展覧会『杉田万智「灯火」』を鑑賞しての備忘録
Gallery & Bakery Tokyo 8分にて、2026年7月25日~9月8日。
人為的な境界の越境を主題に、ネオンサインをモティーフとした絵画「灯火」シリーズを中心とする、杉田万智の個展。
《灯火》(1620mm×1305mm)は夜の街に輝くネオンサインを表わした作品。左側に柱や配管を覗かせる建物があり、通りに突き出す看板が奥へ向かい連なる。一番手前(画面上部)には、左向きの白鳥の前後から花が覗く。白い線で浮かび上がる白鳥の内部は水面のように見える。鋳鉄製と思しい"YOU & I"という文字が闇に沈み、光っていないネオン管「未来」が重なる。白鳥の下(奥)には、緑の山の端を背にした赤い馬と鳥とがいて、上下に"change my persupective"と"BORDER"の文字が添えられる。"BORDER"の下には右向きの矢印があり、背後の青い(白いネオン管)の鷹が飛び立つ看板と重なる。"FOR THE FUTURE"、合掌と"WE ARE ALL HUMAN"、「皆人間」、水鳥、「境界」などの看板が連なり、画面右下には街の灯が色取り取りの光の粒となり、夜空の星や銀河と混ざり合う。《灯火 No.2》(1620mm×1305mm)は右側に窓や柱・配管の建物があり、お互いに差し伸べられる手と"WE ARE THE SAME"・"WE ARE ALL HUMAN"、"FOR THE FUTURE"、花束を持つ手、"Border"、鳥、"you and I"、"face to face"などの看板が続く。上方には満月が煌々と輝く。《灯火 No.3》(912mm×1165mm)には2羽の鷹と2羽の白鳥とを表わした看板の下に、"Border"に重なる2つの手のネオンサインが見える。右側の手は光っていない。《灯火 No.3》(912mm×1165mm)は左に向かって飛翔する鷹を山や植物の葉とともに表わす看板を手前に、人差指を突き出す右腕、水の中に立つ馬、"BORDER"などが奥に連なる。
夜は暗い現実を象徴する。それに対しネオンサインは境界に縛られず翔る鳥などとともに平和を志向するメッセージが添えられ、明るい。尤も、人気の無い夜の街で煌々と輝く看板は虚飾としての印象をも生む。蜷川実花は『永遠の花』でメキシコやハワイの墓所に供えられた色鮮やかな造花を取り上げた。雨に濡れ、カマキリムシが潜む花々は虚実の間に揺蕩い、死者と生者の邂逅する場の荘厳に相応しい。「灯火」シリーズの舞台である人のいない夜の街には死の気配が濃厚だ。華やかなネオンサインは供花に他ならない。熾烈な生存競争を強いられる世界に歯が浮くような理想を謳う言葉が手向けられる。ネオンに仕立てられるのは、画中画であり劇中劇であり、絵空事を絵空事として提示することで、現実を起ち上げるためではないか。嘘から出た実。国境のような現実には存在しない線が人々の行動を規律するなら、描かれたネオン管が人々を未来へ導くことも不可能ではないはずだ。