人たちの事情に散々な振り回されているにも拘わらず、何か質問する度に大人の話に首を突っ込むなと叱られる。理不尽な状況を打開してくれるのは、自らを超越した能力を有する悪魔の左手だ。悪魔は思うがままに振る舞って構わない。なぜなら悪魔だからだ。ワハハハハ。
Shih-Ching Tsou監督はSean Bakerと仕事をしてきただけあって、苦境にある女性の奮闘を切実かつ鮮やかに描き出す。
主演の3人が三者三様で魅力的だが、馬士媛のセクシーさには目を瞠る。Shih-Ching Tsouがプロデューサーを務めた映画『レッド・ロケット[Red Rocket]』(2021)のストロベリー役を務めたSuzanna SonをSean Bakerが映画館で見出したエピソードが思い起される。
Shih-Ching Tsouがプロデューサーを務めたSean Baker監督作品『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法[The Florida Project]』(2017)の鑑賞をお薦めしたい。夏に相応しい秀作。
Shih-Ching TsouやSean Bakerと問題意識を共有する日本映画『遠いところ』(2022)も。